マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

えすとえむさんの、「間白」の使い方に関する覚書

今年大きな注目を集めたマンガ家さんの一人に、えすとえむさんの名前を挙げることができるかと思います。『このマンガがすごい!2012』オンナ編において、『うどんの女』が3位、『はたらけ、ケンタウロス!』が18位にランクイン。『このBLがヤバい!』でも、『equus』が6位に入りました。


うどんの女 (Feelコミックス)

うどんの女 (Feelコミックス)

はたらけ、ケンタウロス! (ゼロコミックス)

はたらけ、ケンタウロス! (ゼロコミックス)

equus (Feelコミックス オンブルー)

equus (Feelコミックス オンブルー)


うどんの女』は年の差からもたらされる独特の距離感と心理描写が実に軽妙且つ巧みに描かれていて実に面白かったですし、『はたらけ、ケンタウロス!』は「ケンタウロスが当り前の存在として描かれている現代社会」という奇抜な発想を絶妙な自然さで描いていて味わい深い作品となっていました。


さて、そんなえすとえむさんですが、作画といいますか何といいますか、独特な画面構成を行う作家さんでもあるのです。今回はそれに関してつらつらと書いてみようかと思います。


これに関しては実質どのページを用いても同じなので、便宜的に冒頭のほうから引用しておきます。
こちらをご覧ください。



えすとえむ『はたらけ、ケンタウロス!』6ページ。)

この単行本の中心となるエピソード、「健太郎」の冒頭です。若干寝坊をしてしまった健太郎が慌てて身支度を整えて出勤する、ごく当り前の社会人の日常が描かれていると思いきや、実は・・・という場面。上半身や顔のみを描写しているのがミソです。



えすとえむうどんの女』6ページ。)

大学の学食で働く村田さん(35)と、油絵科の学生キノ君(21)が初めて会話らしい会話(?)をする場面。そして毎日うどんばかりを注文するキノが気になり始めた村田さんは、様々な妄想を繰り広げていきます。そして無闇に大量のネギをうどんに投入する村田さんを意識し始めたキノ君もまた・・・という流れです。


さて、2つの作品の冒頭を並べてみましたが、とある違いがあることにお気づきでしょうか?
まぁ一目瞭然かと思いますが、間白の描き方ですね。


「間白」という言葉はあまり聞き慣れないかもしれませんが、マンガ評論・研究の分野において画期的な一冊『マンガの読み方』で提唱された、「コマとコマの間の空間」を示す用語です。


マンガの読み方 (別冊宝島EX)

マンガの読み方 (別冊宝島EX)


うどんの女』ではスタンダードなかたちでの間白になっているのに対し、『はたらけ、ケンタウロス!』では(やや太めの)線のみでコマが分けられているのがお判りかと思います。
実はこの違い、明確な意図がある(と思われます)。
大まかに分けると、BL作品だと線のみ、一般向だとスタンダードなのですね。正確に書くと『うどんの女』と『このたびは』の2冊がスタンダードな間白で、それ以外の作品は線のみとなっています(自分も全作品をチェックした訳ではないので間違いはあるかも)。『はたらけ、ケンタウロス!』をBLとするかどうかは意見が分かれるところかもしれませんが。*1


しかしながら、何故この違いがあるのかが判らないのが実情でして。(´ω`;)
デビューがBLで、単行本の数も圧倒的にBLのほうが多い点から、線によるコマ割りがほんらいのえすとえむさんの描き方であろうということは推測できます。つまり『うどんの女』とかでの間白の使い方のほうが(えすとえむさんにとっては)珍しいケース。
えすとえむさんは実にリアリティの強い身体描写が特徴なので、より大きく、広いスペースを用いて描写をするためかもとか、幾つか仮説を立てることも可能ですが、あくまで仮説の範囲を出るものではありませんな。「なんとなく」かもしれませんし。
うどんの女』『このたびは』は共に祥伝社、「フィールヤング」とかで掲載された作品ですので、編集サイドから「このコマ割りは読者が違和感を感じるかもしれないので普通のコマ割りで・・・」とか言われた可能性もあるかもしれませんな(妄想の類なのであまり真に受けないようお願いします)。


しかしながら、スタンダードなコマ割りを基調にしつつも、やはり持ち味(と思われる)線のみのコマ割りは『うどんの女』でも用いられています。



えすとえむうどんの女』5ページ。)


村田さんが考えごとをしながらうどんを作っている場面です。
1つのコマが、線で3分割されているのがお判りかと。このように「1つのコマを線を用いて複数のコマの如く分割する」という技巧は、他のページでも用いられています。*2特定の人物の短い時間での動き(心理的にも身体的にも)を表現する際に用いられている傾向が強いと感じました。先に言及した『マンガの読み方』において、間白を消滅させることで時間秩序の崩壊を表現した例を取り上げており、*3間白と(マンガにおける)時間には少なからぬ関係性があると考えます。



(同書130ページ。)


こちらは、「とある場面」での村田さんの発言に気まずさを憶えたキノ君がその場を立ち去ろうとし、それを村田さんが追う場面。物語の山場とも言える箇所です。連載時には「ヒキ」になったところでもあります。
このように、大ゴマで見せる重要な場面では、線によるコマ割りが増える傾向があるようです。また上述の「短い時間での動き」も含まれているように思われます。



と、幾つかの事例を挙げてみました。
一般向作品では効果的に用いているぶん、ある程度「線のみのコマ」の意図が汲みやすい(ような気がする)のですが、やはり全篇を通じて線のみのコマ割りのBLでの意図となると少し掴みかねるところがありますな。


ということで、些か尻切れ蜻蛉な感もありますが、今回はこのあたりにて。

*1:BLの最大手であるリブレ出版が出しているレーベル(ZERO COMICS)から出ている単行本なので、BLの棚に置かれるのが普通だったりはします。非BLではあるものの、少なからずBLの香りを残していたりする場合も。

*2:4ページ、76ページ、105ページとか。

*3:別冊宝島EX マンガの読み方』185ページ。