マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

あの伝説的作品を読んでみたら、懐かしい気分になった

『消えたマンガ家』という名著があります。


消えたマンガ家―アッパー系の巻 (新潮OH!文庫)

消えたマンガ家―アッパー系の巻 (新潮OH!文庫)


鮮烈な印象を残す作品を描きながらも何故か「消えて」しまった、そんなマンガ家の方々の消息を追うルポルタージュです。
同時にその作品も紹介し、それが如何に強烈なインパクトを与えたかについても詳細に記述されています。
『消えたマンガ家』の最初の一文を引用します。

「でもさ、誰でも胸の中に一人くらい『消えたマンガ家』がいるんだよ」


大泉実成『消えたマンガ家 ダウナー系の巻』新潮OH!文庫、3ページ。)


自分にとっての消えたマンガ家のひとりが、あんど慶周先生でした。
確か自分が中学生だった頃ですが(年齢がバレますな)、「ジャンプ」でとある作品の連載が始まり、周囲が騒然としたことを記憶しています。


その作品の名前は、『究極 !! 変態仮面』。


大雑把に概略を書くと、主人公の名前は色丞狂介。父親は刑事(殉職)、母親はブティックを経営しつつSM嬢のアルバイトをしています。父親譲りの正義感を持つ狂介は、銀行強盗に巻き込まれた同級生の姫野愛子を助けようとするのですが、その際にちょっとした手違いで女性の下着を被ってしまいます。すると母親譲りの変態の血が騒ぎ出し異常な興奮状態となり、変態仮面として覚醒してしまいます。そして強盗を退治した変態仮面こと狂介は、以後パンティを頭に被り、他に身に付けるのは網タイツと「ブリーフの両端(?)を延ばして交差させつつ肩に引っ掛けたレスリングスタイル」のみの変態仮面として悪者を成敗していくことになります。


書いていて何か頭がおかしくなりそうですが、実際そういう作品です。(´ω`)
基本的に下ネタのオンパレード。「地獄のタイトロープ」や名台詞「それは私のおいなりさんだ」等、一度観たら忘れることのできないインパクトを持つ作品でした。


ただ連載当時、僕はあまり熱心に読んでいなかったのですよね。
その理由としては、下ネタを低く捉えようとする屈折した心理*1とか、エロ方面に興味があるのを周りに見せたくないというこの時期特有の謎の感情とかいろいろありますが、まぁそれは別の話ですな。


それから随分年月が経ち、ちょっと読んでみたいなと思った頃には絶版になっていて、古書店でもえらいプレミアが付く作品となってしまっていました。
そんな『究極 !! 変態仮面』が、『THE ABNORMAL SUPER HERO HENTAI KAMEN』と改題されて、2009年の夏に遂に文庫化されました。



そしてこの文庫版なのですが、全5巻という触れ込みで1・2巻は8月、3・4巻は9月に刊行されたものの5巻がなかなか出なかったのです。
いったいどうしたのだろうか・・・と思っていたのですが、何日か前に遂に完結巻が刊行されました。
何と120ページを越える完全新作描き下ろしを収録しています。5巻のみ時期がずれ込んだのは恐らくこのためでありましょう。


5巻発売を機に、全巻まとめて購入して読み返してみました。
内容については実際に読んで戴くのが良いかと思いますので、ギャグ以外の要素で面白いと感じた点を少々触れてみます。


記事タイトルにもした「懐かしい気分」と、あんど慶周さんの作品ならびに読者に対しての誠実さについてです。


まず1つめの、懐かしい気分。
この作品が連載されていた時期の社会風俗とか風潮とか流行とか、そういうものが如実に描かれているのですよね。
マンガはそういったものの記録装置としての側面を持っている。頭では理解しているつもりですが、実際に読んでみて改めて感じました。


まず文庫版2巻の表紙にも出てくる、2人目のヒロイン・春夏。



この意匠、明らかに『ストリートファイターII』の春麗ですよね。
変態仮面』の連載時期は1992年末〜93年末ですが、丁度この時期、全国のゲームセンターを『ストII』が席巻していた頃です。僕もストIIが置いてある隣町のゲーセンまで、友人と一緒に自転車を漕いで行ったものですよ。
この他にも、



あんど慶周『THE ABNORMAL SUPER HERO HENTAI KAMEN』文庫版2巻250ページ。)


ベッドを「お立ち台」に見立てて踊る春夏。
この時期はバブルが弾ける直前でしょうか、TVで連日のようにジュリアナ東京で踊っているお姉さんの姿が映し出されていたものです。田舎に住む小僧だった自分にとっては、異国に近い光景でしたがね。未だにバブルの雰囲気というのは実感として判りません。



(前喝書4巻126ページ。)


ヤキソバンとか、懐かし過ぎるよ!
景品として作られたSFCのソフトはプレミア商品になっているんでしたかな?



(前喝書5巻7ページ。)


ジャンプのギャグマンガではお約束とも言える、編集者(をモデルにした人物)の登場。
SM嬢でもある狂介の母親に背中を鞭打たれている頻度=編集者としてのキャリアという具合ですが、真ん中の茨木氏は今や「ジャンプSQ」の編集長、右の堀江氏に至ってはコアミックス(「コミックバンチ」の編集を行っている会社)の代表取締役ですか。時代の流れを感じます。



そして2つ目の、あんど慶周さんの誠実さについて。
連載の最終話はかなり唐突に時間が飛び、「8年後」の話になるんですが、それについては当時かなり賛否両論あったようです。
それに応えるかたちで、5巻には空白期間を埋める内容の新作描き下ろしが加えられているのですが、120ページに及ぶ新作というのは異例かと。ましてや長くマンガから遠ざかっていた方が描くというのは、自分の知る限り殆どないです。他には『ストップ!にいちゃん』くらいかな?


「少年」傑作集〈第3巻〉ストップ!にいちゃん ほか (光文社文庫)

「少年」傑作集〈第3巻〉ストップ!にいちゃん ほか (光文社文庫)

こちらに収録されています。確か新作描き下ろしだった筈。)


またその描き下ろし、連載当時の時期というのをしっかり意識して作られている。



(前喝書5巻140ページ。)


ポケベルなんですよ。
連載当時は携帯電話、まったく普及していないのです。PHSすら普及していない。Windows95よりも前の話なんですよね。ネットという概念すら殆ど知られていない時期なのですよ。


北島マヤが携帯電話を使い、五右衛門が iPhone を持つご時世でありながら。
作品の世界観を崩さないよう、入念に考えたうえでのポケベルなのだと思います。
他にも狂介の父親のエピソードも複数収録していたりして、あんど慶周さんの『変態仮面』に対する愛着が伝わってきますね。



自分のように、連載当時に思いを馳せて読むのも悪くないでしょうし、勿論純粋にギャグマンガとして楽しむこともできます。
嘗て読んでいた方も、まだ読んでいない方も、この文庫化を機に読んでみるのも良いのではないでしょうか。


あと今月初めに、あんど慶周さんのウェブサイトが開設されています。


トップページに出てくる「MOWLADY」が個人的にヒットです!
今後の活動にも要注目ですね。


という訳で、今日の記事はこのあたりにて。

*1:当時『伝染るんです。』のほうにハマっていたことも影響しているかもしれません。