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『ハイスコアガール』:たった1つの単語に込められた、小春のあまりにも一途な想い

押切蓮介さんの『ハイスコアガール』が面白い。
最新刊4巻で、物語は更なる盛り上がりを見せてきた。




まず、作品の概略に触れておく。
内容にかなり触れるので、ネタバレが苦手な方はご留意願いたい。



この作品の主役は、矢口ハルオという少年である。ハルオは勉強も運動も苦手だが、ゲームに賭ける情熱だけは並大抵のものではない。


折しも物語の始まりは1991年、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ格闘ゲームストリートファイターII』が登場した年。ハルオもまたその渦に呑み込まれた一人であり、日々ゲームセンターに通っては腕を磨いていく。
そんな中、彼はとある凄腕ゲーマーと出逢う。その人物は、『ストII』で最弱キャラの評価が固まっているザンギエフ使いでありながら、圧倒的な技量で連戦連勝を重ねていた。その人物こそが、この物語のヒロインの一人、ハルオの同級生・大野さんである。
大野さんは容姿端麗成績優秀、更には財閥令嬢。ハルオとは何から何まで異なっている。しかし彼女は、財閥を継ぐ立場として厳しく管理された生活を送っており、強いストレスを感じていた。その唯一のはけ口となるのが、趣味のゲームであった。
大野さんは殆ど喋らない。従って会話は、殆どがハルオの一方通行である。
そして大野さんは無言で暴力を振るう。殆どがハルオへの一方通行である。
しかし二人は、お互いが情熱を傾けるゲームを通じて、互いを理解し合い、気持ちを寄せ合っていく。だがその関係は長くは続かない。小学校卒業と同時に、大野さんは留学させられてしまう。
また一緒にゲームをやろうと再会を誓い合い、小学校編が終わる。


そして中学校編の開始。もう一人のヒロインの登場でもある。
彼女の名前は日高小春。ハルオのクラスメイトである。彼女はいわゆる優等生で、いつも勉強をしているような少女であった。そして同時に小春は、勉強以外に特に何もせず、無趣味な自分に虚しさも感じていた。
そんな中、ある吹雪の日、小春は駄菓子屋でハルオと一緒になる。そこで熱くゲームの魅力を語るハルオ。そして、酒屋を経営している小春の家では、MVS筐体の設置を始めていた。足繁く通っていた筐体を置いている駄菓子屋が閉店することが決まり、新しい場所を探していたハルオは、小春の家に通うようになる。そして一緒にゲームをするようになる小春。小春は、退屈だった日常に刺激を与えてくれるハルオに惹かれ始めていく。
だがハルオの心の中には、常に大野さんという存在がある。
そして大野さんの帰国。再び近付く二人の距離。
ハルオは大野さんと同じ場所に立とうとする。勉強は不得意であるにも関わらず、難関として知られる高校へ、大野さんが受験を受ける高校へ、自らも入学を目指す。何よりも情熱を傾けてきたゲームを封印してまで。
そして合格発表の日。ハルオの受験番号は、掲示板には記載されていなかった。
こうして中学編が終わりを迎える。


そして4巻から、高校編が始まる。
同じ高校へ行けなかった気後れから、ハルオは大野さんと顔を合わせづらくなり、ゲームセンターからも疎遠になっていた。家庭用ゲーム機に没頭する日々。
しかし、家出をした大野さんを探しに行き、一晩を同じ場所で過ごしたことを契機に、二人の距離はまた僅かに近付いたように見える。
その一方で、小春もまた、ハルオへの想いを募らせていた。小春はハルオや大野さんと同じ場所に立つため、独りでゲームの腕前を磨き続けていた。嘗て、ハルオが大野さんのために同じ高校へ行こうとしたのと同じように。
小春は、家庭用ゲーム機に引き蘢っていたハルオを圧倒するまでの腕前になる。そして遂に小春は、ハルオに対して大きく一歩を踏み出す。



以上が4巻までの概略となる。
ハルオ・大野さん・小春の関係が、これから大きく動き始めるのが予感される引きとなっている。とりわけ4巻で強く印象に残るのが、小春の変化である。より積極的に、より魅力的に。3巻までとはまるで異なる一面も見せ、その存在感は増すばかりだ。ハルオへの一途な想いに対しては、たとえ如何なる結末であろうとも応援をせずにはいられない。



そしてその一途さの結晶のような、たった1つの単語が存在する。



それは、4巻と同時発売された『ハイスコアガール公式ファンブック KAJIMEST』に収録されている。それは「キャラクターガイド」の小春の紹介するページ、41ページに存在する。その箇所を引用する。

トクイワザ


吸い込みブレイクスパイラル
餓狼伝説スペシャル


押切蓮介ハイスコアガール公式ファンブック KAJIMEST』41ページ。)


「吸い込みブレイクスパイラル」。
これこそが、小春の想いの結晶である。



ハイスコアガール』と同年代を体験している人であれば、この言葉の凄さを理解できるのではないか。
しかしリアルタイムで体験していないと、意味が判らない可能性が高い。
そこで、この耳慣れないであろう単語の意味を説明することで、この単語の重みを少しでも伝えてみたいと思う。


まず「吸い込み」とは何か。
これは、『ストII』のキャラクター、ザンギエフ(図らずも、大野さんの持ちキャラである)の代名詞とも言える必殺技・スクリューパイルドライバーが語源である。スクリューパイルドライバーは、全必殺技でも最強クラスの威力と、投げ技としては規格外の間合いの広さを特徴とする。試合開始時点で互いが経っている場所から、一歩踏み込むだけで間合いに入ってしまうのだ。そのため、技を掛けられると、あたかもザンギエフの許へ吸い込まれるように見えてしまう。そこから生まれた言葉と考えて差し支えない。
因みにスクリューパイルドライバーのコマンドは「レバー一回転+ⓟ」。しかしながら実際は、レバー半回転以上であれば一回転と看做されるらしく、

→↘↓↙←↖+Ⓟ


で掛けることができる。つまり立った状態からいきなりスクリューパイルドライバーが可能となっている。


では続けて、「ブレイクスパイラル」とは何か。
これは『餓狼伝説SPECIAL』で使用できるキャラクター、ダック・キングの「超必殺技」である。
超必殺技とは、格闘ゲームにおいて(恐らく)『龍虎の拳』で初登場した、残り体力僅かな状態で発動可能になる、絶大な威力を持つ隠し必殺技である。超必殺技は、ゲーム稼動直後にはコマンドが公開されていない(数ヶ月後に公開されるのが一般的だったと記憶している)。プレイヤーは、自分でそのコマンドを探し出さねばならない。
ブレイクスパイラルの動画を見付けたので、貼り付けておく。



ブレイクスパイラルも投げ技である。
やはり間合いはかなり広く、場合によっては吸い込んでいるように見えることもある。つまり小春は、ギリギリの間合いでブレイクスパイラルを掛けるのを得意としている。
そして、ブレイクスパイラルのコマンドは以下のとおりになる。

←↙↓↘→↗↓+ⒷⒸ


見てのとおり、左から右上までレバーを回し、*1更に下にレバーを入れて*2ⒷⒸボタン同時押しである。普通に考えれば、立った状態で出すことは不可能である。だいたいの場合、何かの技を意図的に空振りさせるか攻撃を当てるかして、動きが固定されているあいだにコマンドを入力し、技を掛けるのが一般的な出し方と言える。しかしこの場合、あまり吸い込んでいるような印象は受けないのだ。「トクイワザ」の項目に入れている以上、やはり立った状態で、且つギリギリの間合いで、掛けていると推測する。
そして立ったままブレイクスパイラルを掛けるのは、可能である。
単純に言ってしまえば、右上にレバーを入れてからキャラクターがジャンプするまでの僅かな時間の間に、下方向にレバーを入れてⒷⒸボタンを押せばOKである。


しかしその「僅かな時間」とは、0.05秒とかそのレベルの時間である。
10回や20回の練習で、できるものではない。実際自分は、1度もできなかった。
それ以前に、先程述べたように、超必殺技は自分の体力が僅かになって初めて発動可能となる。かなり追いつめられた状態なのである。その時点でブレイクスパイラルを(しかも立った状態で)掛けるのは非常に大きなリスクを伴うのだ。コマンド入力に失敗した場合、ジャンプ弱キック or ジャンプ強パンチを出しながら前方へ飛んでしまう可能性が高い。残り体力僅かでありながら、格好の的になる。致命的なのである。
ジャンプを恐れてしまうと、逆にしゃがみ弱キック or しゃがみ強パンチの空振りとなりやすい。↗方向にレバーを入れていない以上、ブレイクスパイラルには決してならない。
敵も突っ立っていてはくれない。殊に対戦相手が人であれば、超必殺技を喰らうことは避けようとする。相手との間合いも意識する。
一発が致命傷というプレッシャーもある。制限時間もある。
立った状態でのブレイクスパイラルは、あまりにもリスクが大きいのだ。コスト的にも釣り合わない行為である。



それでも、小春は腕を磨き続けたのだ。
動き回る敵を相手に、致命的なミスを犯す、大敗を喫するリスクを負いながら。
膨大な枚数になるであろう100円玉を投入し、努力を重ね続けたのだ。
常人であれば、やろうとも思わない技を、得意技とするほどに。
ハルオと同じ場所に立つために。


「吸い込みブレイクスパイラル」という聞き慣れない単語には、それほどの重みが込められている。
その重みを知ったうえで、改めて4巻を読み直して欲しい。
きっと、最初に読んだときとは違う印象が、浮かび上がってくる筈だ。




【追記】


予想を遥かに越える反響があり、只々感謝する次第。
自分のブログにおける、過去最大数のはてブも記録した。数多くのブクマコメントも併せて寄せられた訳だが、その中で、文中の「0.05秒とかそのレベル」という記述に関し、フレームで解説するべきでは、との指摘があった。
これは自らの知識の無さ故の記述である。ゲームセンターという現場から長く遠ざかっている人間の限界と言える。
フレームのレベルで、ブレイクスパイラルについて詳細に解析した動画があるので、それをご覧戴ければと思う。
そしてその驚異的なレベルの技術を体得した、小春に思いを馳せて戴きたい。


*1:自分が左側にいる場合。

*2:下方向であれば、左下・真下・右下どこでも可。