瀬口忍さんの『囚人リク』、面白いですね。
現在「チャンピオン」で連載している作品のなかでも、トップクラスの熱さを持った作品だと思います。
- 作者: 瀬口忍
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2013/05/08
- メディア: コミック
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隕石直撃により壊滅状態になった東京のスラム街で暮らしていた少年・リク。リクはスラム街に駐在する交番のおじさんを、実の親のように慕っています。しかし、警視総監・鬼道院の汚職を独自に調査していたおじさんは、鬼道院の手によって殺されてしまう。そしてその罪を着せられたリクは、懲役30年を科せられ「極楽島特級刑務所」へと収監されてしまいます。鬼道院への復讐を誓ったリクは、脱獄不可能とされる極楽島特級刑務所からの脱出を決意する・・・、という筋書きです。
脱獄を巡る囚人と看守との駆け引き、囚人同士の絆・友情等が高密度で盛り込まれ、読者の心を摑んで離さない展開が続いています。
先月(5月)に発売された11巻では、脱獄計画への疑惑を持ち、その事実を摑むことで自らの出世を目論む冷酷な看守・加藤と、加藤によって懲罰房へと送られ過酷な拷問を受けるリクとレノマ(リクと共に脱獄の誓いを立てた、リクの所属する木工場のボス)、そして二人を助けようと奔走するレノマの部下たち、三つ巴の駆け引き・攻防が描かれます。
さて、今回取り上げるのは、10〜11巻で大きな存在感を示す加藤看守についてです。
実際に読んだ方はお判りかもしれませんが、加藤看守は一挙手一投足に無闇に存在感がある。判りやすい例を挙げてみます。
上の画像は、なかなか脱獄の確証を摑めない加藤看守が、証拠を捏造してリクとレノマを陥れることを決意する場面。
下の画像は、その証拠捏造に手を付け始めた箇所になります。
異様にケレン味溢れているのが、見て取れるかと思います。ストーリー展開から大きく浮いた印象を受ける、一歩間違えるとギャグと捉えられかねないギリギリのポージング。
何らかの意味、或いはインスピレーションがあったのか、非常に気になるところです。
そんな中、個人的に最も気になったのが、加藤看守の「目」の描写なのですね。
こちらも例を挙げてみましょう。
加藤看守が脱獄の証拠を摑まんと、昏い野望をあらわにしている箇所。
右目と左目の描写が異なっています。目の焦点も合っていないですね。この表現は、上の画像を最初として、その後しばらくの間用いられます。
このような状態になったのは、レノマに殴られて怪我をしたのが原因ではあるのですが、個人的な所見では、それは後付けと言って差し支えないのではないかと。恐らくそれとは別の、何らかの意図が込められています。
怪我の原因となった、レノマを罠に嵌めようとして見破られ、殴り飛ばされた直後の場面。左目は無傷なのが判るかと思います。また、
怪我がほぼ直っているにも関わらず、右目・左目の描写が異なるケースがあります。
因みにこの箇所は、かつてレノマと取引をした元看守・山岡を脅し、脱獄の証拠を摑もうとしている場面です。
この歪な描写は何なのか。
それに対する1つの仮説を提供してくれるコマがあります。それがこちら。
レノマの部下を始めとする、多くの人物の尽力により、遂に加藤看守は敗北を悟り、膝から崩れ落ちます。非常に特徴的な筆致で描かれているので、印象に残っている方も多いのではないかと。
この描写から、(少なくともこれを執筆していた時期に)瀬口忍さんはキュビズムに強いインスピレーションを受けたのではないか、と。
キュビズムっていうのは、詳細は Wikipedia あたりをご参照戴ければと思う訳ですが、概要を引用すると、
という2点を特徴とする表現様式になります。
有名な作品を1つ挙げると、こちらになりますでしょうか。
(パブロ・ピカソ『泣く女』、1937年制作。)
『囚人リク』11巻148ページの、抽象化され、且つ継ぎはぎされたかのような加藤看守の描写は、少なからずキュビズムの表現に似通った要素があるのではないか、と思う訳です。キュビズムを元に、瀬口忍さんが独自のアレンジを加えた描写なのかな、とも。
それを踏まえて、上で挙げた「目の描写」を考えてみます。
これもまた、「複数の視点による対象の把握と画面上の再構成」という、キュビズムの方法論に基づく描写かもしれない。
冷酷な看守としての加藤の姿と、家庭での良き父親としての加藤という二面性を、複数の顔を持つ加藤看守の姿を、象徴的に表現しているのかもしれない。
まぁ、当然考え過ぎという可能性もありますけどね。(´ω`)
案外、このエピソードを描いていた時期に、ピカソか誰かの作品に接し強い衝撃を受け、作中に盛り込んでみた、という程度かもしれません。それ以前に「特に深い意味はないです」という可能性すら存在する。
とは言え、あれやこれやと推測を重ねてみるのも、マンガの愉しみ方の1つではないかと考える次第です。
といったところで、本日はこのあたりにて。