マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

君は『イエローマン』を読んだか

・・・と偉そうな題名を付けましたが、僕も昨日読んだばかりです。



杉浦茂さんの晩年のマンガを収録した作品集『イエローマン』。コミックナタリーでも紹介されましたし、杉浦茂展が開催されたりもしているので*1、ご存知の方もおられるかと思います。


これがですね、凄いのですよ。
言葉を失うくらいの、奇想・不条理・混沌に満ち溢れた世界が展開しています。
副題の「シュールへんてこりん傑作選」の名前は伊達ではありません。


とりあえず、最初に収録されている「ガンモドキー」の内容を書いてみようと思います。
必然的にネタバレになってしまうので、読み進める際はご注意を。




喫茶店でお茶をしていた赤マントとさすらいのガンマン・ガンモドキーは、席がなくて困っていた女性を自分たちのところへ誘います。そしてその女性・令嬢ジャスミンは、怪人ガルドンという妙な男に付け狙われていることを2人に打ち明けます。
それを聞いたガンモドキーは、ガルドンはジャスミンロマノフ王朝最後の皇女・アナスタシアに仕立て上げ、そうすることで英国銀行に預けられているアナスタシアの資産1000万ポンド(皇帝ニコラス2世の遺産)を自らのものとし、それを手に入れ次第南米に逃亡する気なのだと推理します。
自らの企みを暴かれたガルドンは2人を亡きものにしようと襲いかかりますが、赤マントが幻術を使うと突然彼ら(ガルドンとその部下)は江戸時代のような場所に飛ばされ、おでんに襲われます。
そして大名行列が近くを通り過ぎる際、ガルドンの知り合いでもある怪盗白十字がガルドンを見付け、アナスタシアの件で仲間に入れてくれるよう頼み込みます。因みに何故幻術の中に白十字がいたのかは説明されません。
で、計画の詳細をガルドンが口にした途端、元の世界に戻ります。すると街が何やら賑わっている。夕刊を読んでみると、アナスタシアを自称していたドイツ人女性が皇女本人と認められ、その女性に1000万ポンドが渡されることになったとのこと。
ガルドンの計画は頓挫。危機を脱したジャスミン嬢は田舎へと戻り、ガンモドキーもまた西部へと帰ることを決めてめでたしめでたし。




自分で書いて変な文章だなと思いますが、実際そうなのですよ。
しかもこの文章は、杉浦茂さんが描く奇々怪々な世界をまるで伝えられていません。実際に絵を見てもらわないとダメなのです。



杉浦茂イエローマン』23ページ。)


おでんに襲われています。シュールですよね。
しかもこのコマはかなり判りやすいといいますか、それほど奇っ怪ではありません。
より不可解なものを挙げてみましょう。



(同書59ページ。)


因みにこれも江戸時代です。
まさしくシュールリアリズム。サルバドール・ダリの絵画とかを思い起こさせます。
実際杉浦茂さんは画家を志していたものの、生活上の理由から断念してマンガ家の道に入ったという経歴を持っています。絵画の影響は至る処に見受けられます。ダリ調の奇怪な造型は言うまでもなく、街並の描写がジョルジュ・デ・キリコ的だったりもしますね。


あと、映画も相当お好きだったようですね。
ガンモドキー」の最初のコマが映画『ワイルドバンチ』から取ったものですし、



(同書204ページ。)

チャールズ・ブロンソン似の男とかも出てきます。うーん、マンダム。
ブロンソン以外にも、クリント・イーストウッドジュリアーノ・ジェンマ*2とかも出していましたね。



(同書189ページ。)

ソフィア・ローレンも出ています。これまた背景が異様だったりしますね。
片や西部劇、片やイタリア映画と、幅広く観ているのが判ります。



そしてこれらの素養を引き出すのが、杉浦茂さんの独特なペンタッチです。
作中にはよく、幻術やら忍法やらで謎の生物(みたいなもの)に変化する人物とか、宇宙人とかが出てきます。そしてそれらがごく当り前のように、江戸時代の町人とかと交わって、同列に登場します。モブシーンの中に(本来なら)明らかに異質な筈のキャラクターが紛れ込んでいて、それがごく当り前のように描かれているのです。
それを可能にしているのはやはりこの線なのだろうと思います。


更には画家を志した時期に培ったであろう、写実的な描写(映画俳優の模写は物凄くハイレベルです)やシュールリアリズム的光景が組み合わさり、他に誰も真似られない世界が立ち現れています。


これまでとはちょっと違ったマンガを読みたい。
そんな方は是非とも読んで戴きたいです。勿論そうでない方にも。
幻の遺作『2901年宇宙の旅』*3まで収録されている『イエローマン』、お薦めの1冊です。

*1:5月24日で終了となっています。

*2:イーストウッド主演『荒野の用心棒』以降多数作られたイタリア製西部劇、いわゆるマカロニ・ウエスタンの代表的俳優のひとり。因みにもうひとりはフランコ・ネロ

*3:筑摩書房から出た『杉浦茂マンガ館』最終巻の第5巻に描き下ろし収録された作品。このシリーズじたい入手困難なのですが、経験上5巻はとにかく売っていません。