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マンガLOG収蔵庫・別館

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10年越しの衝撃:卯月妙子『人間仮免中』

卯月妙子さんの名前を知る方は、どのくらい存在するのだろうか。
約20年前、未だ伝説的に語られるカルトAVに主演していた人物である。


そして同時期に、マンガ家としてもデビューを飾る。
レディースコミックやSM雑誌に、主にエッセイ的な内容のマンガを執筆。それらの作品は単行本にはなっていないが、確か同人誌2冊ほどに纏められていた筈だ。『褌はばかり日記』とか、それに近いタイトルであったと思う。コミケで購入したその同人誌は、引越をした際、どこかにしまい込んだままとなっている。
売り子をされていた、幽霊のコスプレをしていた方は、もしかしてご本人であったのだろうか。
今となっては判らないままだ。


そして2000年、初の商業単行本が出版された。
『実録企画モノ』である。

実録企画モノ

実録企画モノ


この作品は、まさしく衝撃的と呼ぶに相応しいものであった。
冒頭で触れたAV出演の話や幼少期、出産のエピソード、そして旦那の自殺の顛末に至るまで、異様なまでの熱量と密度で、しかもギャグというかたちで描き抜いていた。


実体験に基づく作品には、名作が多い。
比較的近年の作品に絞っても、数々の賞を受賞した吾妻ひでおさんの『失踪日記』や、上野顕太郎さんの『さよならもいわずに』等を挙げることができる。『さよならもいわずに』については、2年ほど前に感想を書いたこともある。(2013年1月10日追記:誤字を修正しました。ブクマコメントでのご指摘感謝。)


しかしこれらの名作群も、『実録企画モノ』を読んだ際の衝撃には及ばなかった(少なくとも、自分にとっては)。それほどに、圧倒的な作品であった。
その後、卯月妙子さんは、実体験を色濃く反映したフィクション『新家族計画』を上梓する。

新家族計画 (Vol.1) (F×COMICS)

新家族計画 (Vol.1) (F×COMICS)


しかしこの作品は2巻で中断してしまう。これは後に知ることになるが、統合失調症が悪化して執筆が困難になったのだという。
その後、『実録閉鎖病棟』の第1話発表を最後に、マンガの執筆は途絶えることになる。


それ以降は、ストリップ嬢として活躍をしたり、なかなかに過激なパフォーマンスを行う舞台に出演したりしていたらしい。
同時期には mixi で活発に近況を報告しておられた事を記憶している。
しかしながら、病状は深刻であったらしい。2006年頃、当時卯月妙子さんのパートナーであった緊縛師・有末剛氏が、『実録閉鎖病棟ー毎日PKOー』という連載記事を太田出版webで掲載していた(現在、その記事は消えている)。その第一回の記事が、とある劇場での公開自殺未遂事件。自ら頸動脈付近を刃物で切り付け、噴水の如く血が吹き出したというくだりが、克明に記録されていた。今でも明晰に思い起こすことができる。


その連載はしばらくの間続くが、2007年に mixi を退会。
翌年には、個人ブログの多くの記事が消え、活動の中断が明言される。
それから約4年。卯月妙子さんがその後どうなったのか、まったく判らないままとなっていた。



そのような経緯があり、もう新作を読むことは叶わないのだろうか・・・、と漠然と考えていた。
しかし先月、遂に、10年ぶりの新刊が発売された。
それが『人間仮免中』である。

人間仮免中

人間仮免中


仕事の忙しさにかまけ、情報収集を怠っていた為、この本が出ることを知らなかった。
それ故に、書店を散策していて偶然これを発見したときの衝撃はひとしおであった。
そして、一読して更なる衝撃を受ける。慟哭と呼んでも差し支えないかもしれない。
ここ数年に起こった出来事を綴った『人間仮免中』は、『実録企画モノ』をも凌ぐ作品であった。



卯月妙子『人間仮免中』3ページ。)

この作品は、謎めいた幕開けが為される。前後の状況がまったく判らず、不可思議な独白が流れている。コマ横の註釈によると、寺山修司の詩『ロング・グッドバイ』を引用したものらしい。
不条理劇か、或いは妄想の類であるかのような印象を受ける。
しかし読み進めていくと、この一連の場面が、現実そのものであることが示されるのだ。
時に現実は、妄想・フィクションを凌駕する。


そして時間は遡る。長年連れ添ってきた「おやじ」との別れと、それとは別の運命的な邂逅が描かれる。
その相手とは、25歳年上の「ボビー」と呼ばれる男性。



(同書9ページ。)*1


左上のコマに描かれている男性がボビー。
居酒屋で飲んでいたボビーが、知り合いを全裸にして、その背中に卯月さんが絵を描いている場面となる。知り合った経緯は詳らかにはされないが、知り合った卯月さんとボビーは同様の遊び・飲み歩きを度々行っていたようである。そしてボビーに惚れ込んだ卯月さんが、交際を申し込む。


そして、ボビーと卯月さんは同棲を始め、その生活が描かれ始める。
ボビーはその年齢差と、自らに残された時間から、更に深い関係へと進むことへ躊躇いを憶えている。高血圧のため癇癪も起こしやすい。一方卯月さんは、統合失調症が徐々に重くなりつつある。お互いに重い問題を抱えている二人は、時に激しく喧嘩をすることも多い。口角泡を飛ばし罵り合うこともある。
しかし互いを何よりも強く大事にしている。卯月さんの一途な姿が、ボビーの懐の大きさが、惚気にも近い二人の様子が、淡々と描かれていく。卯月さんを強く抱擁し号泣するボビーの姿が、タクシーの後部座席で手を繋ぐ二人が、一旦距離を置いてみた後にボビーの家に行った卯月さんに掛けたボビーの言葉が、実に良い。
さりげない日常の描写が輝いている。


ボビーの人柄が、その描写がまた秀逸だ。
酒好きで遊び好き、還暦を過ぎて未だ性欲旺盛、卯月さんを乱交パーティーに誘おうとしたりもする。
かなり危ない橋を渡ってきたことも、一度や二度では済まないようだ。仕事場でも豪放な性格そのままに、しかし能力の高さ故に同僚や部下からの信頼も厚い。
かと思えば、卯月さんの子供・シゲルが上京すると聞いた途端に「身の処し方がわからん!!!」とパニックになる。*2
ボビーに対する卯月さんの想いが、滲み出てくるかのような描写だ。


しかし、この生活は、ある時点から大きな転換を迎える。



(同書135ページ。)


卯月さんはある時、舞台の誘いを受ける。しかし舞台をやっていた時よりも症状が重くなっているため、医者から許可が下りない。
何か精神を落ち着かせるものはないか考えた卯月さんは、ヨガを試してみる。そして気持ちが安定したように感じた卯月さんは、いきなり薬の量を半分に減らしてしまう。上の画像はその場面である。
主治医からは止めるよう、元々の量を服用するよう言われるが、自分は大丈夫なのだという「万能感」が始まる。そこから卯月さんはなし崩し的に、精神のバランスが崩れていく。坂道を転げ落ちていくかのようなその様子には、ただ戦慄するばかりである。


そして、冒頭の場面へと繋がる。
『人間仮免中』の第二章と言える、[ 歩道橋バンジー編 ] が幕を開ける。


卯月妙子さんは、生死に関わる怪我をして入院することになる。
救命治療のため、精神科で処方された薬の投与が一時中断。それが原因で、深い妄想の世界へと入り込んでいく。
その描写が、[ 歩道橋バンジー編 ] の白眉である。どのような妄想が繰り広げられるかは、実際に読んで確かめて欲しい。


現実と妄想が混濁した世界。
狂気にも似た光景と、それを目の当たりにした際の感情のうねりを、卯月さんは詳細に描き綴る。
自らの妄想を自覚しつつ、それを他者に判るよう、詳細且つ冷静に描く。それはフロイトの精神分析理論の叩き台となった、パラノイア症例患者による自伝『シュレーバー回想録』に近いものを思わせる。統合失調症の実際の事例としても、『人間仮免中』は高い価値を持っているかもしれない。


シュレーバー回想録―ある神経病者の手記 (平凡社ライブラリー)

シュレーバー回想録―ある神経病者の手記 (平凡社ライブラリー)


卯月さんの妄想の一場面を、少しだけ挙げてみたい。



(同書172ページ。)

(同書173ページ。)


妄想の世界の中で、ボビーは「半身投的」を看護師に要請される。
バイタルが変わらない卯月さんは「顔面投的」をすることになる。
勿論、そのような語句は一般的には存在しない。言うならば、妄想の世界で卯月さんの脳が造り出した言葉である。精神的な疾患を持つ人たちの中には、新しい言葉や文字を造り上げてしまうというケースがあるらしい。


余談ながら、以前このようなブログ記事を書いたことがある。


リンク先の記事で紹介した同人誌『絹と立方体』は、架空の文字を網羅的に紹介・解読したものであるが、この同人誌には「精神病理と文字」という附章が設けられている。卯月さんの事例を読んだ際、人間の精神と言語の不可思議な関係に思いを巡らすと共に、2年近く前に取り上げたこの同人誌のことをふと思い出した。
因みにその附章において大きな紙幅が割かれているのが、精神科医・呉秀三*3による論文『精神病者の書態』(1892年)である。卯月妙子さんも通院していた(らしい)、精神科医療の中心的位置にある松沢病院の初代院長を勤めた人物でもある。
これはまったく別々の事柄ではあるが、このような偶然を結びつけて考えてしまいたくなる。
これもまた、人の精神の不可思議というものかもしれない。


些か書いている内容が脱線したので、話を『人間仮免中』に戻す。
ページ数にして50に及ぶ、長い妄想の世界から、現実の世界へと卯月さんは戻ってくる。
そして自分の身に何が起こったかを知ったとき、それをマンガに描きたいと考える。
あとがきで卯月さん自らが「漫画家の、業」*4と評したその心境、そして最初に紙とペンを手に取り、絵を描いた際の「貰ったあああああ!!!!」という心の叫び、そこに重なるモノローグ「おいらこのとき地獄に落ちてもいいと思いました。」*5、只々圧倒される。


そして手術と、長いリハビリ。
それを支える、母親を初めとする家族・親類、そしてボビー。
母親やボビーの、卯月妙子さんに向ける言葉が、静かな、そして深い感動を齎す。
それらに対しての卯月さんの返事(作中のモノローグとして書かれる言葉)は、シンプルであるが故の、強さと希望に満ちたものとなっている。この一連のエピソード(その中でも、とりわけ262〜273ページ)は、是非実際に読んで、噛み締めて戴きたい。



退院後も、統合失調症の症状は続いている。
316ページには、2012年2月時点での1日の処方箋が記載されている。
圧倒的な量である。togetter での感想まとめに、「知り合いの薬剤師が絶句していた」という旨のツイートが残っていた筈だ。
それでも日々の生活は続いている。圧倒的なまでに濃度の高い人生を過ごしてきた卯月妙子さんが、ボビーと出逢い、生死の境を彷徨った末に辿り着いた境地。[ 歩道橋バンジー編 ] の最後は、このような言葉で締めくくられる。

朝が巡ってくる幸せ


日常の些細なことを
繰り返す幸せ


生きてるって
最高だ!!!


(同書305ページ。)


『実録企画モノ』や『新家族計画』は過去を題材にしているか、或いは現在を刹那的に生きている内容であった。
少なくとも、自分にはそのように感じられる。
しかし『人間仮免中』の結末は、明らかに未来を向いている。
それは衝撃と呼ぶに相応しい、喝采を送りたくなる変化であった。


[ 歩道橋バンジー編 ] の後には [ザ・後日談 ] というエピソードが描かれる。
そこでは、また一波乱あったことが判る。
そんな状況であっても、未来を見据えていることは変わらない。



(同書311ページ。)


一波乱の結果、北海道に行くことになった際の場面。
左上の卯月妙子さんの表情が、実に素晴らしい。
それ以前の単行本では見ることができなかった表情だ。語弊を恐れずに言えば、憑物が落ちたかのような表情だ。
この表情を見ると、力が湧き上ってくるような気がする。



『人間仮免中』は、決して気楽に読めるような内容ではない。
あまりの壮絶さに、大なり小なり精神的な影響を受けてしまう可能性すらある。安易に人に薦めるのは憚られる。
しかしそれでも、この作品は読んで欲しい。一人の女性の、魂の彷徨と救済が描かれている。それを支える人たちの、時に卑俗で時に崇高な姿が描かれている。


10年ぶりに出た新作は、10年に1度描かれるかどうかの、紛うことなき傑作であった。
一人でも多くの人がこの作品を手にすることを願いつつ、締めとしたい。


【6月14日10時追記】
ブクマコメントのご指摘により、誤字を修正。

*1:余談になるが、丁度この記事を書いている6月13日、『まんだら屋の良太』の作者・畑中純さんの逝去が報じられた。卯月妙子さんもショックを受けられているとの由。謹んでご冥福をお祈りする次第である。

*2:同書95ページ。

*3:因みに呉秀三の息子は、『イーリアス』等の翻訳でも知られる西洋古典学者・呉茂一。

*4:同書333ページ。

*5:共に同書208ページ。