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マンガLOG収蔵庫・別館

本館のバックアップとして使用しています。

喪失と新しい一歩:有永イネ『さらば、やさしいゆうづる』

マンガ

また、長いこと更新が滞ってしまいました。
そんな状況でも淡々とマンガは買い続けていた訳ですが、今月9日ですか、書店を散策していたところ、ふと目に留まった1冊がありました。


さらば、やさしいゆうづる (KCx ITAN)

さらば、やさしいゆうづる (KCx ITAN)


有永イネさんの初短編集『さらば、やさしいゆうづる』。
青を基調とした装丁が強い印象を与えるのがお判りかと思いますが、どこか既視感を憶えました。そして少し考えて思い出したのですが、



少し前のコミティアで、同人誌を購入させて戴いた作家さんでした。
上に挙げたのは2011年10月に発行した再録同人誌『さらば、メガネは木曜の空白』です。自分が買ったのは今年2月のコミティアですね。


因みに作者・有永イネさんのサイトと twitter はこちらです。


『さらば、やさしいゆうづる』には、同人誌『さらば、メガネは木曜の空白』に収録されている作品から2編、雑誌「BE・LOVE」に掲載された読切から2編を収録した作品集です。「BE・LOVE」は、『ちはやふる』とか連載している雑誌ですね。*1しかしながらITANレーベルから出版されるという異色作と言えます。*2


そして実際に読んでみると、この作品集は確かにITANレーベルから出るのが最も相応しいように思えます。独特の設定・世界観で描かれる物語。その読後感は切なさを湛えつつも、しっかりと前を見据えた、清冽さを伴っています。
以下、作品の概略(導入部)を書いておこうかと。


  • 「ひとつめは木曜になく」



(有永イネ『さらば、やさしいゆうづる』8ページ。)


幼馴染みの高校生、はるかとじゅんには、2人にだけ起こる不思議な現象があります。それは毎週木曜日にだけ見える「ひとつめさん」。それは2人が6歳のときから視え始めるようになり、心が弱っている人にまとわりつくことが判っている。はるかは「ひとつめさん」がまとわりついている人に対し積極的に関わろうとするが、じゅんは不干渉の立場を取ろうとします。はるかの無条件な優しさに苛立ちを憶え、過去の体験も手伝い「ひとつめさん」を忌避するじゅん。そんなある日、目を覚ましたじゅんが視た光景とは・・・。
上の画像に描かれているのは、心の弱っている人にまとわりつく「ひとつめさん」と、6歳の頃のはるかとじゅんです。生理的に訴えかけてくる「ひとつめさん」の造型がお見事。


  • 「さらば、やさしいゆうづる」



(同書69ページ。)


表題作となっている読切作品。
女子大生のマキは、誰もが自然と学ぶようなことの多くを知らずに育ってきた。小学生の頃に、シングルマザーだった母が蒸発してしまったためです。そして祖母と二人暮らしとなった直後、マキの家の隣に7歳年上のナオくんが引っ越してくる。それから15年、マキの祖母が亡くなり、マキが大学生になってからも、ナオくんは甲斐甲斐しくマキの世話を焼いています。ある日、「誰もが自然と学ぶようなこと」を知らなかったことが原因で彼氏に振られ、沈んでいるマキに、児童文学作家になっていたナオくんは「その人の本当に欲しいものが入ってる箱」をプレゼントします。そして翌日、呆れつつも箱を空けると、そこには赤いビー玉がひとつ入っていた・・・。
上の画像は、ナオくんがマキに箱をプレゼントしている場面となります。


  • 「なき顔のきみへ」



(同書98ページ。)

すみれとなつめは双子の姉弟。すみれはある事情により、なつめに対して、とりわけなつめの顔に対して強いコンプレックスを抱いています。ある日、ちょっとした発言がきっかけで、すみれは「なつめの顔が消えるように」と願いを掛けます。そして翌日、なつめの顔を見ると、その顔は本当に消えてしまっていた・・・。
上の画像は、見てのとおり、顔が消えてしまったなつめになります。


  • 「はたらくおばけ」



(同書135ページ。)


大学生・光野隆正は、トラックに轢かれて死んでしまいます。そんな「死んでしまった」光野に話し掛けてくる女性が。彼女、神園結香は、ラップ音や心霊写真といった現象は「株式会社はたらくおばけ」のサービスなのだ!と言い放つ。そして光野は幽霊の研修を始めるのだが・・・。
他三作に比べるとスラップスティック的な色合いが強い作品。
上の画像は、研修として山道のカーブで運転手を驚かせる役目を与えられるも、車じたいが殆ど通らずにゲンナリとしている場面になります。



有永イネさんの作品には、共通して描かれるものがあります。
まず、これらの作品の主役は何かを喪失する。或いは喪っている。そこから物語は始まります。『なき顔のきみへ』や『はたらくおばけ』が非常に判りやすい例であるかと言えましょう。そして、喪ったことを契機に、自らの過去・或いは自分自身を丹念に顧みる。そしてその「喪った何か」の原因(或いは根源)に行き当たることになります。
それは取り戻すことはできません。それが、作品に湛えられる切なさだと思います。
しかしながら、これらの作品の登場キャラクターは、その喪失を受け止めたうえで、前に進み始める。それまでよりも、確実に明るい未来を予感させる結末で物語は締めくくられます。そこが単に切ないのみではない、清冽さを備えるものとなっている所以だと思います。


これは、『博士の愛した数式』等の作品で知られる小川洋子さんが原作を担当した、有永イネさんの初の連載作品『最果てアーケード』にも言えることかと考える次第です。


最果てアーケード(1) (KCデラックス)

最果てアーケード(1) (KCデラックス)


最果てアーケード(2) (KCデラックス)

最果てアーケード(2) (KCデラックス)


と、長々と書いてしまいましたが、この作品はお薦めです。
今後注目の作家さんだと思います。


といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:どちらかというと対象年齢層は高めで、『ちはやふる』は些か異色とも言える雑誌ではありますが。

*2:これに関しては、ご自身がブログで「実は一番最初に拾ってくださったのがITANの編集さんで、一番お付き合いが長く、とてもとてもご縁があるのです。」と言及されています。