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時折マンガの話をします。

微笑ましくも痛々しい「食通」たちの饗宴:いのうえさきこ『私のご飯がまずいのはお前が隣にいるからだ』


ここ2〜3年の流れでしょうか、「食」にまつわるマンガが注目を集めているように感じます。
大ロングセラーにしてドラマ版の完成度も非常に高い『孤独のグルメ』を筆頭に、ドラマ化された作品としては他にも『めしばな刑事タチバナ』や『たべるダケ』、まぁ『花のズボラ飯』のドラマ版は個人的にはなかったことにしたいものの、それ以外にも最近では『ワカコ酒』や『喰う寝るふたり住むふたり』、『高杉さん家のおべんとう』といった作品が話題になっていたりします。『食戟のソーマ』を入れても良いかもしれませんね。


実際のところは「食」を題材にしたマンガは古くは『包丁人味平』から『美味しんぼ』『ミスター味っ子』、ラズウェル細木さんの『酒のほそ道』を始めとする作品群、『喰いしん坊!』『極道めし』等の土山しげるさんの作品群、『駅弁ひとり旅』等々、連綿と描き続けられてはいます。ここ何年かで再び注目され始めた(ように感じる)のは、視点や切り口に、これまでの食マンガとは何か異なる趣き・新鮮さが感じられたからかもしれません。


今回ご紹介する作品も、そのような系譜に位置付けられる作品かと思います。
タイトルは、『私のご飯がまずいのはお前が隣にいるからだ』。



このライトノベルを思わせる文章調のタイトル、これがほぼ総てを説明しています。
とは言えこれで終わりにするのも何ですので、簡単にご紹介しておこうと思います。


この作品の主役は、「サユちゃん」と呼ばれている女性です。
出版社の編集の仕事をしているらしいのが、節々の描写から読み取れます。
サユちゃんは食べることが大好きです。



いのうえさきこ『私のご飯がまずいのはお前が隣にいるからだ』1巻4ページ。)


第1話の最初の1コマ。
この作品の冒頭は、上のコマのような、サユちゃんのリリカルな独白で始まります。
そして何か食べ物を頼み、食べ始めるのが基本的な流れなのですが、何の因果か巡り合わせか、サユちゃんは必ずその愉しみを妨げられる。



(同書8ページ。)


ロースカツにレモンを絞った途端、同僚の青山(オタク)に絡まれるサユちゃん。
青山はロースカツにレモンをかける行為を批判したうえで、レモンの使い方についての持論を滔々と語り出します。



(同書10ページ。)

嬉々として持論を語り続ける青山。
はっきり言って、実にまぁ鬱陶しいのですね。(´ω`)
そしてサユちゃんが食事をするとき、何故か、悉くこういった輩が近くにいる。



(同書21ページ。)


回転寿司に行ったところ、偶然青山と鉢合わせしてしまったサユちゃん。
寿司を箸で食べるか手で食べるかについて、蘊蓄も織り交ぜつつ語り続ける青山。実にウザいですね。



(同書36ページ。)


立ち寄ったバーでカレーを頼んだところ、香辛料について無闇に熱く語り始めるマスター。薬効を薄めるからという理由で水は出さないという困ったこだわり付き。更にはマスターのインド旅行体験まで聞かされます。



(同書53ページ。)


編集の仕事の打ち合わせの筈が、何故か讃岐うどんの話へと脱線し、延々と讃岐うどん談義を聞かされるサユちゃん。讃岐うどんの定義まで語り始めてしまいます。実に面倒臭いです。(´ω`)




(画像上:同書107ページ。画像下:同書109ページ。)


老舗の蕎麦屋に行ったサユちゃん。
そして相席になっ(てしまっ)た常連の「蕎麦通」たちの蕎麦論議
蕎麦の食べ方の持論を携えて、次から次へと論議に殴り込みをかける蕎麦通たち。


食べるという行為そのものよりも、如何に食べるべきなのかに重きを置いてしまったかのような、些か本末転倒感も漂う姿が、コミカルに描かれています。



久住昌之谷口ジロー孤独のグルメ【新装版】』123ページ。)


名作『孤独のグルメ』の、井之頭五郎の食事についての哲学が端的に描かれている1コマですが、『私のご飯がまずいのは隣にお前がいるからだ』においては、ゴローちゃんの正反対に位置するような人間ばかりが登場します。もしゴローちゃんがこの世界に存在したなら、絶えずアームロックを掛け続けなければならないような世界です。


面倒臭い人間たちが溢れかえった、一味違う食マンガ。
ご興味のある方は是非ご一読を。