マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

マンガの「次回予告的な引き」

何日か前にお気に入りのブログ巡りをしていたところ、興味深い記事がありました。

「サンデー」連載作品特有の手法として、前の週の内容をおさらいをしていることを指摘しています。ここ数週間はサンデー編集部に対しては批判的な言説が満ち溢れているなか、雑誌連載で作品を追っている読者への編集サイドの気配りを指摘している数少ない記事となっています。

これ、僕にも思い当たる節があります。
リンク先の記事を読んで真っ先に思い出したのが、藤田和日郎さんの『からくりサーカス』です。
ただ『からくりサーカス』の場合、更に一捻りしたおさらいとなっています。
実例を出しつつ、それに触れてみようかと思います。
引き合いに出すのは単行本8巻、「からくり〜男」の章の第10幕(風と光)と第11幕(フラーヴィオとの戦い)です。

からくりサーカス』では、ゾナハ病という病の病原菌をまき散らしながら世界中を渡り歩く自動人形(オートマータ)によるサーカス団「真夜中のサーカス」と人形破壊者「しろがね」との戦いが物語の主軸となっています。
大会社の御曹司である才賀勝が、父親の事故死以後命を狙われ始め、祖父の言葉に従って逃げます。
そして勝と、勝を追ってきた自動人形から偶然彼を助けることになったゾナハ病患者の加藤鳴海、そして勝の祖父から彼を守るよう頼まれたしろがね(本名はエレオノール)とが出逢うところから物語は動き始めます。

途中経過は省略しますが、鳴海はある出来事をきっかけに殆どの記憶を失った状態でパリに来ることになります。
そしてそこでゾナハ病の真実を知ることになり、自らも「しろがね」として自動人形と戦うという決断をすることになります。
それが描かれるのが「からくり〜男」の章です。

とりあえず第10幕の最後のコマを。

コマ中央にいるのが自動人形フラーヴィオ、フラーヴィオの左肩に杭で打ち付けられているのが他の「しろがね」をおびきだす為に攫われた最古参しろがねのタニア、背後に見えるのが同じく最古参しろがねのルシール、そして手前に見えるのが鳴海です。

そして第11幕の、同じ場面を描くコマがこちら。

ここで重要なのが、10幕の最後の1コマで描かれていた場面が11幕では1ページまるまる(5コマ)で描かれていて、しかもこのページは11幕の5ページ目に当たるという点です。
第10幕の最後のコマは、思いっきり情報を圧縮して描いている訳です。

もう少し詳しく書くと、第10幕の最後1ページで描かれたのと同じ箇所が、第11幕冒頭の5ページを利用して描かれます。視点を変えたり、台詞が増えたりしています。
非常に適当ではありますが、図にするとこんな感じでしょうか。

いちばん下の矢印が第10幕、真ん中の矢印が第11幕と考えてください。
矢印の最後のほうを点線にしています。最後のほうのページは情報が圧縮されています。
次の回では作中の時間の流れで考えると少し戻って、部分的に描かれていた箇所を詳細に描く訳です。

言い方を変えるとその回の最後のほうのページは、ドラマやアニメ等での次回予告に近いものです。見せ場を切り取って読者を惹き付けておいて、次の回ではそこに至るまでを詳しく描く、と。

マンガにおいて「引き」というのは非常に重要です。
次を読みたくなるようなコマで締めることが、作品の期待度にも繋がってきます。
その点に置いて『からくりサーカス』は期待を持たせつつ、且つ前回のおさらいを更に詳細なかたちで描くという非常に読者寄りの目線に立った構成をしていたと思います。

ただ非常に難しい技巧なのでしょう、この作品以外では同じ手法を使っているのを見た記憶がありません。読んでいないマンガはまだ星の数なので、単に僕が知らないだけということも充分あり得ますけどね。
何かありますかね?