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圧倒的な情報量と密度に、ただ脱帽するしかない。ばるぼら『岡崎京子の研究』

7月14日、今から10日ほど前ですか、岡崎京子さんの同名作品を原作とする映画『ヘルタースケルター』が公開されました。未見ではあるのですが、評判は悪くない模様。

ヘルタースケルター (Feelコミックス)

ヘルタースケルター (Feelコミックス)

ヘルタースケルター 映画・原作 公式ガイドブック (Feelコミックス)

ヘルタースケルター 映画・原作 公式ガイドブック (Feelコミックス)


映画公開に合わせるようなかたちで、旧作の新装版や、未刊行作品をまとめた作品集の出版も続いています。自分は年代的な理由等もありリアルタイムでは追っていなく、読み始めたのが事故後*1だったので、絶版で読めなかった作品・単行本見収録だった作品を読むのが容易になっているのは実にありがたいところです。
それと共に、評論・研究本も幾つか刊行されています。その中のひとつが、今回ご紹介させて戴く『岡崎京子の研究』となります。

岡崎京子の研究

岡崎京子の研究


まさしく圧倒的、現時点での岡崎京子評論・研究の頂点と断言して差し支えない内容となっています。


著者はばるぼらさん。インターネット黎明期〜ブログが台頭し始める時期までの歴史を、徹底した原典の調査と驚異的な密度で書き抜いた名著『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』の著者としても知られているかと。

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書


そのばるぼらさんが、「自分にとって特別なマンガ家です。」*2と語るのが、岡崎京子さん。そしてそのばるぼらさんが、『教科書には載らない〜』で見せたのと同様、或いはそれすらも凌ぐ熱意で、原典を辿りつつ岡崎京子さんの膨大な仕事を再構成したのが『岡崎京子の研究』になります。


岡崎京子の研究』は、7つの章に分けられています。

  • プロローグ的な位置付けの0章「1963-1979 岡崎京子の前史」
  • 1章「1980-1985 岡崎京子の黎明期」
  • 2章「1986-1988 岡崎京子の初期」
  • 3章「1989-1992 岡崎京子の中期」
  • 4章「1993-1996 岡崎京子の後期」
  • 5章「1997-2012 岡崎京子の事故後」
  • 6章「付録 主要単行本解説/参考文献」

以上の7つ。
そして6章以外の各章の冒頭に概略(と書いたものの内容は異常に濃い。0章は概略のみ。)が記され、1〜5章には概略の後に「研究者のためのノート」と題された詳論が、対談形式で掲載されています。*3
その「研究者のためのノート」が、まさしく本書の白眉と言える箇所でありましょう。ページの上半分が岡崎京子さんのあらゆる仕事を辿った詳論、下半分が精緻を極めた年表になっています。


年表には、イラスト・文章・マンガ・同人誌と、岡崎京子さんが手掛けた大量の仕事が、日付まで調べ上げて詳述されています。イラストの場合には、どのようなイラストなのか・そのイラスト内でのキャラクターの台詞も収録しています。
一例を挙げますと、

08・01 『音楽専科』8月号(音楽専科社)▼イラスト(Queen)▽読者投稿ハガキ。都内世田谷区北沢きょうこ・おかざきサン。〈はーいフレディよ〜〉〈愛に男女はない〉とクイーンのメンバーが裸でいる図。


ばるぼら岡崎京子の研究』18ページ。)


といった感じ。同様の記述が、辞書のような小さな文字で、150ページ近くにわたり書き連ねられています。ここまで詳細な調査を行ったばるぼらさんの熱意と、これでも全ての仕事を網羅した訳ではないという岡崎京子さんの仕事量に圧倒されます。
因みに上で引用したものは、岡崎京子さんの名前が一番最初に出たメディアとのことです。


ページ上半分の対談形式の詳論では、上で挙げた例のような、いったいどうやって調べたのか判らないような仕事が、次から次へと出てきます。ただ頭を垂れて話を拝聴するばかり、といった心持ちです。

● 別にまったく重要でもなんでもないんだけど、ここで触れなかったら一生触れられなさそうなものとして『P.S.』っていう小冊子がある。八七年に財団法人日本郵便友の会が若者に手紙を推奨するために発行してたもの。表紙は日比野克彦で、菊池桃子サンプラザ中野秋元康山下久美子といった面々が「手紙っていいよね...」ってインタビューを受けてる中に、岡崎さんがカラーイラストの連作を描いてるページがあるんだ。


(『岡崎京子の研究』73ページ。)


のくだりとか、あまりのニッチさに驚愕を通り越して感動に至るレベルでした。
そしてこのレベルの詳細な情報が、全ページを埋め尽くしています。


岡崎京子の研究』に通底しているのは、「繋がり」を重要なものとして捉える姿勢であるように感じます。或いは「影響」ですか。


どのような作品(この場合、マンガのみではなく音楽・映画・小説・装画etc)から岡崎京子さんは影響を受けているのか。映画の場合だと、ジャン=リュック・ゴダールデヴィッド・リンチ等の作品が、後の作品(『リバーズ・エッジ』とか)にどのような影響を与えているか、或いは監督の作風をどのように自作に反映させているか。それらについても、詳細に原典を追いつつ考察を重ねています。
或いは音楽の場合だと、岡崎京子さんの琴線に触れた作品は何か、その音楽に対しどのような言及をしているか、そのミュージシャンとどのような仕事(インタビュー、ジャケットイラスト等)をしているか・・・。
岡崎京子さんは、マンガ以外の雑誌類にも、大量の作品・発言を残しています。それを丹念に拾い上げ、作品や作家との繋がりを解き明かしていく。推理小説の謎解きにも似た読後感を感じる時があります。


如何にして「岡崎京子」というマンガ家は作り上げられて行ったのか。
そして岡崎京子という人は、後のカルチャーにどのような影響を与えたのか。
その全体像が浮かび上がってくる構成になっている。


自分はそこまで岡崎京子さんの作品を読んでいる訳ではないのですが、この本を読んで、もっとちゃんと読んでみたくなりました。そういう心持ちにさせる内容です。
そして今後、岡崎京子さんの研究をしようとするならば、必ず通過しなくてはならない書籍だとも思います。
必読の1冊だと思います。


といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:岡崎京子さんは1996年5月19日に飲酒運転の車にはねられ重体に陥り、以降作品執筆はできない状態が続いています。

*2:ばるぼら岡崎京子の研究』233ページ。

*3:実際に調査・執筆したのはばるぼらさんお一人。「当初は論文形式で構成していたものを、読みやすさを考慮して対談形式に書き直しました。」(『岡崎京子の研究』233ページ。)とのこと。その狙いは成功していると思います。