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『天気の子』並びに新海誠監督作品に関しての覚書

新海誠監督の最新作『天気の子』、個人的な印象では、控えめに言って最高でした。

 

鑑賞後、思わず舞台探訪みたいなこともしてしまいました。

 

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『天気の子』舞台探訪①:田端駅南口の坂。陽菜の代わりに工事のおっちゃんがいた

 

https://www.instagram.com/p/B0Qquv6AHUA/

『天気の子』舞台探訪②:例の鳥居があった代々木会館。間もなく取り壊しになるとのこと

 

1度目を観た時点での感覚としては、「嘗て『セカイ系』と呼ばれていたものを、15年以上磨き抜き研ぎ澄ませた結果、それを超える何か別のものになっていた」というものですが、正直なところ巧く言語化できていない状態です。

なので、思考を整理するために、『天気の子』とその他新海誠監督作品に関して、思いつくままに書き連ねていきます。

 

 

半ば自分用メモなので断片的な内容になりますが、ある程度内容には触れるので未見の方はご注意ください。

 

 

『天気の子』に関して 

  • 『天気の子』ではヒロイン(陽菜)との別離が描かれる
  • 世界を選ぶか、陽菜を取るかという選択を迫られるも、後者を選ぶことに躊躇がない
  • 上記2つの項目に関しては、新海誠監督がその名を知らしめた『ほしのこえ』並びに初劇場作品『雲のむこう、約束の場所』にも共通する部分がある
  • とりわけ『雲のむこう、約束の場所』に関しては、『天気の子』の原型・プロトタイプと言っても差し支えない
  • 18禁PCゲーム(エロゲー)の話・並びに二次創作にも似た幻視を異様な熱量で語る向きもあり非常に面白く読んだが、自分はエロゲーをまったくやらずに過ごしてきたので語ることはできず 

  • リンク先まとめに関しては、宇田川岳夫さんの名著『フリンジ・カルチャー』における「偽史的想像力」ってやつなのかなと考えたりも
フリンジ・カルチャー―周辺的オタク文化の誕生と展開

フリンジ・カルチャー―周辺的オタク文化の誕生と展開

 

 

 

ほしのこえ』』に関して

ほしのこえ

ほしのこえ

 
  •  別離が描かれるのは後の『天気の子』とも相通ずる点だが、ほぼすべて一人で制作している故の制約ということもあるのだろう、別離そのものと、それによって湧き上がってくる感情みたいなものに絞って描いている印象
  • メールのやりとり・それに要する時間というのもその感情を増幅するための装置だけど、近未来を舞台に設定する場合の難しさというのも感じる
  • ガジェット描写(この作品の場合は携帯電話)はSF作品の宿命というやつだけど、それも含めて味わいだよね、というのもある
  • 戦闘美少女の精神分析』でも取り上げられていたか?執筆年代的にギリギリなところかも(文庫版持っているけど本棚の奥深くにあるため引っ張り出せないのと、読んだのがずいぶん前なので記憶が朧げ)

 

 

雲のむこう、約束の場所』に関して

雲のむこう、約束の場所

雲のむこう、約束の場所

 
  •  上述したとおり、『天気の子』のプロトタイプと言える作品
  • 藤沢ヒロキと沢渡サユリの関係性は、帆高と陽菜と符合する
  • 出逢いと突然の別離、少女と世界のどちらを選択するかというモティーフも同様
  • しかしながら物語の強度に関しては、やはり15年という年月がもたらすものなのか、圧倒的な差を感じるのも確か
  • 少女と世界の選択、という題材の筈だが、「約束の場所である塔へ共に行くことでサユリは目醒め、その直後に塔を破壊することで世界が書き換わることを回避」というかたちを取ることで、主題がぼやけるというか玉虫色になった印象
  • (制作当時の)若さ故か、日本の南北分断・それに伴う国際的緊張・並行世界・闇取引等、いろいろ詰め込み過ぎて処理しきれなかった感もある
  • 並行世界に関する説明・描写も、時間を割きつつも煙に巻かれた気分になる
  • 並行世界の実験中、準主役の白川タクヤが何やら高速タイピング→それを横で見た同僚が速い...!みたいな台詞を放つ→思わず頰が緩む(^ω^ )
  • あのヴァイオリンは...まずイメージイラストが先行していたのだろうか

 

距離感について①

  • 雲のむこう、約束の場所』を観て感じたのが、「地方」の距離感が独特というか、かなりフワッとした捉え方をしている印象
  • 例として挙げられるのが、作中において重要な意味を持つ「塔」の場所
  • 研究施設の映像から、「塔」は北海道のど真ん中、だいたい富良野あたりに位置すると推察されるが、その塔は物語の主要な舞台である青森県北端(青森県大間町あたり?)どころか、条件が良ければ東京からも見える、という設定
  • 因みに青森県北端から富良野あたりまでは400km以上、東京からだと1200km以上ある。400kmは東京から京都手前、1200kmは東京から博多くらいはある距離で、その距離を超えて見える建造物とは...となる
  • 闇取引が見つかり、北海道側から船で逃げる場面があるが、あと3分で国境を云々と言っているのだが津軽海峡は18kmあり、仮に海峡の真ん中までだとしたら時速180kmで航行する必要がある(高速巡視艇で時速74kmくらいらしい)
  • こう考えると、やはり新海誠監督は東京に軸足を置いていることが窺える
  • この作品において東京という舞台は唐突に出てきたような印象も受けるが、街の描写は拘りが感じられる 

 

少しだけ思い出話

  • ライズXは元々バーか何かだったのを改装して映画館にした施設で、38席しかない小劇場みたいな場所だった
  • 背もたれもない丸椅子が敷き詰められ、隣に座る人と接触しそうな状況で、スクリーンを見上げて鑑賞した記憶がある
  • 君の名は。』で興行収入250億を超え、『天気の子』も封切から約2週間で60億を突破している現状から考えると、隔世の感がある

 

 

秒速5センチメートル』に関して

秒速5センチメートル

秒速5センチメートル

 
  •  一言で言ってしまうと、呪いのような話
  • 「桜花抄」で貴樹が明里に会いに行くも、大雪でダイヤが大幅に乱れ目的地(岩舟)に辿り着けない、という一連の描写における焦燥感にはリアリティがある
  • 何故学校帰りに行こうとしたのだ、土日にしなかったのだ貴樹よ...という点については作劇上の都合(深夜の桜とか)と思われるのでそっとしておきたい

 

距離感について②

  • 恐らく「東京から電車で2時間くらいの場所」が、新海誠監督が実感を伴って感じられるギリギリの距離なのではないか(新宿から岩舟まで、スムーズに運行して2時間少々)
  • それを超える(と思われる)距離の場所になると、全体的にフワッとした描写になる印象
  • 君の名は。』の飛騨高山は東京から4時間くらいは掛かるが、糸守湖のモデル(とされる)諏訪湖は2時間半くらいの場所ではある
  • 秒速5センチメートル』と『君の名は。』のあいだに9年の間隔があるので、様々な要因はあるかとは思う(監督自身の力量とか制作費とかその他諸々)
  • 『天気の子』の帆高の故郷である離島についても、触れられることは少ない

 

 

星を追う子ども』について

星を追う子ども

星を追う子ども

 
  •  新海誠監督作品の中では厳しめの評価を受けることも多い作品だが、雲のむこう、約束の場所』と『天気の子』を繋ぐ位置付けだと思われる
  • 少女(アスナ)と地下世界(アガルタ)のどちらを選ぶのか、地下世界の住人・シンは選択を迫られる
  • 厳しい評価に納得せざるを得ない点も少なからず存在する
  • アスナがアガルタの旅を続ける動機付けに弱さを感じる
  • モリサキの経歴が謎。元外人部隊?→アガルタを求めて、アルカンジェリに入って調査?→何らかの手掛かりを得て、アスナの住む村へ代用教員として潜入?
  • 地下世界でも陽が昇っていたけど...
  • 何故ケツァルトルはクラヴィスに弱いのか

 

距離感について③(または妙に歪な設定について)

  • 炊飯器の形状・道路をオート三輪が走っている点・鉱石ラジオとか持っている点等から昭和40年代くらいの田舎?という印象を受けるが、ストーリーの中盤に出てくるアルカンジェリ(謎の組織)の装備やヘリコプターはかなり新しさを感じるし、制服は無闇に現代的
  • 建築技術のみやたらと発達している、エヴァのような世界観なのか?
  • アガルタという世界を描いている故に目立たないが、地上世界(アスナの住む村)の描写じたいもちぐはぐというか、パッチワークのような印象を受ける
  • これらの歪な描写に関しても、田舎・地方に関する認識が、物理的な距離感のみならず時間的な距離感に関しても曖昧(なのかもしれない)なことが要因としてあるかも

 

スタジオジブリ的な方向性の模索について①

 

 

言の葉の庭』について

言の葉の庭

言の葉の庭

 
  • 東京が舞台の中心になるのは、この作品から
  • 雨が重要な役割を果たす
  • 年上の女性(ユキノ)という存在(8/9追記:そういえば『雲のむこう、約束の場所』にもマキさんがいたな、とか『秒速5センチメートル』で貴樹とうまくいかなかった女性・水野理紗も、もしかすると年上?とか思ったり)
  • 梅雨明けと共に、タカオとユキノは出逢う理由を失う
  • 晴れと共に、帆高の前から消えた陽菜と重なる
  • 舞台設定等において、『言の葉の庭』は『天気の子』と共通する箇所が見受けられる

 

スタジオジブリ的な方向性の模索について②

 

 

スタジオジブリ的な方向性の模索について③(『天気の子』対象)

小説 天気の子 (角川文庫)

小説 天気の子 (角川文庫)

 
  • 『天気の子』にも、ジブリを意識していると思われる(或いは観客にそう思わせる)意匠が少なからず存在する
  • かなとこ雲は『天空の城ラピュタ』の「竜の巣」
  • 作中でも、かなとこ雲から竜らしきものが出てくる
  • 陽菜と凪先輩が二人だけで生きようとする姿は、『火垂るの墓』の清太と節子を思わせる
  • 帆高が陽菜を救いに行くシーンの動きは、『魔女の宅急便』でキキがトンボを助ける姿と重なる(手が触れそうになるが離れてしまうところとか)
  • 水没した東京は、『崖の上のポニョ』のような世界
  • 世界のほころびが閉じられなかったのが『天気の子』の世界か
  • それまでとは決定的に変わってしまった世界で、それでもそこで生き続けるのだという「選択した責任と覚悟」みたいなものは、『もののけ姫』のアシタカとサンにも似ている(名前も少し似ているか?)
  • 冨美の声を演じた倍賞千恵子さんは、『ハウルの動く城』のソフィーもやっていたよね(冨美の演技、見事としか)
  • 食事シーンはどちらも美味しそうに見える
  • しかしながら『天気の子』では人生でいちばん美味しいと感じたのがハンバーガーだったり、チャーハンにポテトチップス混ぜ込んだり、レトルト食品の晩餐だったりと、そういうところに新海誠監督の作家性を感じたりもする(パンフレットも参照)
  • 『天気の子』以前の作品の食事シーンはけっこう手作りの食事が多く、それほど貧乏臭さは感じられない点も注目したい

 

 

とりあえずはこのくらいで。

結局考えがまとまったかと言うとそんなこともなく、「夏美さん、良い...」「自分も凪先輩と呼ばせて欲しい」「おっさんは、線路をひた走る帆高の背中に、そうだ走れ!走り続けるんだ!と叫ばないといかんよな」「側から見ると、帆高は妄言を繰り返す狂人にしか見えないかもしれんけど、それでもな」とか考えたりしています。(^ω^ )

 

近いうちに3度目の鑑賞に赴く予定。