マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

トレース疑惑への雑感

今月7日にアップされたニュースですが、またトレース疑惑が出てきていますね。
最近は定期的にこの話題が持ち上がっているように感じます。


話題になる度に「あぁまたか」という感じもする訳ですが、このトレース疑惑に関しての個人的な印象を書き連ねてみようかと思います。


まず思うのは、トレース疑惑の告発で誰が得をするのかという点なのです。
仮に「AはBの作品の構図をそのまま使用している!」という場合、A氏は当然社会的なダメージを受けます。
そしてB氏がこの告発を歓迎するかと言うと、必ずしもそうではないと思われます。
僕の知る限り、構図をトレースされた作家さんが「かかる行為は認め難い」的な発言をしたことは皆無です。
B氏もまた模写・トレースを行った経験はあるということだと思います。実際のところ、模写・トレースの経験がないマンガ家さんなどいるのかなという気がします。


スコット・マクラウド『マンガ学』という本があります。

マンガ学―マンガによるマンガのためのマンガ理論

マンガ学―マンガによるマンガのためのマンガ理論

このなかで、マンガ家として成長するプロセスを描いたくだりがあります。*1やはり模写から入るんですよね。更には以下のような台詞まであります。

そうやっているうちに、ある時突然、今まで気にもしていなかった老大家の作品の凄さに気付く!見た目が洗練されていないから気がつかなかったけど、尊敬していたアーティストの作品なんて全部彼の下手な真似じゃないか!
(183ページ)

まぁこの引用は幾分文脈が違うんですが、やはり誰もが別の誰かの影響を受けている筈ですし、影響を受けている以上それはキャラクターや構図にも現れてくると考えます。
恐らくトレース元として挙げられた作家さんも、仔細に検証されると何か出てきます。実際、こういった騒動で最も大きく取り上げられた末次由紀さんの『SLAM DUNK』トレース騒動*2の際も、その後井上雄彦さんの検証が為されたりしています。
マンガ家さんにとってこのような告発は(どちら側であっても)メリットはない筈なのですね。


では誰が得をするのか。結局のところ、

  • 告発者
  • トレースされた側の熱烈なファン

このくらいだろうと。しかもどういう点で得をするかと言えば、

  • 精神的自己満足
  • そのネタで盛り上がれる

いいところこの2点であろうかと。
告発した人物が義憤に駆られて行ったのか、或いはそれを発見するのが趣味なのか、それとも面白がっているだけなのか妬んでいるのかは判りませんが、少なくとも告発行為が意義あるものかは疑問です。


いちおう断っておきますと、別に僕は「盗作上等!」とか言っている訳ではないですよ。
模倣・トレースされて(された側が)気分を害する場合もあると思います。
どういう場合かと言えば、他のマンガ家さん等が描いた構図をトレースしておきながら、あたかもそれを自分で考えたかのように振る舞っている場合です。基本的に「○○の作品が好きです・影響を受けました」とか言われれば、言われた側もまんざらではない筈なのですよ。


これら疑惑が問題になるのは、(トレースした側が意図している・いないに関わらず)トレースの事実を伏せていることにあります。原理的に言えば、この問題の解決方法は非常に単純です。
上の日刊スレッドガイドリンク先のレスでも幾つか指摘がありましたが、引用・参照した事実を最初から明示しておけばいいのです。(実際にはいろいろ事情が絡んでくるかと思いますが。それについては後述。)

実際に明示した例はあります。
山本直樹さんの、家族の崩壊とゆるやかな再生を描いた名作『ありがとう』です。

ありがとう 上 (ビッグコミックス ワイド版)

ありがとう 上 (ビッグコミックス ワイド版)

ワイド版下巻の巻末に、最終話の台詞を引用した旨が明記されているのですね。

440ページから446ページのセリフは、
映画『父ありき』(脚本/池田忠雄・柳井隆雄小津安二郎の三氏による共同脚本)より
引用させていただきました。

とあります。
研究書みたいに、巻末に参考・引用文献一覧を提示すれば問題は起こらない筈です。
尚且つマンガ家側でも、構図の利用や引用についての自らの意見を明確にしているのが望ましいと思います(構図を利用する際にはその旨明示してください、みたいな)。


あくまでこれは原理的な、ということで実際には難しい問題を多く抱えていると思いますが。
著作権に基づく使用料の問題とか、編集部・出版社の利害関係・力学だとか(あくまで予想です)。
マンガ家のプライド(トレースしていると知られたくない)というのもあるかもしれませんが、それなら伏せても構わないし、その代わり叩かれるリスクは負ってもらう、と(等価交換ですね)。
各出版社が歩調を合わせる必要があるでしょうから、現実味は薄いかもしれません。
でもこういう疑惑が湧いてきて、それに対して絶版回収・連載中止といった対処を繰り返している状況を見ると、こういうのもありではないかと思う次第です。


結局のところ、面白いマンガが読めれば僕個人としては特に問題はないです。
昔のマンガとか読むと構図の借用とか幾らでもありますしね。
それが問題ではないと思うのですよ。そこからマンガ家さんが独自の世界を築いていけるか、ということではないかと。


・・・長いだけで大したことは書いてないですな。(´ω`;)

*1:177〜192ページあたり。

*2:この騒動で末次由紀さんは過去の全作品回収・絶版という厳しい処分を受けましたが、短編集『ハルコイ』を経て、新連載『ちはやふる』で見事な復活を遂げています。『ちはやふる』は今年最大級と言っていいほどの優れた作品なので是非とも読んでください。