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時折マンガの話をします。

4コママンガのコマ枠、枠の手前と奥の描写

先日、はりかもさんの新刊『うらら迷路帖』を購入しました。


うらら迷路帖 (1) (まんがタイムKRコミックス)

うらら迷路帖 (1) (まんがタイムKRコミックス)


舞台となるのは、うらら(占師)が集まる街・迷路町、ならびにその街にある占い茶屋・棗屋。
物語の中心となるのは、母親を探しに迷路町へと来た山育ちの少女・千矢、占い茶屋・巽屋の一人娘・紺、財閥令嬢の小梅、棗屋の先生・ニナの妹ノノ、この4人のうらら見習い。
彼女らや周囲を取り巻く人たちの日常と、千矢を中心とした見習いの少女たちが、うららとして成長していく様子、ならびに彼女らがそれぞれの目的に向かい進んでいく姿が描かれる4コマ作品になります。


さて、今書いたとおりこの『うらら迷路帖』は4コママンガなのですが、コマの演出といいますか使い方といいますか、表現が実に独特な作品でして、それは前作『夜森の国のソラニ』の頃からはりかもさんの作風として認知されているものであります。


『夜森の国のソラニ』については、既に優れた考察記事が存在するので、そちらを参照して戴ければと。

今回は、『うらら迷路帖』のコマや表現・演出について、実例を引き合いに出しつつ色々と書き連ねてみようかと思います。



(はりかも『うらら迷路帖』1巻20ページ。)


まずはこちらから。
人見知りであるノノが、千矢たちに初めて挨拶をしている場面になります。ノノの頭とポニーテールが、コマからはみ出ているのが判るかと思います。頭に関しては、上のコマを若干侵食しています。傾向としては、4コマの中で特に強く見せたいキャラクターの描写で、この演出が使われているように感じます。
この作品ではこういった描写が非常に多く使われていまして、ほぼ全ページにおいて見ることができますが、実は他の作品では意外なほどに使われていないように感じます。*1例えば昨年最も話題になった4コママンガ『NEW GAME!』では、ざっと読み返した限りでは同様の演出はありませんでした。



次はこちら。



(同書24ページ。)


うらら、ならびに迷路町について、紺とノノが説明している場面になります。シンメトリーの構図が美しいですね。付け加えるならば、先程言及したのと同様にコマからはみ出て、というより最早コマの前にキャラクターが配置されています。更に言うならば3コマ目はコマですらない。迷路町の地図や、うららの位について説明されている図を、コマに見立てている訳です。


「見立て」という点では、次のような演出もありますね。



(同書54ページ。)


住み込みで修行している棗屋の二階の窓から、千矢が夜空を眺めている場面です。夜空を眺めていることは、コマ奥に描かれていることで判ります。手前に描かれている千矢は、その様子を切り取って手前に大きく描いた姿と言えます。
そして注目して戴きたいのが、手前に描かれた千矢の両腕です。コマ枠にもたれかかるような描かれ方をしていますね。これはつまり、コマ枠を窓枠に見立てて描写しているということです。


因みにこういった表現についてより考察を深めたい場合は、伊藤剛さんによるマンガ論の名著『テヅカ・イズ・デッド』がお薦めです。




次はコマ枠そのものについて。



(同書48ページ。)


占いの説明をしているコマになります。コマそのものに意匠が凝らされています。このコマのデザインは、小梅による妄想シーン*2でも使われていて、イメージ映像的な場面で用いられていることが判ります。





(上:同書58ページ、下:同書101ページ。)


今挙げた2枚はどちらも回想シーンです。上はコマの四隅が斜めになっています。
下は、左側が回想シーンです。右側のコマに比べ、枠線が細くなっているのが判るかと思います。
回想シーンによるデザインの使い分けに関してはまだ推測の域を出ませんが、恐らくは回想の性質によって使い分けているのではないかと思います。



では次は、枠外について。



(同書41ページ。)


コマ枠外が黒くなっていますが、これは夜であることを示しています。
まぁ、枠外を塗りつぶす演出は、他のマンガでも回想場面で用いられていたりするのでそれほど目新しくは映らないかもしれないのですが、この作品においては、枠外を別の色で表現することは単純に異なる時間であることを示す記号ではないように感じられます。
むしろ背景そのものとして描かれている印象を受けるのですね。この次のページを見てみましょう。



(同書42ページ。)


コマを取り払ってキャラクターや背景を描く、はりかもさんの作品の白眉と言える演出が用いられています。そして黒く塗られたコマ枠外は、夜空の風景と一体化し、溶け込んでいます。4コママンガという制約を軽やかに越え、広がりのある風景を描くことを達成しているように見受けられる。


コマから飛び出すキャラクターやこのような背景(枠外)の使い方も相俟って、ページ全体に奥行きが感じられるといいますか、空間が存在するような印象を感じるのですね。大雑把な図で説明すると、こんな感じです。



(文字が小さくて申し訳ないです。)


まぁ何と言いますか、真ん中に浮かんでいるコマを起点に、その手前に飛び出てきたり場合によってはコマから外れて、コマの前方や後方で動いているイメージです。非常に自由度の高い空間で描かれている感があります。
しかしそれでいて、かなり厳密に4コマとしてのルールを設定し、遵守してもいるのは見逃せない点です。


上の42ページのコマ、左下に描かれている千矢、ちょっと不思議な構図だと思いませんか?
千矢の頭、冒頭で挙げたノノと同じように、上のコマを侵食しています。仮に空間と捉えると、コマの手前に千矢はいる。それを踏まえた上で、視点を右側にずらしてみてください。髪の毛が、右のコマの後ろに隠れて描かれています。
こういった描き方がまた、作品に独特の空間を生み出しているようにも感じられる訳ですが、ちょっとトリックアートっぽいですよね。


同様の描き方は、他にもあります。



(同書26ページ。)


千矢たちの先生・ニナが占いを披露する場面ですが、ほぼ同じ構図です。
31ページに描かれる、紺がこっくりさんを行う場面も同様。頭部は上のコマに割り込みながら、横のコマに割り込むことはなく、コマの後ろに隠れる訳ですね。
つまりこれが先程書いた「4コマとしてのルール」でして、縦4コマを1つの単位として捉えた場合、一方の単位がもう一方の単位を侵食することはないのですね。
これもまた、大雑把な図で説明してみます。



このような描かれ方がされることはなく、



このように描かれるということです。
少なくとも自分が確認した限りでは、例外はありません。このように厳密にルールを決めることにより、『うらら迷路帖』は4コマであるということが保証されている。そしてその枠組みのなかで様々な表現を駆使し、実に洗練された、独自の空間を作り上げることに成功しているように感じます。



ずいぶん長々と書いてしまいましたが、お薦めの1冊です。
ご興味のある方は、是非ご一読を。
といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:自分はそれほど多く4コマ作品を読んでいる訳ではないので、単に知らないだけという可能性も充分ある訳ですが。

*2:はりかも『うらら迷路帖』85ページ。