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時折マンガの話をします。

精神の不可思議さが垣間見える。安部慎一『僕はサラ金の星です!』

今月の始めから、『美代子阿佐ヶ谷気分』という映画が公開されています。


この作品は原作がマンガでして、安部慎一さんという方が描いたものです。
情けないことに僕は未読なのですが、ご本人と奥様の実生活を元にした、私小説的な作品のようです。
因みに安部慎一さんは70年代を中心に、『ガロ』で活躍されていました。


映画公開を機に、インタビューにも応じられています。


そして上記リンク先のインタビューに、以下のような箇所があります。

31歳の頃に精神分裂症を発病しちゃってね。一時期は精神安定剤を1日10錠飲んでたけど、今は1錠程度。阿佐ヶ谷にいた頃は毎晩飲み歩いていましたが、酒は10年前にやめて昼間は小説を書いて過ごしています。

サラリと話されていますが、なかなかに深刻な内容です。
そしてその、精神分裂症を発症した時期に発表したマンガが存在します。今回はその作品についてのご紹介です。


こちらがその作品。


僕はサラ金の星です!―安部慎一最震作品集

僕はサラ金の星です!―安部慎一最震作品集


『僕はサラ金の星です!』というマンガです。
タイトルや表紙だけでも、何か異様な印象を受けるのではないかと思います。そしてそれのみならず、台詞や構図もかなりおかしなことになっています。幾つか現物をご覧になって戴こうかと。



安部慎一『僕はサラ金の星です!』4ページ。)


最初のコマです。人物と背景のビルとの大きさのバランスが明らかに変ですね。因みにこのコマの真ん中にいるのが主人公の室井平吉ですが、17歳とのこと。横の二人が当り前のように「兄貴」と呼んでいる点についても特に説明はありません。



(同書5ページ。)


借金を返せないという人妻を罵っている場面ですが、他のコマから類推するに、取り立て来た主人公たち3人がいるのは玄関の中なんですよね。背景に描かれている家がその人妻の家で、その玄関の中にいる3人と人妻(の後頭部)が手前に描かれている、という構図です。手下の視線が常におかしな方向を向いていたり、その2人のフキダシで主人公の顔が隠れてしまっている点にも注目です。


何か奇妙な台詞の数々もご紹介。

  • うへっ涙のにおいだ・・・
    オレは涙くさい女がそばに寄ると頭痛がしてくる・・・(12ページ)
  • オレはヒマな時はマンガを見る マンガには夢があるから(13ページ)
  • スケとやってるヒマはないゾ!(26ページ)


あとこの作品の特徴として、とにかく全体が黒っぽいのですね。
空白を恐れるかの如く、隙間を埋めるように人物や背景を描き込んでは線を重ねて色を付け加えています。


さて、幾つかご紹介しましたが、相当に奇妙な印象を持たれたのではないかと思います。
ただ、分裂症を発症した当時の安部慎一さんには、このように世の中が見えていたのかもしれません。人の認識によってこれほどまでに世界が異なって見えるのだとするならば、人間の精神というのはまことに不思議なものなのだと思います。

*1:リンク先の名前が間違っていますが、そのまま引用しています。