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時折マンガの話をします。

2015年のマンガを振り返る:その1・食事編

前回からちょっと時間が空いてしまったね。まぁ、前に書いたのは2016年のマンガとはそこまで関連はなかったのでご容赦戴ければと思う。
数日前に、『このマンガがすごい!2016』も発売されたことだし、そこらへんにもある程度言及しつつ、今年個人的に面白かったマンガとかの話を徒然に喋っておこう。
その前に軽く触れておくと、『このマンガがすごい!2016』は、2014年10月1日〜2015年9月30日に発売された単行本が対象になっている。だけど自分の場合は、これを喋っている時点で発売された単行本、つまり12月までの作品を対象にしているから、若干ズレがある。特に気にすることでもないとは思うけど、まぁ頭の片隅にでも入れておいてもらえれば幸いだ。


このマンガがすごい! 2016

このマンガがすごい! 2016


いちおうランキングの順位にも触れたりするので、若干はネタバレになるかもしれない。
念のため、続きは収納しておくよ。




やっぱり今年はダンジョン飯だったね。大本命が危なげなく1位を獲ったという感じがある。2位のゴールデンカムイも鉄板だ。というか、「オトコ編」に関しては、全体的に順当も順当というイメージが強い。今年の上位10作品のうち、買っている作品が9作品だったんだよ。いちおう毎年「このマンガがすごい!」は買っている訳なんだけど、例年は5〜7作品くらい読んでいるかな、というくらいだから、被っている率が今年は妙に高い。



ダンジョン飯』は九井諒子さんの初連載作品となる訳だけど、この作品で一気に広く名が知れた感がある。元々コミティアで出していた同人誌とか短編でも、独特の視点から描かれる世界観が特徴のひとつとして挙げられる作家さんだったと思う。天使とかケンタウロスや竜が、日常の一部として存在する社会だとかね。ファンタジー世界を題材とした作品でも、魔王討伐後に、魔王が住んでいた城を如何に管理するかという点に焦点を当てた「魔王城問題」という作品があったりする。
今回栄冠に輝いた『ダンジョン飯』も、ダンジョン探索中における「食事」という点に着目して、それをどこまでも深く掘り下げている。折しもここ何年かは、「食」を題材とした作品は一大潮流となっている感があるし、時流に見事に合致したという印象がある。1位と取るのも納得の面白さだよ。


ただ、九井諒子さんの作品って、ほんらいはこう、マンガの特性を熟知したうえでそれを駆使した技巧的作品という面もあってね、まぁそれをあまり押し進め過ぎると実験マンガみたいになってしまう訳だけど、そこに陥ることなく娯楽性を両立させているところに凄さがあったりもするんだ。だけどそういうのはやはり長編ストーリーものだと難しいところがあるんだろう、『ダンジョン飯』においてはそういう面は抑えて、エンターテインメント性を磨き上げているという感がある。
九井諒子さんはこれまでに3冊の短編集、『竜の学校は山の上』『竜のかわいい七つの子』『ひきだしにテラリウム』を出しているから、これも併せて読んで欲しい。『ダンジョン飯』とはまた違った味わいを堪能することができる筈だ。


竜の学校は山の上 九井諒子作品集

竜の学校は山の上 九井諒子作品集

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)


ゴールデンカムイ』も、痛快娯楽浪漫活劇とでも言うのかな、エンターテインメントをすべて叩き込んだような作品だよね。明治時代の北海道を舞台に、陸軍と、新撰組の生き残りを含めた死刑囚たちとの金塊の争奪戦。過酷な自然環境と襲い来る羆。更にはアイヌの習俗に食文化と、面白いに決まっているだろうと。
キャラクター造型も秀逸だ。どこか箍が外れてしまったような人物が次から次へと登場して、誰もが個性際立つ性格で、飽きさせることがない。アシパさんの顔芸や謎の白石推しも見逃せない。あとやはり、この作品も無闇にメシが美味そうなのが特色だよね。ジブリ作品とかそうだけど、メシが美味そうな作品はそれだけでポイントが高くなる気がするな。


...そうだね、さっき「『食』を題材とした作品は一大潮流となっている感がある」って言ったことだし、上に挙げた2つ以外で食事がテーマになっている作品に触れてみようか。
まず少年誌の作品からだと、食戟のソーマ『だがしかし』になるのかな。両方ともアニメ化している、ないし近々アニメ化と勢いに乗っているな。『ソーマ』は安定しているね。t...佐伯俊さんの描き出すキャラクターは非常に洗練されているし、バトル展開というジャンプの伝統芸とでもいうべきものをしっかりと踏襲していている。...それでいて、料理を題材にしたジャンプ作品って案外珍しいよね。『包丁人味平』の他には何かあったかな?
『だがしかし』は、今年大いに注目された作品だよね。若い年代にも判りつつ、ある程度年齢を重ねた層にもノスタルジーを感じさせる「駄菓子」という題材。あとね、やはりこの作品、妙に艶かしいんだよ。とりわけ枝垂ほたるさンがね。何か別ジャンルの作品ではないかと疑いたくなるような恍惚の表情、無闇に発達した身体、素晴らしいの一言だ。実はかなり乙女なサヤ師の一挙手一投足も見逃せない。扉ページも良いよね。



『だがしかし』とかでもそうだけど、最近は食事だけではなく、それに加えてキャラクターの魅力を併せ持つような作品も増えてきたような感がある。『もぐささん』とかくーねるまるたとかもそこに含まれると思う。あと、比較的最近のものとなると、『姉のおなかをふくらませるのは僕』ホクサイと飯さえあればとかがそうじゃないかな。
『姉のおなかをふくらませるのは僕』はいいぞ。食事シーンは『だがしかし』に負けるとも劣らぬ官能的な表情に溢れ、暗喩的な描写も数多く鏤められている。タイトルも含めてね。作画を担当されている恩田チロさんは元々は成年向で活躍されていた作家さんでもあるから、表現の巧さは折り紙付きだ。...やはり食欲と性欲は根源的な欲求だからか、食事とエロスは親和性が高いのかもしれないね。花のズボラ飯幸腹グラフィティの食事シーンも、陶酔感に満ちていて実に素晴らしいじゃないか。睡眠欲?それならタイトルにもあるとおり『くーねるまるた』でマルタさんは良く寝ているから、読んでおけばいいんじゃないかな。それで満足できないならドラえもんのび太の昼寝姿を堪能するか、サルまんを読んで欲しい。
そうそう、『幸腹グラフィティ』なんだけど、この作品は食事が縦軸、家族の関係が横軸となってストーリーが織り上げられていくような印象がある。最新6巻では横軸、つまり家族との関わりがこれまで以上に踏み込んで描かれていて実に読み応えがあった。とりわけリョウと緑さんだね。もしかするとアニメが終わって関心が薄れてしまっている人とかもいるかもしれないけど、続きを読まないのは勿体ないぞ。



そうそう、家族の関係といえば、今年完結した高杉さん家のおべんとうに触れない訳にはいかないね。大学での研究生活、地理学という学問と土地に根ざした暮らし、そして主役の高杉温巳と従妹の久留里との、おべんとう作りを通じて家族となっていくプロセス。多彩な人間模様が描かれつつ、学問と食事という関係が薄そうに感じてしまう2つが実に綺麗に融和していたね。作中と実際の時間経過がほぼ同じでね、ゆっくりと、且つ揺るぎない場所に辿り着いた感があった。大団円といって構わないと思う。



あとは、土山しげるさんの作品にも触れておかないとね。まずは久住昌之さん原作の『野武士のグルメ』『荒野のグルメ』。『野武士のグルメ』は元々エッセイでね、これがまた面白いんだけど、最初はエッセイをどうやってマンガにするのかと思ったものだよ。定年を迎えた香住氏が、野武士的な心意気を携えつつ酒と食い物を堪能するというかたちで、言うならばエッセンスを抽出してあとは別作品といった趣が強いかな。エッセイのエピソードを使った話もあるけど、オリジナル要素も多い。香住氏に妙なこだわりが多いのは『食の軍師』も彷彿とさせるけど、あの作品ほどのクドさはないね。枯れた味わいがあるんだ。
『荒野のグルメ』も良いね。あれを読むと、馴染みの小料理屋とかを開拓したくなる。...まぁ出来てないんだがね。ニチブン商事の営業課長・東森が仕事帰りに立ち寄る小料理屋、東森課長が「荒野のオアシス」と呼ぶ店での、女将とのやりとりが良いんだ。絶妙な距離感というのかな。懇ろになり過ぎるでもなく、それでいて自然に会話が弾んでいく感じ。自分にはそういうスキルが些か欠けているのが、そういう店を開拓する際に二の足を踏んでしまう原因なのかもしれないね。
そういえば、『勤番グルメ ブシメシ!』という作品も出たね。江戸時代末期、紀州藩士の酒井伴四郎という人がいたそうなんだけど、その酒井伴四郎、江戸勤番の際に詳細な日記を残したようでね、当時の食文化を知るうえで貴重な史料ともなっているらしい。その酒井伴四郎の日記を原作とした話なんだ。これも味わい深くてね、江戸の習俗とか現代との感覚の違いとかも丁寧に描かれていて面白い。すいとんを露骨に嫌っていたり、西に比べると豆腐や蕎麦が固いと言ってみたりね。
と、今挙げた3作品はどちらかというと静かな雰囲気を湛えていた訳だけど、次は問題作とでもいうのかな、そう『怒りのグルメ』だ。冴えないサラリーマンの細井守は食のことで怒ると噴飯男に変身し、食を冒涜した輩を叩きのめす。古代の土地を耕す羽目に陥ったり、ビアガーデンで泥レスを始めたり、蕎麦になったりするんだよ。自分で何言っているのかよく判らないがとにかくそういう作品なんだ。狂気を湛えているというのか、とにかく読んでいるだけで頭がおかしくなってきそうな作品なんだ。コンビニ本だから手に入れづらいかもしれないが、最近 kindle でも出たようなので、是非読んで欲しい。


荒野のグルメ (1) (ニチブンコミックス)

荒野のグルメ (1) (ニチブンコミックス)

勤番グルメ ブシメシ! (SPコミックス)

勤番グルメ ブシメシ! (SPコミックス)

怒りのグルメ

怒りのグルメ


あとはさっき名前が出た久住昌之さん原作の孤独のグルメが18年ぶりに新刊が出て、やはり抜群に面白かったね。他にも長期連載の作品だと深夜食堂ちぃちゃんのおしながきは安定して面白いし、比較的新しい作品だと、これは「呑み」に特化しているけどのみじょしとか『お酒は夫婦になってから』とかも良かったね。『なぎさ食堂』とかもあったな。



これらについてもちゃんと触れたいところだけど、ずいぶん長くなったから一区切りといこう。
次は歴史物中心でいってみる予定だよ。来年始めには更新したいとは思っているけど、さていつになるかな。