マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

煩悩とパロディと昭和の匂いが立ち籠める怪作『抱かれたい道場』

ホメオパシー」というものをご存知でしょうか?
「同種療法」と訳されたりします。時折ネットでも話題にのぼることがあるので、聞いたことがある方も少なからずいるかもしれませんね。
ホメオパシーを大雑把に説明しますと、「症状Aを伴わせる物質Bを症状Aを発症させている人に投与すると、その症状が直る」というものです。何らかのショックで記憶を失った人に同様のショックを与えることで記憶が甦る、というやつに似ていますね。
この治療法に関しては、今から60年前に出版された名著『奇妙な論理』において既に徹底的に批判されている訳ですが、提唱されてから200年以上経った現在においても一定数の支持者が存在するようです。

奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)

奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)


この「ホメオパシー」の特徴として薬の処方がありまして、上の説明で言えば「物質B」の投与量は少なければ少ないほど効果があるとされます。そのため、その薬は極限まで薄められるのだとか。『奇妙な論理』での喩えを使わせて戴くと、「一滴のくすりを太平洋におとし、よくかきまぜてから、海水をさじ一杯すくいとるようなもの」*1だそうです。
しかしながら今回ご紹介するもうひとつの「ホメオパシー」は、その真逆を突き進む。喩えるならば、砂漠のど真ん中で差し出されるコンデンスミルク、或いはカルピスの原液のような濃さと言えましょう。


抱かれたい道場 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

抱かれたい道場 (ヤングチャンピオン烈コミックス)


それがこちら、中川ホメオパシーさんによる『抱かれたい道場』。
この表紙だけでも、中身の暑苦しさを予感させます。


この作品の概略を説明しますと、悶々BOY・ノボル君が「抱かれたい男」になるために舵原先生のもとで研鑽の日々を送る、というもの。そしてその研鑽は、常に斜め上の方角を向き続ける。
それが、無闇なまでの熱量と煩悩、随所にちりばめられたパロディ、そしてアクの強い筆致によって描かれるギャグマンガとなっています。


因みに掲載誌は「ヤングチャンピオン烈」。「烈」は成年向の作品を描いている方を多く起用している雑誌でして、可愛らしい女の子が多く登場する作品が少なからぬ割合を占めています。そんな中、『抱かれたい道場』はかなりの異彩を放っている。



(中川ホメオパシー『抱かれたい道場』10ページ。)


舵原が鬨の声を上げる場面。
美少女が満ち溢れる誌面において、明らかに異質な、且つ圧倒的な存在感を放っています。名前からも推察できるように、梶原一騎(の原作作品)のパロディを含んでいることは明瞭ですね。絵柄も、『空手バカ一代』のパロディですな。上の画像左側のノボル君の口許とか、つのだじろう氏の特徴を実に的確に捉えています。



(同書121ページ。)


「抱かれたい道場」OB、つまりノボル君の兄弟子にあたる貝塚
この名前は、やはり貝塚ひろし*2さんから取ったものでしょうか。梶原一騎原作・貝塚ひろし作画『柔道讃歌』という作品もありますし。


柔道讃歌―母子鯱の章 (1) (ホーム社漫画文庫)

柔道讃歌―母子鯱の章 (1) (ホーム社漫画文庫)



(同書162ページ。)


同じく「抱かれたい道場」の卒業生である天竺博士。これは『サルまん』の絵柄に近い印象も受けますね。ひいては『サルまん』のパロディ元となった『野望の王国』のペンタッチに近いと言えるやもしれません。
そういえば『野望の王国』の主役、橘と片岡が「暴力による日本支配」という野望の炎に身を焦がしたのと同様、舵原とノボル君もまた「抱かれたい男になる」という野望の炎に包まれていますな。


野望の王国完全版 1 (ニチブンコミックス)

野望の王国完全版 1 (ニチブンコミックス)


モテるために右往左往するという内容も、未だ熱烈な支持者を持つ作品『神聖モテモテ王国』を彷彿とさせるものがあります。同じ系譜にある作品と言えますな。


神聖モテモテ王国[新装版]1 (少年サンデーコミックススペシャル)

神聖モテモテ王国[新装版]1 (少年サンデーコミックススペシャル)


モテモテ王国』が連載されていたのは15年くらい前になりますので、その時代に「サンデー」を読んでいた方が、現在は「ヤングチャンピオン烈」で『抱かれたい道場』を...という流れがあるかどうかは定かではありませんが、そういう読み方もアリだと思う次第。「ジャンプ」で『CITY HUNTER』や『北斗の拳』を読んだ人が「バンチ」で『Angel Heart』『蒼天の拳』を、或いは『キン肉マン』や『みどりのマキバオー』を読んだ方が「プレイボーイ」で『キン肉マン II世』『たいようのマキバオー』を読むように。
「烈」では今、『ゴッドサイダーサーガ』も連載中ですしね。


最後に、表紙に刻み込まれている「抱かれたい男」の心得十ヶ条(的なもの)を引用しておきます。

ひとぉーつ、人よりちからもちたれ
二つ、ふる里あとにすべし
三つ、未来の大物は路傍のえろ本拾うべからず
四つ、弱気でも己自身にときめくナルキッソスたれ
五つ、いやでも女心を知るには自らが女であれ
六つ、むしゃくしゃキッスは最も甘美な暴力装置である
七つ、女体まさぐる七くせのわるいくせなくせ
八つ、劣情の嵐が吹き荒れようともやっぱり仮面平成教育委員会
九つ、困った、死ぬ時は妄想女人の腹の上
十でとうとぉー、死してしかばねひろうもの茄子。

桃太郎侍』や『大江戸捜査網』のパロディに加え、後半は何が何だかよく判らないものの、とりあえず自分が「抱かれたい男」には程遠いことだけは確実です。(´ω`;)
より一層の精進が必要だということでありましょうや。


といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:マーティン・ガードナー『奇妙な論理 I だまされやすさの研究』(ハヤカワ文庫)168ページ。

*2:代表作は『父の魂』。自分と同年代なら「ファミコンジャンプ」に登場したことを記憶している人も多い筈。