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岩明均『ヒストリエ』7巻のコマ割りが味わい深い

既に師走に入ってしまったので先月下旬になりますか、長らく待っていた『ヒストリエ』の新刊が発売となりました。


ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ 7 (アフタヌーンKC)

ヒストリエ 7 (アフタヌーンKC)


刊行ペースは実にゆっくりではあるものの、相変わらずの圧倒的面白さですなぁ。
この巻では、アレクサンドロスのもう一つの人格・ヘファイスティオン誕生のエピソードと、エウメネスマケドニアで着実に地位を固めていくくだりが描かれています。とりわけヘファイスティオン誕生の、9ページに及ぶ「蛇」の描写が圧巻ですね。


しかし今回触れるのはそこではなかったりします。(´ω`)
7巻では、限定版付録にもなった「マケドニア将棋」絡みの話が収録されています(62〜63話)。その中で、個人的に実に味わい深かったコマ割りがありましたので、そこに触れてみようかと思います。


まずは62話最終ページから。



岩明均ヒストリエ』7巻138ページ。)


マケドニア将棋を完成させたエウメネスが、ルール説明も兼ねつつマケドニア王フィリッポスと将棋を指している場面です。その様子を、元老アンティパトロスが遠目に眺めています。
そして63話に移り、将棋を指し続けていたエウメネスが「しっかしすげえ緊張するんすけど」と愚痴をこぼします(141ページ)。そしてページをめくると、



(同書142〜143ページ。)


将棋対決を、マケドニア国軍副司令官パルメニオンとアンティパトロスが凝視している様子が、見開きで描かれる訳です(それまでのページではエウメネスとフィリッポスの顔と会話のみが描かれています)。
そしてこのページを観た際、少し違和感を感じました。
何故アンティパトロスはこの場所(エウメネスから見て左側/フィリッポスから見て右側)に座ったのか?という疑問を感じたのです。前話最終ページでアンティパトロスがいた場所から考えて、そのまま二人に近付いて、パルメニオンが座っている場所にそのまま座るのが自然ではあるまいか?描かれなかっただけで近くにパルメニオンも居て、先に座ったということだろうか?


しかし読み進めると、この座り方ではないと駄目だ、というのが判ります。



(同書145ページ。)


将棋を凝視していたパルメニオンに対し、フィリッポスが「頭じゃま」と一言。
そこで視点がフィリッポス視点に切り替わります。パルメニオンは右を向いてフィリッポスに謝罪の一言。厳めしいパルメニオンの顔の向こうには、脱力したようなエウメネスが描かれています。



(同上。)


そして次のコマ。そのエウメネスにフォーカスが当てられます。何かに勘付くエウメネス
エウメネスの左前方に座っているアンティパトロスが、興味あり気にエウメネスを凝視しています。アンティパトロス視点から考えると、右前方に座っているエウメネスを見ているということになります。



(同上。)


そしてアンティパトロスから視線を逸らすエウメネス
言うまでもなく、アンティパトロスの反対側(つまり右側)を向きます。何ともとぼけた、良い表情をしていますね。(´ω`)


それぞれのコマを分割して引用しましたが、このページ全体だとこうなります。



(同上。)


実に奇麗な、三段落ちのような効果を出しているように感じます。
そしてこの配置で座っていないと、非常に読みづらくなってしまうことも判ります。


このページは、パルメニオン・アンティパトロス・エウメネスの3人が右側を向く構図になっています。これは読み手の視点から考えると、右奥から左手前に向かう動きだということです。この動き(視線誘導みたいなものでしょうか)が、右から左へと読んでいく(日本の)マンガと重なりあって流れるような読みが可能になります。
仮にアンティパトロスが先にパルメニオンの場所に座っていた場合を考えてみましょう。同じような構図で描くとすると、全員が左を向くような構図になります。この場合読み手にとっては左から右の動きになり、左に読み進めるマンガとしては非常に読みづらくなってしまう訳ですね。更に言うと、3段目のエウメネスのみコマの右端に描かれてしまい、三段落ちの効果も無くなってしまう。


さりげなくも緻密に計算されたコマ割りだと言えると思います。
ご興味のある方は是非ご一読のほどを。