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へどばん『EroManga Lovers - Vol.1 《エロ漫画用語の基礎知識 構成・作画・演出編》』


山本寛監督による新作アニメ『フラクタル』を観ました。ジブリ作品や『ふしぎの海のナディア』といった、監督が敬愛していると思われる作品群へのオマージュが随所に見受けられ、興味深く視聴することができました。ごく限られた人物以外ヴァーチャルな姿で描き出される世界観については多くの謎を残したまま、視聴者を宙ぶらりんの状態にする引きで次回へとなだれ込んだため、続きが気になって仕方がありません。今後の展開が楽しみな作品の1つです。


さて本日は、エロマンガレビューサイトの最高峰・ヘドバンしながらエロ漫画!管理人へどばんさんの初同人誌『EroManga Lovers - Vol.1 《エロ漫画用語の基礎知識 構成・作画・演出編》』(サークル名:New Wave Of Japanese EroManga Critique)のへた文体模写レビューです。
軽んじられる傾向の強い「エロ漫画」の構成要素に明確な定義付けを行う意欲的な1冊となっています。



収録項目は、エロマンガの作劇上の基礎となる要素を取り上げる「構成」11項目(←参照 収録項目「フィニッシュシーン」より*1)、描き手の技術面に焦点を当てた「作画」6項目、およびエロマンガを盛り上げる技巧を詳説する「演出」14項目。
1項目に割り当てられるページ数は1〜2、字数にして1000〜2500字前後で固定。ページ数に換算すれば少なく感じるものの、その用語解説は精緻かつ凝縮されており、長編作品の如き重厚な読後感が備わっています。



【明確な問題意識に基づき選択・収録された用語群】
「現在、エロ漫画に関する評論は言ったもの勝ちである。*2」という挑発的な一文から始まる「序文」において、著者はエロ漫画評論という分野に根付いている問題点を浮き彫りにしていきます。それは執筆者の主観・経験に基づく評論が「正史」となる傾向が強い(=共通する評価軸・論拠の不足)という点、ならびに2000年代のエロ漫画に対する知見の乏しさです。

本書においてその問題意識は一貫しており、用語の選択は可能な限り主観が入り込まない、エロ漫画を成立させるために不可欠な諸要素を絞り込んだものとなっており、(←参照 収録項目一覧「目次」より*3)著者の気概を感じさせる構成となっています。
また、常に新たな表現・作風が投入されているにも関わらず2000年代(特に後半)のエロ漫画が軽んじられている、という主張に筋を通すため、引用作品を全て2000年代*4で統一しているのも好印象。"手に入らない『シベール』や『レモンピープル』初期の話は聞き飽きた"といった読者諸氏にとっても僥倖と言えるのではと感じます。
そして意図的か否かは不明なれど、資料が散逸・紛失の憂き目に遭い閲覧に少なからぬ困難を伴う1990年代までの作品については多くが語られ、逆に資料的には(まだ)充実している2000年代以降の作品については論が出てこないという奇妙な逆転現象が発生している点が示唆されているのも興味深いところ。
また、著者の問題意識はマンガ研究における名著『テヅカ・イズ・デッド』において伊藤剛氏が指摘したマンガ評論の問題点とほぼ同じ構造となっており*5、エロ漫画評論はこの同人誌で新たな段階に入ろうとしているのかもしれない、という予感すら感じさせます。



【広範囲に目を配らせつつ、バランスに配慮した詳細な解説】
上述のとおり、この同人誌の内容はエロ漫画の構成要素を解説していくというものですが、あたかもアラベスク紋様の装飾の如き精密さ・詳細さで行っていくのが特徴であり、まさしく全篇が白眉。
例えば、普段マンガを読む際に何気なく判断する「短編」「中編」「長編」という区分もジャンルが「エロ漫画」となった場合は認識が違う(異なる文法で成り立っている)、という朧げな印象を明確に言語化することに成功しています。

また、考察をエロ漫画内部で閉ざしてしまうことなく、他ジャンルとの比較やそのジャンルの影響・相違点にも思索の枝を伸ばしている点にも注目(←参照 実写との比較ならびにエロ漫画ならではの演出への言及「AV構図」より*6)。それに加え、収録されている諸項目の歴史的な流れや出版社の嗜好といった点に至るまで網羅しています。それに該当するものとして挙げられる項目に「アナログ作画」「デジタル作画」がありますが、1990年代以降のグラフィックツール高性能化・廉価化とマンガ家のデジタル移行の流れ、双方の作画時における利点と欠点、ティーアネットはアナログの価値観を重視しているといった事柄が凝縮した文章でまとめられています。
メリットとデメリットを公平に挙げるのも特徴のひとつ。収録項目「エロ漫画的ご都合主義」におけるお気楽な雰囲気の形成・読み手の精神的負担の軽減(メリット)ならびに作品の安易さへと繋がり得る点(デメリット)の指摘にその典型例を見て取ることができますが、これらの指摘は対象への深い造詣・敬愛があり初めて可能となるものであることは言うまでもないでしょう。



【あらゆるジャンルのエロを俎上に挙げる迫力の紙面構成】
『EroManga Lovers』は評論同人誌ですが、すべてのページが文字で埋め尽くされている訳ではなく、用語解説の理解を助けるための図版が大ボリュームで展開されています。引用されている作品のジャンルはロリータから熟女もの、純愛ラブコメから露出調教、異世界ファンタジーから歴史小説パロディに至るまで、扱わないジャンルは存在しないという主張が紙面から漂ってくるかのようであり、さながらエロの一大パノラマという様相を呈しています。

1つの用語解説につき主に2つ、テキスト分量が多い項目の場合には4〜5つほどの図版を引用(←参照 元ネタへの言及も行いつつの引用「パロディ」より*7)。それぞれの図版はその用語を理解するに相応しいコマを厳選して採用しており、且つすべての図版に簡潔でありながら要点が集約された説明が付されています。
著作権的により完璧を期すというのであれば「引用したコマに対する言及」*8が必要であり、「要点が集約された説明」だと厳密には不充分かもしれないのですが、同人誌という性質を考慮した場合、またそれ以前にへどばんさんはエロマンガ家の方々からも少なからぬ信頼を得ているという点*9を鑑みれば、この点は殆ど問題にはならないと言って差し支えはなかろうというのが率直な印象。



同人誌という媒体故にページ数は50と決して多くはないものの、B5版(週刊誌サイズ)という版型に凝縮された文章は400字詰原稿用紙にして恐らく200枚ほどの分量になると考えられ、且つ適当に読み飛ばすような箇所は皆無。静かに燃え上がるような研ぎすまされた文体にトリップしつつ深い考察を堪能できる珠玉の逸品となっています。各所で品薄状態が続いているようなので入手は少々苦労するかもしれませんが、18歳以上の方には是非読んで戴きたいところ。*10
個人的には、「エロゲーにおける女性キャラのテキストの影響により1990年代以降に急激な増加を示した」という仮説を展開した項目「説明的エロ台詞」がお気に入りでございます。

*1:『EroManga Lovers - Vol.1 《エロ漫画用語の基礎知識 構成・作画・演出編》』16ページ。

*2:同書4ページ。

*3:同書5ページ。

*4:最古で2004年、9割以上が2008年以降の単行本。

*5:本書28ページにおいて『テヅカ・イズ・デッド』への言及があり、へどばんさんが少なからぬ影響を受けていることが伺われます。

*6:同書26ページ。

*7:同書21ページ。

*8:大雑把に言ってしまうと、「このコマはこれこれこのような場面でして、かくかくしかじかのような意味合いがあるのですよ」を説明したうえで、出典を銘記。

*9:某イベントに参加した際、プロの作家さんがへどばんさんに対して「レビューを読んでます」という旨の挨拶をしているのを目撃したことがあります。

*10:売れれば売れるほど損をするようなので、「もっと増刷してください!」と軽々しく言えないのが難しいところでもあります。 【追記】採算ラインは確保しているとのお話。それにしても、売上の半分を規制反対運動の寄付に回しているへどばんさんはレビュアーの鑑ですな。