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マンガLOG収蔵庫・別館

本館のバックアップとして使用しています。

マンガから離れるかのようなマンガ表現:川原由美子さんの静的な世界

マンガ

先日、川原由美子さんの新作『TUKIKAGEカフェ』1巻を購入しました。

TUKIKAGEカフェ? (朝日コミックス)

TUKIKAGEカフェ? (朝日コミックス)


川原由美子さんは『前略・ミルクハウス』で小学館漫画賞を受賞したりもしている作家さんですが、1990年代から段々と寡作になっていき、名作『観用少女』の連載を終えてからは休筆を続けていました。その後も選集や文庫版、愛蔵版等は度々刊行されたものの(余談ながら自分が集め始めたのはこの時期です)、新作を描くという話はまるで聞こえてくることがなく、活動再開を願うのみという日々が続いていました。


そして2009年、10年以上に及ぶ沈黙を破り、遂に新作が。
ネムキ」に連載された『ななめの音楽』です。正直なところ、もうこのまま描かないのかなぁという思いも多少はあったので、非常に嬉しかったことを記憶しています。


眠れぬ夜の奇妙な話コミックス ななめの音楽1 (ソノラマコミックス)

眠れぬ夜の奇妙な話コミックス ななめの音楽1 (ソノラマコミックス)


これは1989年に「LaLa」に掲載した同名の読切作品(イラストレーターの佐藤道明氏との合作、恐らくストーリーを担当したのが佐藤道明氏)を自らリメイクしたもの、とのこと(自分はこの読切は未読でして)。『ななめの音楽』単行本表紙にも、" based on non existent novel written by Michiaki Sato " と記されています。


そして『ななめの音楽』連載終了後、雑誌アンソロジー「シンカン」*1で連載されているのが、『TUKIKAGEカフェ』になります。
オリジナル新作となると、『観用少女』以来なので13年ぶりくらいになるのでしょうか。



『TUKIKAGEカフェ』は、とある街の高い高いビルの谷間の、長い長い階段を下っていった先にあるカフェが舞台となります。この街では死んだ人は月に住むと言われており(死者を表現するものとして、「月の住人」という語句が作中では度々用いられます)、月の住人が地上を懐かしがってお茶を飲みにくることもある、そんな不思議なカフェになります。
そのカフェの主人であるマダムと、何故かアルバイトとして働くことになった少女、そしてそのカフェに訪れる人たち(そして彼ら/彼女らに関わる人たち)が織り成す物語が、時には暖かく、時には切なく、幻想的な雰囲気で描かれています。


そしてこの作品は、非常に独特な手法で描かれている。マンガらしからぬ表現と言うこともできるかもしれません。
それが『TUKIKAGEカフェ』に、独特な世界観をもたらしていると思います。以下、この作品の特徴を幾つか挙げてみます。


  • 【コマが少ない】

いきなり何のことか判りづらいかもしれないので、実際に見て戴きましょう。



川原由美子『TUKIKAGEカフェ』1巻8〜9ページ。)


こちらは、応募してもいないアルバイトの採用通知を受けてカフェに赴いた少女を、マダムが迎え入れる場面になります。右ページがマダム、左ページの右側にいるのがアルバイトの少女ですね。
このようなページ構成が、この作品の大部分を占めています。正確に数えた訳ではないのですが、印象としては、いわゆる「マンガらしい」コマ割りになっているページは、全体の2割に満たない感があります。
複数の人物・動きもコマで区切ることなく、1つのページに描き込むような手法が度々用いられていますね。一枚絵のようなページの端のほうに、小さなコマを幾つか付けるような演出も多い。これは1970年代に急激に深化した少女マンガの表現(大雑把に書くと心理描写を主眼に置いた、コマをぶち抜く表現とか)を更に押し進めたものと捉えることができるかもしれませんな。


  • 【フキダシが少ない】

これは文字どおりです。まぁこれも読んだ印象ですが。
しかし文字数はかなり多い。例としてこちらを挙げてみます。



(同書100〜101ページ。)


この場面は、マダムからの依頼を受け、別の街のとある場所で開催されているお茶会でお茶を淹れる役目を仰せつかった少女が奮闘している箇所になります。
判りやすい例としてこのページを取り上げてみましたが、フキダシがない代わりに、モノローグが非常に多い。これも『TUKIKAGEカフェ』の特徴と言えます。そしてこのモノローグは物語のナレーションでもある訳ですが、独白を担当するのはアルバイトの少女になります。他の登場人物のモノローグはなく、他の人物が何をどのように考えているのかは少ない台詞や描写から推察しなければならない。少女による一人称のマンガと言えるかと思います。
また、フキダシを用いずに会話をする場面も度々見受けられる。異なるフォントを用いることでそれが表現されています。モノローグは丸ゴシック、会話は明朝体で。1つ目の画像の、マダムの台詞がそれに該当しますね。さりげなくも緻密に計算された表現であると思います。


  • 【動きを表現する線がない】

判りやすい例を挙げると、集中線はこの作品では使われません。
また、手足や物体の動きを示す際にキャラクターに重ねて描かれる線(これも集中線に入るのかも)も用いられることがない。それ故か、全体的に非常に緩やかな動き・時間の流れといったものを感じさせます。
因みに集中線が使われないこととも関係があるのかもしれませんが、この作品は、少ないコマの枠以外には一切直線を用いず、フリーハンドで描かれています。またスクリーントーンも使わず、白と黒(ベタ)のみで描いている。中間色を表現する場合は細かく線を重ねたり、カケアミ線を用いたりしています。そして全体としては線を可能な限り削ぎ落したかのような、白を基調とした画面となっています。
読み方によっては淡白な画面と映るかもしれませんが、じっくりと読むと非常に密度が濃いことが判ります(そう自分には思える、というだけかもしれませんが)。


そしてこれが、『TUKIKAGEカフェ』の最大の特徴ではないかと思います。
擬音を表現するオノマトペが、一切使われないのですね。
お茶を淹れる音(「コポコポ・・・」etc )とか、淹れたお茶から立ち上る湯気(「フワッ」etc )とか、静かに降り続く雨音(「サァァー」etc )とか、ほんらいならごく当り前のようにマンガに用いられる表現が、まったく使われていない。
カフェで働き始めたばかりの頃、アルバイトの少女が以下のような独白をしています。

音のない
しずかな世界
音をたてるのは
あたしの靴と
あたしの運ぶ茶器だけ


(同書10ページ。)


音の描写を排したことにより、作品全体が、静謐な世界観で覆われている。
そして『TUKIKAGEカフェ』を読み進める際、音をたてるのはページをめくる自分の手だけです。アルバイトの少女と同じような体験を、読者もまた体験していると言えるかもしれません。



これまでに挙げたような要素が絡み合うことにより、一般的なものとは相当に異なる感覚を、『TUKIKAGEカフェ』は与えてくれるかと思います。そこに描かれるのは、非常に静的な世界です。
『ななめの音楽』の、全ページ4段コマという構成を見た際にも感じましたが、この作品では静謐さへの指向が更に深いものになっているように思います。今後もその方向性を追求していくのか、それをどのように表現していくのか、気になるところです。



と、まぁそのような堅苦しいことを考えずとも、少女の可憐さやマダムの妖艶さは一見の価値ありですよ。
といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:「つぼみ」とか「ITAN」みたいな形式の雑誌。「シンカン」はあまり売っているのを見たことがないですな・・・。('A`)