マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

「見せずに描く」技巧いろいろ

本日は幾分エロ寄りで、且つネタバレも含みます。
そういう訳で続きは収納しておきます。




まずは昨日の記事で感想を書いた『放課後プレイ』から。



この巻の末尾、第15話において、登場キャラクターが事に及んだことが示唆されます。
当然一般誌に掲載されているので、*1直接的な描写は為されません。それでも結ばれたことは判るように描かれています。
126〜127ページに掛けて、当然服を着たままですけどキスをしたり抱き合ったりという描写が濃厚に描かれます。



(127ページ。)


この表情とか、お見事です。(´ω`)
そしてその次の話の1コマ目がこちらになります。



(128ページ。)


前ページまでの展開から夜が明けて、学校へ向かおうとしています。
注目はその4コマのタイトル。「くま」ですね。そこから判るように、女の子の目にくまができています。因みに3コマ目には、同じく目にくまを作っている少年も描かれています。
つまり、この2人は一晩中起きていたということですね。何をして徹夜をしたかは言うまでもないでしょう。



このような、直接的な描写をせずにそれを描く、という技巧には当然長い歴史がある訳です。
もう少し以前の例から、2つばかり挙げておきましょう。


まず最初に挙げるのは、ゆうきまさみさんの『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』。
主人公の駿平と、ヒロインのひびきが結ばれる場面です。僕が持っている文庫版だと、10巻307〜310ページあたりが該当します。


じゃじゃ馬グルーミン★UP! (10) (小学館文庫)

じゃじゃ馬グルーミン★UP! (10) (小学館文庫)



(文庫版10巻309ページ。)


ひびきが駿平の身体を強く掴む描写とか、




(写真上:同309ページ、写真下:同310ページ。)


脱ぎ捨てられた服とか、それ以外にも308〜309ページ全体を通して描かれる心臓の鼓動(オノマトペ)や二人の表情・台詞等で、この二人は首から下が殆ど描かれていないにも関わらず、この二人が結ばれたのだというのが明白に判ります。
初めてこの箇所を読んだ際は、「ここまで描くことができるのか!」と感嘆したものです。



もう少し時代を遡ってみます。
高橋葉介さんの『夢幻紳士』の一編、「幽霊夫人」です。「コミックリュウ」(昔のやつ)に連載されていたものなので、1980年代前半ですね。*2
僕が持っているのは朝日ソノラマ版。「ヨウスケの奇妙な世界」第2巻『夢幻紳士 怪奇編1』に収録されています。



ただ数年前に絶版になったうえに朝日ソノラマの倒産もあり、現在は入手困難。最近ようやく新たに復刻され始めているので、どれかには収録されているのかもしれません。


『夢幻紳士』は昭和初期あたりを時代背景として、夢幻魔実也という美青年が妖怪退治をする話です。
時代背景を反映したデカダンスな雰囲気と、エロスとグロテスクが混在する幽玄な世界が流麗な筆致で描かれます。何れもたいへんな名作だと思うので、ぜひ一度お手に取ってご覧ください。最新作「回帰篇」も現在「ミステリマガジン」で連載中ですよ。


さて「幽霊夫人」の概略を。
学生時代?の先輩・楠本に呼ばれて彼の家に赴いた夢幻魔実也は、楠本夫人のもてなしを受けます。しかし彼女は昨年亡くなっていました。どうやら夫人は未だ楠本を慕っているらしく、成仏しきれないらしい。楠本は、自分は仕事で上海に渡ることになったのでその間夫人の相手をして欲しいと頼みます(彼女は家の周辺までしか行動ができないのです)。
そして魔実也はその依頼を受け、週に一度夫人と過ごすことになります。夫人もその時間を楽しんでいたものの、夫からの連絡がまったく来ないことから次第に塞ぎ込むようになります。そんな中、魔実也のもとに楠本から手紙が来ます。「自分は上海で同行した女性と結婚したので、夫人には成仏するように伝えて欲しい」との内容。元々それが目的であったらしい。
そのことを夫人に伝えると彼女は深く悲しみます。そして翌週以降、魔実也に対して体を求めてくるようになるのですね。彼女は喋ることはできないのですが、寝室へ誘ったり視線を送ったり。非常に儚げな表情をしているのですよ。慕っていた夫に捨てられた孤独感やら長いこと話し相手になってくれた魔実也への親近感とかが入り交じっているのでしょうね。ただ魔実也は楠本との約束の件や自分が利用されることへの嫌悪から、その誘いは拒絶します。
そんな状況がしばらく続き、楠本が一時帰国。彼は魔実也に、夫人と一晩過ごすように要求します。そうすればあれも成仏するだろう、と。
最初からその意図で夫人を近付けたことを察した魔実也は、楠本にグラスの水を浴びせ掛けて、楠本邸へと向かいます。


長くなりましたが、訪問した際のコマがこちら。



(『夢幻紳士・怪奇編1』132ページ。)


3コマ目の夫人の表情にご注目。笑顔がこぼれています。つまり、それまでとは違う状況・更に言えば異なる魔実也の行動が、夫人の視線の先で展開されているということですね。それが何かと説明するのは無粋というものでしょう。
そしてその翌朝の一コマ。



(同134ページ。)


それまで夫人は、ずっと髪を結っています。
その髪をほどくのは何処か、ということですね。またこの髪をなびかせている様子が実によいではありませんか!( ゚∀゚)



・・・と、「実際の様子を見せずに」その様子を描いている作品を幾つか取り上げてみました。しかもどの作品も、下手にそのものを描くよりも濃厚なエロスに満ちているのですね。
これらは何れも全年齢向けでの掲載作品です。つまり直接的な描写をしてしまうとお咎めを受けてしまう可能性が非常に高い。
そういった厳しい制約があるなかで、如何に「それ」を描くか。
そんな試行錯誤が繰り返され、積み重ねてきたことが、このような表現の豊かさに繋がっているのでしょうね。*3


と、今日はこんなところで。

*1:電撃PlayStation」付録「電撃4コマ」に収録。

*2:初出が書かれていないので、正確な年代が判らない・・・。(ノД`)

*3:元々紙の上に描かれているものを、「如何に動いているように、生きているように見せるか」という試行錯誤がマンガ表現の発達に一役買っているでしょうしね。