思春期の悩める蛮族:伊藤計劃氏の逝去を惜しみつつ
3日ほど前のことになりますが、SF作家の伊藤計劃氏が逝去されたとのこと。
ご本人の(恐らくは最期の文章と思われる)ブログ記事のブックマークに多数の追悼コメントが寄せられている他、複数の方々が故人を偲ぶ記事・或いは伊藤氏の著作への書評を書いている。幾つか抜粋してみる。
- 伊藤計劃先輩のこと(篠房六郎日記)
- DTB(randamHEXA さん)
- 伊藤計劃氏、死去(Ak さん)
- またね、伊藤さん(LogBloG さん)
- 伊藤さんのこと(V林田日記3 さん)
- 緊急書評 - 自我という「病」 - ハーモニー(404 Blog Not Found)
伊藤氏はゲームのノベライズも含め、3本の小説を上梓している。
- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/06
- メディア: 単行本
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METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS
- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/06/13
- メディア: 単行本
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- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/12
- メディア: 単行本
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SF作家としての活動以外においても、ブログでの批評はよく知られていた筈である。個人的な関心も入ってくるが、『百舌谷さん逆上する』1巻の書評は、数ある『百舌谷さん』レビューにおいて屈指の鋭さを持った記事だと思っている。
- 当該記事:逆上のシュライク
そして『百舌谷さん』で言えば、「ツンデレ病」の正式名称、「ヨーゼフ・ツンデレ博士型双極性パーソナリティ障害」を考案したのも伊藤氏である。このことは上記リンク先「伊藤計劃先輩のこと」や「逆上のシュライク」でも言及されているほか、『百舌谷さん』単行本1巻カバー折り返しの作者コメントでも謝辞が寄せられている。
- 作者: 篠房六郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/06/23
- メディア: コミック
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このように多岐に及ぶ活動を行っていた伊藤氏について、一読者である自分が語れることは少ない。
一読者と書くことすら不遜と言える。何故なら上に挙げた3作品をまだ読んでいないからである。これについてはひとえに自らの遅読・マンガ中心の生活・財政状況が原因であり、何ら弁解の余地はない。
ただ伊藤氏が書いた小説で、語られることが少ない短篇がある。原稿用紙にして10枚にも満たない掌編である。今回はその作品の紹介をしてみたいと思う。
その作品のタイトルは、『セカイ、蛮族、ぼく。』。
あまりに突飛なタイトルに、目を疑った方もいるかもしれない。
まずはこの作品が発表された媒体について語ろうと思う。
『セカイ、蛮族、ぼく。』は同人誌に掲載された小説である。
その同人誌は、追悼記事を書いたサイトのひとつ、randamHEXA の管理人イノウエさんと、tigerbutter さんという方によるサークル randam_butter によるものである。一昨年の年末、コミックマーケット73で頒布された。
下の写真がそれである。
『バルバロイ』。
テーマは「蛮族」である。食欲と性欲のみで生きているかのような蛮族的ライフスタイルの素晴らしさを高らかに謳い上げた、抱腹絶倒の同人誌だ。豪華執筆陣*1蛮族に対する熱い想いをぶつけている。
その同人誌に、伊藤計劃氏が書いた小説。
恐らく空前絶後、今後も恐らくは現れないであろう、セカイ系蛮族小説である。
冒頭の一文に、この小説の凄さと(良い意味での)バカさのエッセンスがあると思うので、引用させて戴く。
「遅刻遅刻遅刻ぅ〜」
と甲高い声で叫ぶその口で同時に食パンをくわえた器用な女の子が、勢い良く曲り角から飛び出してきてぼくに激しくぶつかって転倒したので犯した。*2
主人公の「ぼく」は蛮族なのである。
蛮族の血が、本能的にこのような行動に「ぼく」を向かわせる。そして「ぼく」はその血を非常に毛嫌いしている。蛮族故に女の子を問答無用で犯した「ぼく」は、その行為について延々と内省し、自己嫌悪を続けるのである。
マルコマンニ人という自らの民族(の名前の響き)を馬鹿にされようものなら、即座に馬鹿にした相手の頭蓋に斧を叩き込むのである。そしてまた、自らの血を嫌悪する・・・。
全編にわたりこのような調子が続く。
磨き抜かれた、繊細で透明感溢れる文体で綴られる内面描写。そして悩みなどからは無縁で、純粋に快楽願望のみで生きているかのような父親への精神的反撥。
しかし実際に行っている行為の殺伐さ。「ぼく」は生肉を齧り付き、目の前の女性を問答無用で犯す。
そのあまりのギャップに、口元が緩まずにはいられない。
このような文章を書けるという時点で、疑いの余地なく伊藤氏は天才である。これは断言して構わないと思う。
現在この同人誌は、即売会以外では入手しづらいかもしれない。randam_butter blog で行っていた通販も、現在休止中らしい。
しかし機会があれば、是非とも読んで欲しい。
自分はまだ商業誌のほうを読んでいないので断言はできないが、それらともまた異なる、伊藤計劃氏の一面を見ることができるのではないかと思う。そのバカさを笑って欲しい。
そして笑った後に、少し悲しくなる筈だ。
これほどの作品を書く人が、今後新作を書くことは決してないのだから。
早過ぎる逝去に合掌。
蛇足:自分のプロフィール画像は、ブログ・mixi・twitter 共に映画『マッドマックス2』の悪役・ヒューマンガスを使用している。その理由は、今回紹介した『バルバロイ』があまりにも面白かったからなのである。この同人誌、ならびに伊藤計劃さんは、ネットの片隅でこそこそと記事を書いている自分に、間違いなく多くの影響を与えている。・・・それがこのブログに反映しているかどうかは判らないが。
*1:何と虚淵玄さんまでいる。因みに虚淵さんが書いた記事は「萌え蛮族論」。
*2:強調箇所は id:m-kikuchi 。