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アニムスの「未来」とさみだれたちの未来:水上悟志『惑星のさみだれ』堂々完結

※今回の記事は相当数のネタバレを含みますので、読み進める際はご注意ください。


水上悟志さんの『惑星のさみだれ』完結巻となる10巻が発売されました。


惑星のさみだれ 10 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 10 (ヤングキングコミックス)


地球の破壊を目論む魔法使い・アニムスと、それを防ぐために集まった超能力集団の「獣の騎士団」、そして騎士団の中心でありながらも実は自らの手による地球破壊を願う朝日奈さみだれ・彼女に惹かれ忠誠を誓った雨宮夕日による第三勢力の、惑星の存亡を賭けた戦いが、遂に終結しました。


一言で書いてしまうと、この作品が近年屈指の名作であったことは疑いようがない。
これに関しては、実際に読んで戴くのが最も判りやすいであろうと思いますので、未読の方は是非とも読んでもらいたいところです。全10巻という適度な長さで、実に見事にまとまっていますので、一気に読むのもよろしいのではないかと。
ただ「買って欲しい」だけでは何なので、いろいろと書き連ねてみようかと思います。



この作品を読んで感じたのが、未来への強い指向性です。
未来へ向かって進むことを高らかに謳い上げている。
裏を返せば、過去へ遡ることや、未来を閉ざすような行為を否定するということです。
それと共に、些か気恥ずかしい表現ではありますが、神ではない、人間の強さというものも一貫して描かれている。そしてそれを考えるうえで最も相応しいキャラクターが、アニムスだと言えましょう。



アニムスは(妹のアニマと共に)強いサイキック能力を先天的に持っており、そしてある出来事を契機に自らを神と看做すようになります。そしてビスケットハンマーを造り出し地球を破壊した時、時間そのものまで砕いて過去に行けることを知る。アニムスは、地球を砕き過去に遡ることで、宇宙の最初まで見よう(つまり「全て」を知ろう)と考えるようになる。
同じ能力を持ちながらも自らを人間だと規定するアニマは、「騎士団との戦い」というルールを造り上げアニムスを止めようと試みた訳です。


それまで常に勝ち続けてきたアニムスでしたが、さみだれたちとの戦いで遂に最期の時を迎えます。
地球を破壊しつつ過去へと遡り続けたアニムスが、惑星の未来を願う騎士団の面々に敗れた訳です。そして最期の段になり、アニムスの「未来」が明かされる。



水上悟志惑星のさみだれ』10巻6ページ。)


前ページにおいて、「死にたくない」「知りたいことが・・・まだ・・・」と語るアニムスに対し、アニマは「輪廻の輪を探せ 転生できるかもな」と伝えます。それを受けてのアニムスの台詞が上のコマになります。文字がブレてしまったこともありますので、少々引用します。太字がアニムス、通常の文字はアニマの台詞です。

次は全てを知る者になりたい
いつかのどこかに
・・・いるかな・・・


いるさ


・・・
・・・ああ
いた・・・


見える・・・


次の場所・・・


・・・随分昔だな
・・・そんなことも
あるのか・・・


そこで
前世の業は
償えるか?


・・・・・・
難しいな・・・
・・・500年は要る・・・かも


(同書5ページ。)


このくだりは衝撃的でした。
「全知」。「500年」。
雑誌で読んでいる方なら既に周知のことなのかもしれませんが、つまりアニムスの転生した先は、「師匠」こと秋谷稲近です。
ここで少し、師匠のエピソードを振り返ってみましょう。単行本だと4巻です。


1492年に生まれた師匠は、5歳の時に神通力に目覚め、その噂を聞いた仙人に弟子に誘われ、修行を積むことになります。そして修行を重ねていたある時、師匠は「巨大な何か」との繋がりを感じ、全知者となります。自らが神の領域に至ったと感じます。
しかしその後、多くの弟子を取り、そして誰もが自分よりも早く世を去っていく様子を見続けた師匠は、認識が変わります。



(同書4巻150ページ。)


前世において惑星を砕き続けてまで欲した全知を、転生した先で数百年の時をかけ「くだらなかった」ものだと気付く。
そして自らを死へと誘うのは、前世の自分であるアニムスです。火の鳥 異形編』の八百比丘尼のエピソードを思い起こさせる、業の深さが描かれています。
しかしそこから、未来への希望が描かれます。最後の弟子となる雪待と昴です。


死地へと赴き致命傷を負った師匠は、彼女たちと、そしてアニムスにもメッセージを託します。



(同書4巻188ページ。)


嘗ての自分に「私達は人間だ・・・人間なのだよ」と伝える師匠。
恐らくは前世の業が償えたのは、この瞬間でありましょう。そして師匠の助けを呼びに駈けていく2人の背中を見て、その姿に未来を見出しつつ、満ち足りた笑みを浮かべながら師匠は絶命します*1



(同書4巻190ページ。)


この2人は、アニムスとの最終決戦で大きな鍵を握る存在となります。
嘗て地球の破壊を目論んでいたアニムスであった師匠が、地球の未来を繋げる役割を果たす。何か胸に込み上げてくるものがありますな。



さてアニムスの業のようなものについては、もうひとつ大きなものが存在します。それについても触れなければなりますまい。
これに関しては9巻の時点でも仄めかされてはいますが、最終話において明確に示されます。



(同書10巻169ページ。)


アニマとアニムスは、東雲半月と朝日奈氷雨さみだれの姉)の子孫であったことが明かされます。
そして半月は、師匠と同様にアニムスの手により(正確にはアニムスの造り出した泥人形の手によって)命を落としている。それにより、さみだれや夕日の生きる歴史においてアニマとアニムスは生まれないということがアニマ自身によって語られます*2。歴史そのものが変わっていると。


つまりこういうことです。
半月と氷雨の子孫であるアニムスが地球を破壊しつつ過去に遡り、そして先祖である半月を手にかけた。それにより、破壊を免れた地球(さみだれたちが生きる時代)の歴史は分岐し、別の未来が生まれる。そしてその未来を繋いだ要因のひとつが、敗れたアニムスが転生した、全知でありながら自らを「人間だ」と規定した師匠の存在である。
アニムスが死ぬ直前、アニマは輪廻について「車輪の形をしていると思う」と語っていましたが(10巻5ページ)、まさしくそのように描かれています。そして車輪を作り終えた場所から、別の方向へ線が延び始めたイメージとでも言いましょうか。


そして別の方向へ延び始めた未来において、確かに違った歴史が描かれます。
さみだれのその後です。
さみだれはこの時代には治療法が確立していない病に冒されており、アニマの存在によって生き存えているような状態でした。
そして恐らく、アニマたちが生まれた歴史においては、若くしてその病で命を落としている。
しかし新しい未来においてはそうではありません。


最後の戦いのあと、8年に及ぶ闘病生活を経て、さみだれの母親が執刀医を務めた手術により、病は完治するのです。
その際の、手術を終えた直後のさみだれの両親の会話が素晴らしかった。



(同書188ページ。)


これは神の業ではなく「人の業」なのだ、と。
人間が未来を変えるのだ、という、強いメッセージが存在していると感じた次第です。
この「未来」に対しての強いこだわりは、カバー折り返し部分のコメントからも読み取れますね。

色んな物語を見ては、
「このキャラあの後どうなったの?」
と気になってばかりいた10代の頃の自分の仇を
取るつもりで描きました。


(折り返しより一部抜粋。)


最終話では、惑星を守るために戦った人たちの、嘗て「獣の騎士団」であった面々の未来が、恐らく誰もが納得できるであろうかたちで描かれています。万感の思いで読み進めることができました。静かで、深い感動がそこにあります。
純粋なエンターテインメントとしても特上のものでありながら、読み込むほどに何か新しい発見がある。そんな稀有な作品です。
未読の方は、是非ご一読のほどを。



まだ書ききれていない箇所は幾つもありますが、随分長くなりました。
という訳で、今回はこのあたりにて。

*1:因みに4巻41ページにおいて、騎士団の一人・白道八宵は「笑って死ぬ なんてこの世で最高の贅沢なのよ」と言っています。

*2:「時間分岐」の説を採用することでタイム・パラドックスを回避しているということを書いておきます。