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救済の物語:牛帝『同人王』

7月17日に、『同人王』の書籍版が発売されました。


同人王

同人王


元々はWeb上で発表されていた作品です。2006年に連載が開始され、紆余曲折を経て2010年に完結。その後、2012年に編集家・竹熊健太郎さんが編集長を務めるオンラインマガジン「電脳マヴォ」に再び掲載され、遂に書籍化がされたという経緯です。
書籍版発売に合わせ、「電脳マヴォ」で再連載も開始されています。現時点(7月19日)で5話まで読めますので、一度試し読みしてみるのも良いかもしれません。


PVも公開されているので、こちらも併せて。




作者・牛帝さんのサイトはこちらです。


因みに発売日に職場近辺の書店を巡り巡ってみたものの、取次の関係かどこでも見当たらず。翌日に入手できました。マンガとしては高額な部類に入りますが、売れ行きも好調なようです。
一読して、なかなか身に詰まされる内容で、且つ可笑しくも感動的な内容でありましたので、感想っぽいものを書いてみようかと思います。
ある程度は内容にも触れるので、ネタバレが苦手な方はご注意を。



この物語の主役は、タケオという青年です。
彼に特筆すべき能力はない。体力もなく、人付き合いも得意ではない。大学の授業にも追いつけなくなりつつある。女性は2次元にしか興味がない。そんな彼はマンガ家になろうとする。
しかしマンガの持込をした結果、突き付けられた一言は「絵が下手すぎる」。マンガの才能を否定される。どん底のタケオ。しかしタケオは、自分はエロ同人を描くために生まれてきたのだと悟る。マンガ家という夢の挫折も、そのためだったのだと。



(牛帝『同人王』10ページ。)


同人王になる、と決めたタケオ。これがタイトルへと繋がっています。
そして唯一の友人である、真一と共に、同人誌を作り始めます(合同で、という訳ではなく、それぞれが作り始めるというかたちです)。
しかしそこから、タケオの苦しみが始まる。
自分には才能がある、そう信じているタケオ。しかしタケオの同人活動に対する反応は皆無。
自信満々で臨んだ初の即売会では、あまりにも無情な現実を突き付けられます。



(同書79ページ。)


その無情な現実を目の当たりにしたタケオが、開催したオフ会で自らを卑下する場面。
理想と現実の乖離と、それを認めたくない心理。大なり小なり、似たような状況に陥った経験はあるのではないでしょうか。ないという人は、きっと天才なのでしょう。
タケオは自らの命を絶とうとするほどの絶望に陥ります。そして辛くも生還した彼は、そんな絶望の中で、周囲の力も借りつつ、それでも同人活動を再開します。しかしタケオの苦しみは終わらない。
圧倒的な才能を目の当たりにし、自らの才能のなさに苦しむ。どれだけ努力しても描けない。
どれだけ自らを追い込んでも、時間が過ぎようとも、描く意欲が湧き上ってこないのです。


それでも〓き続けたタケオは、ある出来事が契機となり、描くことの悦びを知っていくのです。
絶望から希望へと向かっていくプロセスと、その結末は、是非実際に読んで確かめてみてください。




そしてこの『同人王』という物語のもうひとりの主役が、肉便器先生です。
肉便器先生は、超大手サークル「エチゼン」の主宰。



(同書39ページ。)


彼女が肉便器先生。本名は白子。
上の画像、かなり不穏な発言をしていますが、肉便器先生は本気です。
彼女は「余った性エネルギーがあらゆる悪・犯罪の元凶である」と考えており、自らのエロ同人で性エネルギーを「抜く」ことで世界平和をもたらそう、その為に同人界の頂点に立とうと、本気で考えているのです。
これは狂気にも似た信念です。しかしこれには理由、或いは原因が存在する。過去に彼女は、目の前で投身自殺を図った幼馴染みの少年を、救うことができなかった。それは白子にはどうすることもできなかったことなのかもしれないが、それでも彼女は考え続けます。どうすれば彼を救うことができたのか。
その果てに辿り着いたのが、上述の信念です。そしてその信念に基づき、無償の愛を注ぐことに何一つ迷いがない。そしてより多くの人間に、自分のエロ同人を読んでもらうことへの努力を欠かさない。
肉便器先生は、努力で自らの狂気を磨き続けた天才と言えるかもしれません。



しかしその信念を揺るがしたのが、誰あろうタケオなのです。
タケオが開催したオフ会に参加したのが、肉便器先生なのです(名前は伏せています)。そして自殺を図るタケオ。白子には、嘗て自殺を図った幼馴染みの姿が重なる。今度は何としても救おうとする。肉便器先生の信念に基づけば、自殺という負の行為も、原因となるのは性エネルギーです。彼女は、意識不明状態のタケオを「逆レイプ」する。抜くことで、彼を救おうとします。これで彼は生への希望を取り戻す筈だ・・・。


しかし意識を取り戻したタケオは、それでもなお白子を拒絶しようとする。
それほどまでに、タケオの絶望は深い。



(同書133ページ。)


タケオの拒絶を目の当たりにし、自らの信念が揺らぐ肉便器先生。
全ての男性に無償の愛を捧げてきた肉便器先生は、何としてもタケオを救おうとする。
そして辿り着いたのが、タケオと合同誌を作ろうと提案します。その為の手助けもすると。
上述した「周囲の力も借りつつ、それでも同人活動を再開する」というのには、肉便器先生も含まれているのです。


そして肉便器先生のバックアップの許、タケオの同人活動が始まる。
その後数々の苦しみにのたうち回りつつも、少しずつタケオが描く悦びを知り、腕を上げていくことは、先にもある程度触れました。
しかし肉便器先生のもうひとつの苦しみが、ここから描かれます。この描写こそ『同人王』の白眉(のひとつ)と言えるのではないか。それは肉便器先生を今の位置に押し上げた信念に由来している。
肉便器先生は、自らが必要とされることに拠り所を見出している、とも言えます。誰かを救うということは、その誰かが白子を必要としているのです。何らかの理由で白子が必要とされなくなったときの、肉便器先生は自らの拠り所を失う。
そして、タケオが自らの意思で同人誌を描き始めたとき、描く喜びに目覚めたときに、存在意義が揺らいでしまう。



(同書395ページ。)


喜びと哀しみが入り交じった涙を零す白子。
そして物語は、タケオの物語と繋がり、1点へと収束していきます。
場所は、同人誌の即売会。そこでの1コマがこれです。



(同書444ページ。)


見ただけでは何が何だか判らないこの1コマ。しかしこれは、この作品屈指の感動的な場面です。
タケオと肉便器先生が、共に救済された場面なのです。
是非、その眼で実際に確かめて戴きたいところ。



この作品、引用した画像をご覧戴ければ判るように、画力で言えば洗練されている訳ではありません。
全裸の場面も多い。この2点だけでも、敬遠してしまう人はいるかもしれません。
しかしこの作品は読む価値があります。多くの人間が経験する、或いは経験したであろう苦しみが真正面から描かれている。圧倒的な壁を目の前に絶望し、それでも前へ進む姿が描かれている。苦しみ抜いた先に存在する希望が描かれています。


強い力を持つ作品だと思います。お薦めの1冊。
といったところで、本日はこのあたりにて。