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時折マンガの話をします。

今、最も熱いマンガはこれ。『めしばな刑事タチバナ』

近頃はマンガの長編化が著しいこともあり、買うマンガが固定されがちです。しかしそれだと未知の傑作をとりこぼす可能性が高くなります。個人的にそれは避けたいので、可能な限り新規開拓を行っているつもりです。


この作品を購入したのは、先月末あたりに Twitter のTLで名前を見掛けたのがきっかけです。そして読んでみたところ、これがここ最近では随一と言って差し支えない面白さでした。今、最も熱いマンガ、それは『めしばな刑事タチバナ』です。


めしばな刑事タチバナ 1 [立ち食いそば大論争] (トクマコミックス)

めしばな刑事タチバナ 1 [立ち食いそば大論争] (トクマコミックス)


この作品、恥ずかしながらまったくのノーチェック。
それもその筈、掲載誌が『アサヒ芸能』です。一般誌に掲載されているマンガなのですね。余談ながら、表紙に描かれているのが主役の立花刑事ですが、テーブルには『アサヒ芸能』が置かれています。


この作品、タイトルからおおよその推測はできるかと思いますが、主題となるのは「めし」です。警察を舞台としたグルメマンガという括り方ができるでしょう。グルメマンガなら幾らでも名作と呼ばれる作品があるではないか、という声が聞こえてきそうですが、この作品の特異な箇所は、実際に存在する・或いは存在したB級グルメ(店・商品)を題材に、それを徹底的に掘り下げて語り尽くす点にあると言えましょう。


因みに主役の立花刑事は、富士そばで偶然発見した「カレーかつ丼」が気になって仕方がなく、それを頼んで堪能している間に広域窃盗グループを取り逃がして左遷されたという設定です。


では、幾つか例を挙げつつ、この作品について紹介していきます。



(坂戸佐兵衛・旅井とり『めしばな刑事タチバナ』1巻58ページ。)


気魄に満ちた立花刑事の姿。しかしこれは取調べではありません。後輩の五島刑事が夜食のラーメンを買いに行こうとした際の、「ラーメンの種類は適当でいいっスか? 2人分いっぺんに作りたいんでサッポロ一番のどれかってかんじで」*1という発言に対する憤りです。
そこから立花刑事の「めしばな」が始まります。サッポロ一番の歴史から「みそと塩のどっちがうまいか論争」の話、そして立花刑事のお薦め・食べ方の話が滔々と語られるのです。



(同書63ページ。)


サッポロ一番のみそ味としょうゆ味では麺の形状が異なり、しょうゆ味には麺そのものにしょうゆが練り込んであるといった、この作品を読まなかったら生涯知らなかった可能性が高く、知っていてもそれほど役には立たないであろう知識も開陳されます。素晴らしいですよね。
因みに上の画像の左側、五島刑事が「パスタのフィットチーネですね」とか言っています。五島刑事はどうやらお坊ちゃんらしいことが会話の節々から推察され、高級料理やら小洒落たワインの話やらで「めしばな」に割り込もうとすることがあるのですが、それらは決って途中でぶった切られます。
ワインの話なら『神の雫』でも読んでろと言わんばかりの強い意志を感じますね。


そして『めしばな刑事タチバナ』の見どころのひとつが、立花刑事と韮沢課長とのめしばな論争です。
韮沢課長は本庁勤務経験のある立花刑事に対抗意識があり、且つ自らも「めし」に対して持論をあるため、事あるごとに立花刑事と言い争いになります。



(同書68ページ。)


サッポロ一番しょうゆ味の話で盛り上がっていた際にも、不敵な笑みを浮かべつつ「しょうゆ味なら "チャルメラ" だろう」と言い放ちます。そしてそこから袋ラーメン論争が始まります。



(同書76ページ。)


韮沢課長の発言に対し、「出前一丁」を推す立花。そして最後の味付けに使う小袋の話や、「出前一丁」の香港での評価の話、更には韓国のインスタントラーメンの蘊蓄と、話は壮大に広がっていきます。「袋ラーメン」で3話使うグルメマンガは、他に例はないのではないかと思います。


「立ち食いそば」にまつわる論争も秀逸です。これも立花刑事と韮沢課長の言い争いです。



(同書147ページ。)


立ち食いそば屋の老舗「梅もと」で何を頼むか、という意見の相違に端を発する立ち食いそば論争。
これもまた、チェーン店ごとによる味・傾向の違いから歴史、更には「立ち食いそばとは何か」という根源的な問いに至るまで徹底して掘り下げられていきます。この論争、実に4回に及びます。



(同書164ページ。)


その問いかけでもある立花刑事のイチオシは「吉そばのえび天そば」です。
これがどのように「立ち食いそばとは何か」に繋がってくるのかは、是非実際に読んで確かめて戴きたいところ。



この他にも、牛丼チェーン店の話やC&Cカレー、ケンタッキーフライドチキン、餃子と、取り扱う食材は徹底してB級。それらを極限まで深く掘り下げる「めしばな」は、何故か判らないが圧倒的な愉しさに溢れています。
そして心憎いことに、単行本1巻には餃子の話が途中までしか収録されていない!続きが気になるじゃぁないか!
今、最も続きが期待される作品と言えましょう。


という訳で、今回はこのあたりにて。お薦めです。

*1:同書57ページ。