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『神様ドォルズ』には独特のバランス感覚があるな、と感じた話

先日、やまむらはじめさんの『神様ドォルズ』新刊を購入しました。


神様ドォルズ 6 (サンデーGXコミックス)

神様ドォルズ 6 (サンデーGXコミックス)


概略については5巻の感想を書いた際のものをコピペしておきます。

主人公の枸雅匡平は、故郷の空守村を半ば捨てるように去り、東京で大学生活を送っています。


空守村では「案山子」と呼ばれる超常的な力を持つ人形が祀られており、案山子を操る能力を持つ家系の枸雅家と日向家は村内で対立しています。そして案山子を操る資格を持つ人物は「隻」と呼ばれます。


匡平はかつて「隻」でしたが、ある事件を機にその資格を失い、現在は妹の詩緒が隻を務めています。


匡平が隻の資格を失った同じ事件が原因で幽閉されていた阿幾が村を脱走し、それを追う詩緒が兄の元へ来たところから、物語は動き始めます。そして匡平と阿幾の過去や「案山子」をめぐる村の両家の思惑等が複雑に絡み合い、謎が少しずつ明かされながら話は進んでいきます。


5巻の後半でまひるという、日向家の隻が登場するのですが、6巻はまひるが物語の中心というか、台風の目のような役割を果たしています。まひるは8年前に起こった、匡平が隻の役割を離れる要因にもなった事件を通じて、匡平に懸想するようになるのですね。空守村では枸雅家と日向家は対立していて本来結ばれる可能性は皆無なのですが、その因習を破壊してでもくっつこうと目論んでいる。



やまむらはじめ神様ドォルズ』6巻122ページ。)


ヤンデレと廚二病が混ざったような扱いづらい性格であることが、この台詞からも伺えるかと思います。
また困ったことに頭は良いようで、空守村出身の国会議員とかを利用して匡平に接触を図り(枸雅家と日向家は村で特権的な地位を持っているのです)、村へ連れ帰ろうと試みます。


村の因習を破壊しようとしていながら自らの特権を当然のものと享受している点(それが「村を離れて結ばれる」という選択肢を抹消させている要因でもありますね)にお子様的なものを感じたりもしますが、それはまた別の話。


前置きが長くなりました。
今回書こうとしているのは、この作品には絶妙なバランス感覚があるなと感じる、という話です。
神様ドォルズ』は、深刻になり過ぎるのを技巧を凝らしつつ回避しながら描かれている印象を受けます。


やまむらはじめさんの絵柄はどちらかと言うと萌え寄りだと思うのですが、この作品のストーリーはかなりシリアスです。とりわけ匡平や阿幾の過去話は読んでいて苦しい思いが立ち上ってきます。
本来なら延々と深刻な調子で進んでもおかしくない話ではあるのですが、そうはなっていないですね。その原因は途中で挿入されるエピソードだったりキャラクターの描き方だったりする訳ですが、今回は6巻で最も印象的だった場面から説明してみようと思います。


34〜35話、ヒロインB(自分にとってはヒロインA)である匡平の同級生、史場日々乃がまひるに攫われる話です。阿幾に「匡平の彼女」だと吹き込まれたまひるは、日々乃によって匡平が骨抜きにされていると思い込み、引き離すために攫ってしまうのです。*1


丁度日々乃が攫われた頃、日々乃の家(匡平と詩緒は下宿しています)に仙台から荷物が届きます。送り主の下尾さんは空守村出身で史場家とは家族ぐるみの付き合いなのですが、諸事情あって村と枸雅・日向両家を嫌っています。案山子絡みの事件が増えてきたことで、下尾さんは息子を連れて仙台に引っ越したのです。その息子・透と詩緒のほのかな恋心を交えた交流が、27〜28話(単行本5巻に収録)で描かれています。



(同書112ページ。)


透から詩緒にも送られてきます。
萩の月」とかじゃなく「ずんだ餅」というセレクションに、ちゃんと取材をしているなと感じますね。
それはさておき、日々乃を攫ったまひるは、その後匡平たちの前へ姿を現し、村へ戻るよう交渉(?)します。
案山子は空間を飛び越えるような能力もあるようで、まひるは日々乃の家の中、匡平たちの目の前に突如として現れます。



(同書143ページ。)


で、着地したのがずんだ餅の箱の上
驚愕に打ち震える詩緒の表情に注目です。
以後、詩緒は同じ空間に存在しながら、且つこれらのやり取りに深く関わっているにも関わらず、まったく別個の動きをすることになります。



(同書146ページ。)


匡平たちとまひるが対峙し、緊張した空気となるなか、詩緒のみが別空間です。
もはや踏みつぶされた箱のことしか眼中にない。別のストーリーが展開している訳です。
これは詩緒が実は大食い*2という設定や、ずんだ餅を送ってきた透に対しての感情とかも絡んでいます。



(同書149ページ。)


半ば別空間に居た詩緒がずんだ餅から目を離すのが、

それはあの女が、
恋人だから?

という台詞を聞いたときです。
詩緒は強度のブラコンでもあるので、匡平と日々乃の関係について聞くと傾注せざるを得ない。詩緒自身、日々乃のことは「ライバル」と看做している描写が幾つか存在します。それにしても、この動揺した詩緒の表情はいいですな!


で、その後にしばらくやりとりがあって、結局匡平に帰る意思がないことが判ったまひるはその場から去ろうとします。日々乃の行方を知るまひるを逃さないため・・・というよりも恐らくは食い物への怨みが強いであろう詩緒はまひるを捕まえようとします。その際に、



(同書161ページ。)


捕まえようとするも僅かに手が届かず、そしてテーブルの端に足を置いたところテーブルがひっくり返ってしまい顔面に激突という、ドリフのコントみたいなことになっている訳です。



長々と書いてきて何が言いたかったといいますと、つまりともすれば殺伐とした物語になるところを、詩緒というキャラクターの振る舞いが引き戻しているということですね。やまむらはじめさんは、詩緒にそういう役割を与えているのではないかと(あくまで僕の勝手な予想です)。
戦闘の真最中にドリフは本来必須ではないのですよ。恐らく、作者さんはあまり暗い方向に物語を持って行くつもりはないのでは、と。そういう意味では、確かに詩緒は主役なのかもしれませんな。


と、自分の予想が合っているかどうかは判りませんが、面白い作品なのは確かです。
お薦めの1作です。

*1:因みに1枚目の画像は、攫ってきた日々乃に対し、自分こそが匡平と結ばれる運命にあるのだと滔々と語る場面です。

*2:5巻196〜200ページには、考えごとをしながら食事をしているうちにご飯を5杯食べていたという描写があります。