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時折マンガの話をします。

電子書籍の10年を辿る

先月下旬、「インターネット白書ARCHIVES」というサイトが開設されました。
1996年版から発行されている年鑑『インターネット白書』を、2012年版までwebで無料公開しているサイトです。けっこう話題になったと思いますので、ご存知の方も多いのではないかと。


インターネットの歴史や発展を知るうえで、非常に資料的価値の高いサイトだと思います。
そしてこのアーカイヴスはインターネット全般を取り扱っている訳ですが、やはり個人的に関心があるのは書籍関連、つまり電子書籍になります。紙の本に比べたら微々たるものですが、最近は少しずつ電子書籍を買ったりもしますし。
電子書籍についても、1999年頃から言及が始まり、独立して項目が存在しています。以下にリンクを貼っておきます(リンク先はPDFです)。


詳細は上のリンク先をご覧戴くとして、これらを読みつつ時にはマンガの話とかも絡めたりしつつ、ここ10年くらいの電子書籍に関して「そういえば○○だったなぁ」といった具合に振り返ってみようかと思います。


まず、出版社の電子書籍に対するアプローチは意外にも早いということが判ります。

今後は光文社を中心に集英社講談社などの大手8社が作った電子書籍の研究会の動きが注目されるところである。


(『インターネット白書 2000』株式会社インプレスR&D、104ページ。)


との記述があり、既に2000年には研究会が発足していることが判ります。また同じページには、小学館の携帯サイト「小学館i」で4コママンガの配信を開始している旨も記載されています。
しかしながら、出版社側の電子書籍に対する反応は芳しくない、という印象が強い。そう感じる方は多いのではないでしょうか。発足はしたけど足並みが揃っていないということなのか、或いは形だけなのか、もしくは自分(たち)が知らないだけで実は研究が進んでいるのか。
こういう印象を持ってしまう要因のひとつとしては、長いこと書籍版と電子書籍版の値段が同じだったというのがあるかもしれませんね。*1
他には、ウェブマガジンのビューアー規格がまちまちで、読みやすいところと読みづらいところの差が激しいのも挙げられるかもしれません。


小学館i」が最初に配信した(と思われる)のが4コマというのも興味深い点ですね。これは先程言及したビューアー、ならびにフォーマット、或いはデバイスの問題が関わってくる訳ですが、2008年頃までは、ガラケー電子書籍市場において大きな割合を占めていたということが要因としてあります。ガラケーの画面はかなり小さく、複雑なコマ割りのマンガの配信には馴染まないという点があります。4コママンガは非常にシンプルなコマ割り故に、ガラケーの小さな画面にも馴染み易い(1画面に1コマ、という具合)。
他にもPCだと画面をスクロールさせていくので、書籍のマンガに比べて真下へ向かう視点誘導が意識されやすいのでは、右から左への動きは重視されないのでは、といった話も出てくるかと。発表する媒体(デバイス)が、表現方法に影響を与える訳ですね。
最近自分が読んでいるマンガだと、『思春期ビターチェンジ』とかは、web上で発表されていて、尚且つPCやスマートフォンといった媒体で読むことを前提として描かれている作品ですな。


思春期ビターチェンジ(1) (ポラリスCOMICS)

思春期ビターチェンジ(1) (ポラリスCOMICS)


バイスについても少々。

99年にシャープが開始した電子書籍配信サービス「ザウルス文庫」に始まる各社のPDA対応の動きが、閉塞感のあった電子出版に光明を与えている。


(『インターネット白書 2002』株式会社インプレスR&D、137ページ。)


12年前の時点では、PDAに大きな期待が寄せられていたという事実。
現在(2014年)から見ると、非常に懐かしい名前ですね、PDA。隔世の感があります。ですが考えてみると、現在の電子書籍を巡る状況は、ここ5〜6年くらいの間の変化でもたらされたものだと言えます。


果てしなく大雑把ですが、電子書籍を巡って大きな影響があったのはこのあたりではないかと。iPhone を始めとするスマートフォン端末が広く普及し始めたのが(私見では)2010年以降、タブレット端末は更に1〜2年遅れて、という印象なので、実質的には2010年あたりを境に電子書籍の状況は大きく変化しているのかな、と。実際、

電子書籍元年」というのは、実は以前にも何度か言われたことがあったが、一般に認知されたという意味において、2010年はまさしく「電子書籍元年」であった。


(『インターネット白書 2011』株式会社インプレスR&D、103ページ。)


とありますし。*2
ではそれ以前は、と言いますと、やはりガラケー電子書籍市場において圧倒的なシェアを占めていたことが、白書の記述から読み取れます。2006〜2008あたりですね。
そしてその時期の電子書籍市場を牽引していたのが、ケータイ小説と電子コミックです。


ケータイ小説というと、『恋空』とか、少し時代は遡りますが『Deep Love』とかですな。ネット上ではだいたいが一笑に付されがちなタイトル群です。最近はあまり見なくなりましたが、スイーツ(笑)みたいなやつですね。
実際自分も読んではいないですし、上述のような印象はどうしても持ってしまう。しかしこのケータイ小説というもの、あまりバカにし過ぎてはいかんなとも思っている次第。


ケータイ小説とマンガ、かなり親和性が高い。実際、少なからぬケータイ小説がコミカライズされている訳で、しかもそれなりの長編となっていたりします。需要がある訳ですね。いちばん判り易いのは『Deep Love Real』ですか。こしばてつやさんの作品で、内容はオリジナルですが、原作(原案?)は『Deep Love』になります。
この作品、「ヤングマガジン」で掲載されて、全19巻です。些か極論ではありますが、ケータイ小説的な内容を求める読者層と、青年マンガ雑誌の読者層が被っているということでもあるかと。案外、『彼岸島』と『Deep Love Real』を並列に読んでいる人がいたかもしれない訳ですな。


次のような見方もできるでしょう。


魔法科高校の劣等生〈1〉入学編(上) (電撃文庫)

魔法科高校の劣等生〈1〉入学編(上) (電撃文庫)

無職転生 ~異世界行ったら本気だす~  (1) (MFブックス)

無職転生 ~異世界行ったら本気だす~ (1) (MFブックス)


今、上に挙げた作品は何れも「小説家になろう」というサイトで人気が高かった作品で、後に商業化したものです。『魔法科高校の劣等生』は、近々アニメ放映も開始されますね。
この「ネットで人気が出る→商業作品として出版される→人気によっては更なるメディア展開」というビジネスモデルを確立させたのってケータイ小説だと思う訳です。ビジネス的な展開だけ見れば、『恋空』と『魔法科高校』はほぼ同じルートを辿っています。


同様の展開は、電子コミックでも見て取れますね。
2006〜2008年の電子コミック市場を牽引したのはBLとTL(ティーンズラブであることが白書においても言及されています。やはりケータイ小説と同様に、後に商業出版されるケースも多いですね。


腐男子クンのハニーデイズ (B`s-LOVEY COMICS)

腐男子クンのハニーデイズ (B`s-LOVEY COMICS)

快感ソーダ (B`s-LOVEY COMICS)

快感ソーダ (B`s-LOVEY COMICS)

(例として。ちょっと年代は下りますが)


また電子コミックの影響として、商業出版でもTLやそれに類する作品を扱うレーベルが複数創刊されたことを挙げることができるかと。ティアラ文庫アルファポリスの女性向レーベル(レジーナブックスやエタニティブックス)といったあたりですね。



そしてケータイ小説やBL等の例で判るように、電子書籍市場を支えたのは女性が中心であるという点。
これについては、このような記述があります。

一般に、コンテンツ市場が拡大する初期の段階では「官能」系が市場を牽引するといわれるが、女性向けの官能系が市場を牽引するというのは、歴史上初めてではないだろうか。


(『インターネット白書 2008』株式会社インプレスR&D、71ページ。)


この記述そのものに関しては「二次創作同人誌」という前例があるので正確ではないと思いますが、現在の電子書籍市場の土台みたいなものを築いたのは女性、と捉えることはできるかと思います。



と、ずいぶん長くなりましたので、些か取り留めもないながら今回はこのあたりにて。

*1:これはここ最近だと、kindle で大幅割引を期間限定でやったりするので大分印象が変わってきている気もします。

*2:まぁ、それ以降も「電子書籍元年」と言われているような気がしないでもないですが...。(´ω`)