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時折マンガの話をします。

『TISTA』において更に深まる、トラウマと悪役の描写

1つ前の記事で、遠藤達哉さんの短編集『四方遊戯』について書きました。


それを踏まえたうえで、『TISTA』の話に移ります。
単体でも判るように書くつもりではありますが。『四方遊戯』も読んでおくと、この作品は更に興味深い内容になるのではないかと考える次第です。
やはりある程度はネタバレになってしまうので、続きを読む際はご注意願います。


さて『四方遊戯』に収録された4作品を描いたあと、作者さんはしばらくの間沈黙していたようです。
原作付きの読切を1作描いているのかな。*1
そして2007年。「ジャンプスクエア」創刊号において連載が開始されたのが『TISTA』です。


恥ずかしながらこの時初めて、遠藤達哉さんの名前を意識したのです。
読切が掲載された頃は、「ジャンプ」をあまり読んでいない時期だったので。
ジャンプスクエア」創刊号で、群を抜いて面白かったのが『TISTA』でした。*2
因みに『ギャグマンガ日和』や『PARマンの情熱的な日々』の面白さはベクトルが違うということで。(´ω`)


『TISTA』の筋立てを簡単に書いておきます。
主役となるティスタ・ロウンは、NY の大学に通う非常に地味な女学生です。
しかしそれは仮の姿に過ぎません。その実体は社会にとって不利益と看做した人物を暗殺する、教会に属する団体「聖心十字会」の暗殺者です。
彼女が遂行する任務と、「大学生として」偶然出逢った画家を目指す青年アーティーへの想い、そして心情と実情との間で葛藤するティスタの姿が中心に描かれます。



些か前振りが長くなり過ぎましたが、そろそろ『四方遊戯』収録作品との共通点ならびに相違点を書いていこうかと。


まずはヒロインについて。
『TISTA』でも、やはり主役となる少女は非常に強い。
上の説明でも少し触れましたが、ティスタは凄腕の狙撃手です。それは1・2巻の至る処で余すことなく描かれています。


しかしそれだけではないのです。精神的な面においては、ティスタは非常に危うい。実に脆い基盤に成り立っているのですね。ティスタもまた凄惨な過去を抱えており(これも短編のヒロインと共通しています)、それが要因となり暗殺者という生き方を選択します。しかしその仕事の性質上、不可避的に苦悩を抱えてしまう訳です。とりわけアーティーと関わってからですね。
この点は、揺るぎない精神を持っていた短編のヒロインたちとは大きく異なります。


そして悪役です。
『TISTA』においても、やはり非常に嫌〜な気分にさせられる悪者が多数登場します。
しかしその描写が単純に利己的なだけではなく、描かれ方に深みが増しているのですよね。


一例を挙げてみます。



(2巻118ページ)


2巻に登場する、スーサインという男です。
物語後半の鍵となるキャラクター、スージーという少女の父親です。スージーは幼少期から、この父親から激しい虐待を受け続けています。それを示す場面がこちら。



(2巻107ページ)


非常に生々しく描かれています。あまりにも痛々しい描写です。
そしてそれにも関わらず、スージーは父親を慕おうとします。
にも関わらず父親は更なる虐待を加え、喉を潰してスージーの夢(ブロードウェイの舞台に立つこと)まで奪い去ってしまいます。そして事件が発覚した際の父親の姿がこれです。



(2巻121ページ)


しかしその父親を、単純な悪役としては描きません。
彼もまた幼少期に虐待を受け、養護施設に入れられていたことが明かされるのです。
このような事例は実際にあるのでしょう。ニュースか何かでも同様のことを聞いた記憶があります。スージーのエピソードでは、『四方遊戯』を読む際には存在しなかった複雑な心理が描かれています。


そして「悪役」で言えば、『TISTA』において最たるものは「聖心十字会」のお偉方でしょう。
司祭とか、ティスタ以外の暗殺者とか。
でも彼らは、自分たちの「正義」を微塵も疑っていないですよね。
自らの行為を神の裁きとか聖なる鉄槌だとか、純粋に信じきっている訳です。



(2巻33ページ)


まぁ、困ったものですが。(´ω`;)


こういった、単純な善玉悪玉ではない複雑な描写は、ページ数に制約がある読切短編だと描くのは難しいです。連載という形式によって初めて描き得たものだと思います。
ただその描写故に、カラリとした爽快感は皆無です。『TISTA』は本来の予定より早く終了してしまったようなのですが、明快なバトル展開とは一線を画すその内容が原因なのかもしれません。


しかし全2巻とはいえ、実に密度が濃い作品となっています。
作者さんが描こうとしていたことの、かなりの部分は描いているのではないかとも思います。*3
苦悩と葛藤の果てに、ティスタが辿り着いたところはどこなのか。
最後のページをめくったとき、深い余韻を残す感動があると思います。名作だと思いますよ。


そして遠藤達哉さんの次回作に期待したいですね。

TISTA 2 (ジャンプコミックス)

TISTA 2 (ジャンプコミックス)

*1:『屋上探偵 −オクタン−』。未読です。(´・ω・`)

*2:それだけに、あまりにも早い完結が惜しまれてならない・・・。('A`)

*3:個人的な欲を言えば、5〜6巻くらいでまとまれば最高だったなぁと。