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市川春子『宝石の国』と、作中の構図について

先月下旬に、今年最大の注目作のひとつ『宝石の国』の単行本1巻が発売されました。


宝石の国(1) (アフタヌーンKC)

宝石の国(1) (アフタヌーンKC)


これまでに短編集2冊、『虫と歌』『25時のバカンス』を発表し、どちらも非常に高い評価を受けていた市川春子さんの、初連載となるのが『宝石の国』です。
1巻発売日直前にはプロモーション映像も公開されました。単行本発売前にこのような映像が作成されることが、注目度の高さを表していると言えるかと思います。



2分にも満たない映像ですが、惚れ惚れしますね。
このアニメーション内で既にストーリーが語られている訳ですが、ある程度物語の概略に触れておきます。ネタバレが苦手な方はご注意を。


遙かな未来、(恐らくは)天変地異により大地が痩せ衰え、全ての生物は海へと逃げる。そして逃げ遅れ海に沈んだ者は微小な生物に食われ無機物に生まれ変わり、永い時間を掛けて人間に近い姿に進化する。それが「宝石」です。宝石は28人存在します。宝石はたとえ粉々に砕かれたとしても、欠片を集めれば再生することができる、不死の身体を持っています。
そして宝石を装飾品にすることを目的として、月からは無数の狩人「月人」が断続的に襲い掛かってくる。
宝石たちと月人との果てなき闘いが描かれる、それが『宝石の国』です。


縦軸となる物語は、比較的シンプルです。
そして横軸となるのが、宝石じたいの物語や関係性です。
物語の主役となるフォスフォフィライト(フォス)は、宝石としては非常に硬度が低く、脆い。更には闘いを支える能力は皆無で、しかも月人好みの色合いを持つ宝石です。彼は「先生」から、博物誌を編纂する役割を与えられる。


彼が博物誌執筆の過程で出逢うのが、シンシャです。シンシャの身体からは無尽蔵に銀色の毒液が流れ出る。その液に触れると、草や土はおろか、宝石の身体さえも深刻なダメージを受けてしまいます。
宝石たちでさえも彼のことを持て余し、宝石・月人ともに活動を止める夜の世界に閉じ込めている(シンシャはその毒液で光を集め、夜でも活動することができる)。


フォスは自分を月人から守ってくれた、そして夜の世界を知る故に未知の知識も多く持っているシンシャに、博物誌作成の協力を頼みます。そのいっぽうでシンシャは、身内からも敬遠される特質を嘆き、月人が自分を攫ってくれることを願っている。
絶望の中にいるシンシャに、フォスは「シンシャにしかできない仕事を見付ける」と約束します。そこから、二人の関係性が少しずつ変化していきます。


性別を持たない、男性にも女性にも見える「宝石」の、恋愛感情にも似たような気持ちを抱えた関わり。市川春子さんは、妖艶と倒錯がないまぜになった宝石たちの姿を描いていきます。
フォスとシンシャの他にも、最高の硬度を持ちながら単一結晶故に脆いダイヤと、多結晶体故に靭性(「宝石」の耐久性みたいなもの)も高く、最上級の戦闘力を持つボルツの関係も見どころです。ダイヤはボルツに対し、嫉妬と憧れが入り交じった感情を携えながら、ボルツと共に闘いたいと願います。そこには確実に、恋愛感情も入り込んでいます。


このように、宝石同士の関係を横軸に、宝石と月人との闘いを縦軸に、物語はゆっくりと進行していきます。まだ謎が多く描かれている故に、今後にも大きな期待を寄せています。





さて、この『宝石の国』ですが、作画や画面構成にも大きな魅力があるように思います。
集中線を殆ど用いない作画も、大きな特徴のひとつですね。1コマ1コマは非常に静的な印象を受ける。しかしながら描かれるのは月人との闘いであり、確かなアクションが描写されています。
自分で描く訳ではないので確かなことは言えないのですが、静的なコマの積み重ねでスピード感を表現するのは、非常に洗練された技術が必要なのではないかと考える次第です。


そして画面構成といいますかキャラクターの配置といいますか、それも実に緻密に考え抜かれているように感じます。冒頭だけでもその印象を強く受ける。



市川春子宝石の国』1巻1ページ。)


まさしく物語の始まりとなるコマです。
5人の宝石たちが、どこかへ向かって軽やかに駈けていく姿。実に美しいです。
そしてこの5人、何れも顔が隠れています。恐らくこれは、考えたうえでそう描いている。
1番右の宝石は顔が画面から見切れている。
真ん中の宝石は、画面の奥のほうを向いている。
奥のほうを駈けている2人は、ショートカットなのでほんらい顔は隠れないが、一番右と真ん中の宝石の髪が、目を隠している。
1番左の宝石は手前を向いているが、後ろを振り向いたために髪がなびき、やはり顔が隠れている。
そしてその振り向いた宝石(モルガ)が次のページでフォスを呼びます。初めて目を含めた顔全体が描かれるのがフォスであり、この物語の主役であることが示されているように思います。


あとは、左右対称の構図も度々用いられていますね。



(同書26ページ。)


月人の襲撃で負傷したモルガとゴーシェ、そして金剛先生と宝石たち。
シンシャと、月人に攫われたヘリオドールを除く26人が揃い踏みしている場面です。
先生を中心に、ほぼ対称になっているのが判るかと思います。
このような構図は、ここ以外にも複数存在します。



(同書86ページ。)


フォスとダイヤが対面で会話をしていた際、フォスの背中側から月人が出現します。
月人を確認したダイヤが、彼らを迎え撃とうと抜刀する場面。これも、フォスを中心に対称に近い構図ですね。更にはダイヤの両脚と刀の鞘で区切られた空間に、月人たちのシルエットが描かれている。実に決まっているではないですか。


20世紀を代表する映画界の巨匠、スタンリー・キューブリック監督の映像を想起させる、実に美的な空間とでも申しましょうか。



キューブリック監督のシンメトリー的視点を集めた映像です。)



と、まぁこのように、実に多くの魅力を持つ作品です。
ご興味のある方は是非ご一読を。といったところで本日はこのあたりにて。



【追記】

因みに『宝石の国』の単行本、プリズム加工が施されています。



実際に手に取ってみると判るのですが、角度を変えると単行本じたいがキラキラと光り輝く、まさしく『宝石の国』に相応しい装丁。
こういった「本そのもの」にも工夫を凝らすことができるのが、書籍という形態の強みのひとつかもしれませんね。是非実際に、手に取って欲しい作品です。