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時折マンガの話をします。

国家間で渦巻く謀略と、それぞれの倫理が交錯する群像劇。カトウコトノ『将国のアルタイル』

今回はある程度内容に触れるので、ネタバレを避けたい方はご注意ください。
たまにはマンガ作品のレビューっぽいものを書いてみようかと思います。
マンガについて何やら書いているブログで「たまには」というのも本末転倒な話ですけどね。


今回取り上げるのは、カトウコトノさんが「シリウス」で連載している『将国のアルタイル』です。
比較的最近まとめ読みして、これは面白いなと思った次第です。


将国のアルタイル(1) (シリウスKC)

将国のアルタイル(1) (シリウスKC)


まずは概略から。
上の画像、単行本の表紙に描かれているのが、この物語の主役である「犬鷲のマフムート将軍」*1。史上最年少でトルキエ将国の将軍となった少年です。*2


トルキエ将国とは、元々遊牧民族であった20ほどの部族による連合、" 大トルキエ体制 " の中核となっている国家です。トルキエ将国は部族連合国家、他の4将国、ムズラク・バルタ・ブチャク・クルチュは建国当時の有力部族が治めています。
そしてトルキエ将国は、交通の要衝に位置する商業国家です。


トルキエ将国は12年前に隣接するバルトライン帝国と戦争をしており、その戦乱でマフムートの故郷は壊滅状態となり、母親も失っています。マフムートは二度とそのような、理不尽なまま知っている人を失うことがないよう、将国の将軍を目指し、そして史上最年少で将軍になった訳です(トルキエ将国では、大将軍と13人の将軍による会議、デイワーンで国政が司られます)。
バルトライン帝国は圧倒的な国力を持っているものの、非戦派が少なからず存在するらしく、それ故に将国は侵攻はされずに済んでいるという状況となっています。


そのような状況のなか、トルキエ・バルトライン国境近くにて、バルトライン帝国大臣の死体が発見されます。
そしてその背中には、トルキエ将国の紋章が施された矢が刺さっていました。
帝国はその行為に対し、7日以内に何らかの申し開きなくば戦端を開く旨を通告してきます。これに対し将国では開戦派と非戦派で意見が割れ、非戦派の「大都市のカリル将軍」*3は責任者として帝国へ赴く選択をします。そして開戦でも責任者の提供でもない選択を模索しはじめたマフムートは、大臣殺害が将国の手によるものではないことを立証しようとするのですが・・・。


というのが物語の発端になります。
そして先程の大臣殺害ですが、(明確に描かれはしませんが)殺害したのは帝国の人間です。この殺害を、将国侵攻の口実にするつもりだった訳ですね。その計画を立案したのが、帝国筆頭大臣ビルヒリオ・ルイです。大陸全土のあらゆる地形を把握し、自らの戦略を書き込んだ地図を皇帝に献上することを日課としている彼は開戦派であり、(トルキエ将国を含めた)他国へ侵攻するための「正当な」手段を講じては次々とそれに着手していきます。



カトウコトノ将国のアルタイル』3巻144〜145ページ。)


右側にいるのがルイです。彼はそれこそチェスを行うかのように思いのままに(敵・味方双方を)動かし、難攻不落を誇った港湾都市国家をも陥落させてしまいます。マフムートは、将国に牙を剥こうとするルイの謀略を未然に防ぎ、将国を安定させるために奔走することになります。その駆け引きがこの作品の面白さのひとつと言えましょう。


そしてこの作品を更に面白いものにしているのが、情報の重要性を押し出している点登場人物の行動原理・(自らの職業・立場に基づく)倫理観だと思います。


まず前者から。
ルイはロット・ウルム教団という、過激な教義を信奉する教団を使い、大陸全土に情報網を構築しています。そしてそこからもたらされた情報に基づき戦略を組み立てているという訳ですね。
そして将国側にも情報の重要さを理解している人物がいます。開戦派の「毒薬のザガノス将軍」*4です。マフムート同様に若くして将軍となった彼は、将軍の地位に就いて間を置かずに情報網の構築を行います。ザガノスはそこから帝国の動きをいち早く察知し、将国を開戦の方向で一致させるべく行動を起こします。また開戦に向かわせるためならば同胞を切り捨てることも厭わない冷酷な一面も備えています。


ザガノスはマフムートすら半ば捨て石の如く使ったりもするのですが、情報網の長官を務めている「黒翼のスレイマン」はマフムートの同郷でもあり、戦争を防ぐための力を欲するという点で心情的にもマフムートとスレイマンは近い場所にいたりします。より複雑に登場人物の持つ様々な要因が交錯し、物語に深みが出て来ているという訳です。


あと若干横道に逸れますが、情報の広め方も面白いですね。
物語が進むにつれ、トルキエ将国と4将国の対立が露になってきます(当然のことながら、その対立の裏ではルイ大臣が糸を引いています)。" 大トルキエ体制 " を盤石なものとするため、マフムートは4将国の王(スルタン)全てを親トルキエにすげ替える、早い話がクーデターを起こす計画の中核に入ります(そしてその計画はザガノス主導です)。
マフムートは滞りなく政権交代を行い、尚且つクーデターによる悪印象を抑えるために、ある手段を使います。



(同書6巻122〜123ページ。)


知り合いのいる劇団に頼み、帝国とスルタンとの繋がりを暴露した(そして扇情的な)劇を上演して国中を巡業させるのですね。ある程度はお判りかと思いますが、作品の世界観としては中世東ヨーロッパ・西アジアあたりが近いです。マスメディアもネットも存在しません。こういう大衆演劇みたいなものが、案外世論形成に影響力はあったのかもしれませんね。*5


話を元に戻しまして、後者のことを。
先程「登場人物の持つ様々な要因が交錯し」云々と書きましたが、それとも関係しています。登場人物の行動原理とか職業倫理とかが一癖も二癖もあり、それが実に良いんですよ。幾つか例を。




(同書2巻27ページ。)


カリル将軍が、マフムートに将軍としての責任を説く場面です。
個人的な感情に基づく行為と将軍としての行為の違いを厳密に分け、将軍という地位の重要さを忘れての行動を静かながらも厳しく批判しています。




(同書4巻35ページ。)


人工島に造られた都市国家・ヴェネディック共和国元首アントニオ・ルチオ。
ヴェネディックは内乱や迫害から逃れてきた人たちが造り上げた街です。自分たちが唯一生きることができる土地であるヴェネディックをそこに住む人々は何よりも大事にし、それ故に国家の利益という観点を最優先として物事を選択します。国家にとって不利益と考えるならば、嘗ての盟友や同盟国を切り捨てることにも躊躇しないのです。(当然、個人的な感情は存在しています。)帝国との同盟すら選択肢に入れた、徹底的な合理主義を貫く国家としてヴェネディックは描かれています。





(同書6巻89ページ。)


トルキエに叛旗を翻した4将国のひとつ、ブチャク将国の第45将子イスマイルです。
ブチャク将国は経済的な見返りという点から帝国と裏で繋がりましたが、イスマイルはその繋がり(ブチャク将国スルタン・ウズンの行動)が誤ったものだと考えています。
そして帝国と手を結ぶよりはトルキエの庇護を支持し、それ故にクーデターにも前向きな姿勢を見せますが、イスマイルはブチャク将国屈指の大商会・ジン商会の後継と目される人物でもあります。クーデターを起こす(つまりトルキエ)側がどのくらいの貢献ができるのか、勝算があるのかを冷徹に見極めようとします。そしてそれが不足している場合はクーデター首謀者を4将国に突き出すことすら視野に入れています。



と、これはあくまで一例です。他にも多様な人物が国内外問わず、様々な思惑を抱きつつ動き回ります。
そしてその思惑が時にぶつかり合い、時にはそれを隠しつつ、また時には手を取り合いつつ物語は突き進んでいきます。そこで繰り広げられる謀略・駆け引きがこの作品の魅力となっている、と思います。


力押しの話とか、理想や友情を神聖視するかのように前面に押し出してくる話が食傷気味だという方、そういう話も良いけれど時には違った話を読みたいと思っている方にはピッタリの1作ではないかと思います。
という訳で、随分長くなりましたので今回はこのあたりにて。

*1:トゥイグル・マフムート・パシャと読みます。

*2:後に、ある事情にて将軍から千人隊長に降格。

*3:読み方は、シェヒル・カリル・パシャ。

*4:読み方はゼヘル・ザガノス・パシャ。

*5:日本でも忠臣蔵とか勧進帳とかのイメージは強いですし。シェイクスピアの歴史劇とかもそうなのでしょうか?