マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

陽気幽平『とり小僧』

更新する暇がなかなか無くて困っていますよ。
既に2週間ほど経過していますが、ぽつぽつと冬コミで購入した同人誌の感想を書き始めていこうかと。

今回は復刻版同人誌のこととかを書きます。
まずはこちら。


サイケデリックな表紙が素晴らしいですね。)

陽気幽平『ケケカカ物語 とり小僧』。
まぁこれは同人誌ではないのですがコミケ会場で購入しましたし、まんだらけでしか取り扱っていない筈なので取り上げておきます。
因みにこの作品、まとまったかたちで出版されたのは恐らく初めてではないかと思われます。

以下、この作品についての簡単な説明とか感想とかを。


陽気幽平作品について説明するには、まずは最近アニメ放映も開始され話題になっている水木しげるセンセイの『墓場鬼太郎』のことから話し始めないといけません。

墓場鬼太郎』は兎月書房という貸本出版社から出版されました。
水木センセイは3巻まで描いたところで、出版社と原稿料の問題でいろいろとあったようで兎月書房とは仕事をしなくなります。
しかし出版社側にとっても『墓場鬼太郎』は手放したくないコンテンツであったようで、現在から考えると到底信じ難いことですが別の作家さんを使って勝手に続きを出し続けたのですよ。

その続きを描いたのは竹内寛行という方です。
竹内寛行版『墓場鬼太郎』は4〜19巻まで、つまり16冊出版されました。
貸本でそれほどの巻数が出版されるのは実に異例のことです(他では白土三平さんの『忍者武芸帳』くらいかな?)。如何に『鬼太郎』が人気だったかを示しているかと思われます。
現在竹内版は稀覯本となっています。かく言う僕も未見だったりする訳で。(ノД`)
(時間に余裕がある時に、現代マンガ図書館とかに赴いて読むことができれば、とか思っています。)

で、更に続き。
貸本には、いわゆるレコードのB面や昔のB級映画(質が悪いという意味ではなく、メインの映画と同時上映された比較的低予算・短時間の映画の総称です)に該当するマンガが同時に収録されていた模様です。
で、竹内版『墓場鬼太郎』に同時収録されていたのが『とり小僧』をはじめとする陽気幽平作品という訳です。


ただでさえ貸本という媒体は読み捨てられるのが半ば宿命付けられているうえ、猟奇的・見世物的側面を持つ内容(言い換えれば、読んでいる瞬間は読者を惹き込ませるもの)や洗練とは対極にある絵柄ということもあり、これまで殆ど顧みられることなく忘れ去られてきたような作品だったと言えるかと思います。
・・・現在でも知っている人は殆どいないかもしれませんけどね。(´・ω・`)

ですが今読んでみると、現在連載されているマンガとかには存在しない強烈なインパクトを持っていると思うのですよ。


さてようやく話の説明を。
収録されているのは表題作『とり小僧』(生の巻・死の巻の2編)と『地獄から戻った男』の2作品です。
前者は『墓場鬼太郎』11巻・12巻、後者は13巻に収録されています。


『とり小僧』は因果・復讐ものです。
鶏肉店を経営する山之内夫婦の妻・咲子は臨月を迎えていた。
出産の費用等で家計は逼迫し、借金もしている。利子の返済もおぼつかない。
そんななか、大口の鶏肉料理の依頼が入る。その依頼を受ければ利子の返済は問題なくできる。
しかし咲子は生まれてくる子供のことを思い、出産するまでは生き物(鶏)に手をかけることを拒んでいた。

その一方で高利貸の二斗巻は、金の返済のためには何としても料理の依頼を受けさせたい。そこで一計を案じた二斗巻は知り合いの易者に依頼して、山之内が仕事をするように仕向けさせる。
そして易者に乗せられるかたちで仕事をした山之内が目にしたのは、トサカと嘴が生え、鶏の脚を持って産まれてきた自分の子供だった・・・。

と、ここまでで約40ページ。
物語はそれ以降もあんなことがあったりこんなことがあったりと目まぐるしく展開し、成長したとり小僧の復讐劇が繰り広げられたり、あっと驚く(?)結末が用意されていたりする訳です。(ネタバレは避けておきますよ。)


とり小僧のあまりにも直裁過ぎる造形に拒否反応を起こす方も少なからずかもしれませんが、これは読ませますよ。
長屋や墓場のおどろおどろしい、土俗的な描写に惹き付けられますね。
復讐ホラーもの故に陰惨な描写もありますが、作者さんの倫理の根底に仏教的世界観(因果応報とか)があるようで、救いのある(少なくともそういう解釈が成り立つ)結末にもなっています。

僕は昨今の、ただひたすらに鬱な結末で終わるような作品群に些か食傷気味なのでむしろ読み終えてホッとしたくらいです。


『地獄から戻った男』は、ユーモラスな雰囲気で描かれる霊界ものです。
自分の娘と同じくらいの年頃の女の子を車で轢いてしまった男が主人公です。
怖くなってそのまま逃げ去ってしまった男は、自らを地獄行きになるに違いないと責める。
そして逃げた末どことも判らぬ場所に辿り着き、水を求めて池に近づいたところ、突然池の水が引いて底に穴が空き、そこから漏れ聞こえる声に誘われるまま地獄へと向かうことになる・・・。

こう書くと普通にホラーっぽく感じなくもありませんが、地獄以降は何ともトボケた味わいになっております。
地獄の案内役がいいのですよ。
独特の言語感覚でしてね。男の言動が気に食わなかったりした場合に必ず

ピョーンと飛び跳ねながら「バッキヤロー」と一喝するのですね。

「バッキャロー」ではありません。「バッキヤロー」です。
これは重要だと思います。
そして飛び跳ねる姿が非常に愛くるしいです。
少し言い過ぎかもしれませんが、あまり気にしないことにします。

やはりこの作品も救いのある結末(?)なので読後感は悪くありません。


魅力を伝えられたかと問われると非常に心許なかったりしますが、読む価値はあります。これは言い切っていいのではないかと。
問題は、限定300部の出版らしいとのこと。まんだらけに行けばまだ在庫が残っているかもしれません。

評判しだいによっては更なる復刻もあるとのことです。是非とも復刻して欲しいですね。


【参考文献】

この記事を書くにあたって以下の書籍を参照させて戴きました。

植地毅宇田川岳夫吉田豪(編著)『マンガ地獄変』(水声社、1996年)
宇田川岳夫『フリンジ・カルチャー』(水声社、1998年)
大泉実成『消えたマンガ家 アッパー系の巻』(新潮OH!文庫、2000年)