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時折マンガの話をします。

『ヒトラーの呪縛』は凄い本だった

ナチには妖しい魅力がある。
甚だ不謹慎なのは百も承知ですが、やはり何かこう、抗い難いものが存在するように思える。自分は主にマンガばかり読んでいますが、『ジョジョの奇妙な冒険』のシュトロハイムとか、『HELLSING』における少佐の大演説とかには、どうしても心踊らされてしまう訳で、それを否定することは難しい。


今回ご紹介するのは、日本のサブカルチャー・大衆文化におけるナチズムを分析した『ヒトラーの呪縛』です。
自分が最初にこの本の存在を知ったのは、『トンデモ本の世界R』での、山本弘・と学会会長(当時)*1の紹介です。大絶賛だったのですね。それ以降、気にはなっていたのですが、いわゆる学術書ということもあって微妙に値段が高く、当時は(今もですがそれ以上に)貧乏生活をしていたので後回しにしているうちに、記憶から薄れていってました。
しかし今年の6月に『ヒトラーの呪縛 日本ナチカル研究序説』と改題され、中公文庫から上下巻で刊行されました。それを機に読んでみた訳ですが、噂に違わず凄い本でした。



この本において、日本の大衆文化におけるナチズムは「ナチカル」と表記されます。以下に目次を挙げておきます。

  • 序章 日本人にとって「ナチカル」とは何か?
  • 第一章 ジャーナリズム 〈政治的に正しい〉ジャーナリズムのヒトラー
  • 第二章 海外フィクション文庫 鷲は舞い降り、ヒトラーは甦る
  • 第三章 映画 絵になる不滅の悪役たち
  • 第四章 ロック音楽 絶叫パンクスは鉤十字がお好き?
  • 第五章 プラモデル 密室空間のナチ趣味、消費砂漠の軍事マニア
  • 資料編

(以上上巻)

  • 第六章 コミック&アニメ デスラー総統はドイツ人か
  • 第七章 トンデモ本 ヒトラーはUFOに乗ってやってくる!?
  • 第八章 文芸 日本文芸におけるナチズムの曳航
  • 第九章 架空戦記 〈日本の敵はどいつだ?〉
  • 第十章 インターネット 電脳ナチズムのインパク
  • あとがき
  • 文庫版あとがき
  • 資料編


ヒトラーの呪縛』は、それぞれの章で取り上げる対象・ジャンルにおける「ナチカル」を調査・研究していきます。付け加えると、最初の単行本が出たのは2000年からこの文庫版が出た2015年までの動向を踏まえ、大幅な追補・改訂が行われています。
そしてどの章も、とにかく濃密です。ナチカルに関するあらゆる題材・話題が網羅されていると言って差し支えないと思います。各巻の巻末にある「資料編」も精緻を極めており、上下巻合わせて250ページ近くが「資料編」に充てられています。*2


どの章も無闇に興味深く、且つ情報量に圧倒される感覚があり、実に面白い。第六章の「新谷かおるは『エリア88』などSFものを得意とする作家である」*3という記述には違和感を憶えたりもしますが、紙幅の都合かなと思うことにします。


そして全体を読んで感じたのが、ナチズムとナチカルは似て非なるもので、この2つは分けて考えるべきなのかな、という点ですね。「ナチス」から主義・思想面(ナチズム)を排除して、残った意匠に別な意味を見出して嗜好するのが「ナチカル」なのだろう、という印象を受けました。
必ずしもすべてそうではなく、(極少数ではありましょうが)ナチズムとナチカルが合わさっているケースもあるだろうという点がややこしいところではありますが。


BLの世界において、武装親衛隊(SS)の軍服に「耽美」を見出し、実際に同性愛の温床でもあった突撃隊(SA)は顧みられないというくだり*4は何とも象徴的に感じましたね。
BLではないのですが、最近読んだマンガでも興味深いものがありました。



こちらは仲村佳樹さんの『スキップ・ビート!』の最新刊(37巻)の裏表紙になります。この作品の準主役ですか、敦賀蓮が如何にもSSっぽい軍服を身に纏っています。
スキップ・ビート!』は芸能界を舞台にした物語ですので、何らかの役どころと考える向きがあるかもしれませんが、自分が記憶している限りでは、作中で軍人役は1度も演じていない。この軍服姿は、ストーリーとはまったく無関係なのですね。純粋に、耽美・頽廃・妖艶といったイメージの表象として、SSの軍服(に近いもの)が用いられています。


その他にも、読んだばかりの『血まみれスケバンチェーンソー』最新刊10巻にもナチスとか収容施設とかが登場したりする訳ですが、そこにナチズムを見出すのは難しい。見出す前にチェーンソーで叩き切られそうです。
ここでも主義・思想が抜き去られ、残った意匠にスプラッタ・アクション要素を詰め込むことでエンターテインメントへと作り変えている印象があります。



そして『ヒトラーの呪縛』の複数の追補で、21世紀に入っての大きな変化として言及されているのが、『総統はヒップスター』というアメリカのマンガと、動画「総統閣下シリーズ」です。


総統はヒップスター

総統はヒップスター



嘗て「絶対悪」としてしか描かれ得なかったヒトラーを、異なるイメージ(ネタ的に、時には笑いの対象として)で描くことが可能になった、それが許容されるようになってきた象徴、と言えるのかな、と。
逆に言えば、ヒトラーは別に絶対悪でもなく、自分ともそれほど、決定的に違う存在ではないということでもありますので、まぁそこは気に留めておく必要もあるのだろうと思ったりもしますね。


と、何ともとっ散らかった話を延々と書いてしまいましたが、間違いなく『ヒトラーの呪縛』は凄い本です。ご興味のある方は是非ご一読を。
といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:山本弘さんは2014年4月にと学会を脱退しています。

*2:因みに『ヒトラーの呪縛』上下巻は合わせて850ページくらい。

*3:佐藤卓己編著『ヒトラーの呪縛 日本ナチカル研究序説』下巻(中公文庫)39ページ。

*4:同書下巻57ページ参照。