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身元不詳の男性が、スクール水着を着用したまま彼岸に向かうということ:同人誌『知られざる行旅死亡人の世界』

 本籍・住所・氏名不詳、年齢30〜40歳位、男性、身長157cm位、小太り、着衣黒色女性用ワンピース、緑色女性用スクール水着茶色のタイツ、遺留金品、金色ネックレス、金色ブレスレット

 上記の者は、平成18年7月23日、大阪市西淀川区••••••○○株式会社○○製作所南側新淀川右岸河川敷にて発見されました。死亡は平成18年7月20日頃、場所不明。死因は溺死。遺体は検視のうえ北斎場にて火葬に付しました。心当たりの方は当区保健福祉センター支援運営課まで申し出てください。

平成18年9月4日

大阪市 西淀川区長 澤田 宣範
(官報号外第201号)

 (コウリョカイ『知られざる行旅死亡人の世界 総集編1』第3版6ページより転載。強調箇所も同書に準拠)

 

この男性は、最期に何を思ったのだろうか。

スクール水着を着て、タイツを履き、恐らくはその上からワンピースを纏い、ネックレスとブレスレットで身を飾り付け、川に身を沈めたときに。

 

 

 

今年の夏コミ、C96には3日目だけ参加することができました。

伝手を頼ってサークル入場ができ、売り子手伝いとかをしつつ欲しい同人誌を捜し回っていた訳ですが、とにかく暑い・人混みがすごいという印象が強い1日でした。東館が使えない・東駐車場に待機列を作れない・南館の新設・初の4日間開催等々、様々な要因が絡み合うなかスタッフ側も手探りでやっていたのだと思います。

 

で、前日とか前々日に軽くサークルチェックをしていた訳ですが、その中に妙に気になったサークルがありまして、当日いそいそと出向いてまとめ買いさせて戴きました。

 

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『知られざる行旅死亡人の世界』。

行旅死亡人」という言葉じたいが馴染みの薄いものですが、明治32年7月1日に施行された「行旅病人及行旅死亡人取扱法」に、以下のように定義されています。

 

第一条 此ノ法律ニ於テ行旅病人ト称スルハ歩行ニ堪ヘサル行旅中ノ病人ニシテ療養ノ途ヲ有セス且救護者ナキ者ヲ謂ヒ行旅死亡人ト称スルハ行旅中死亡シ引取者ナキ者ヲ謂フ

住所、居所若ハ氏名知レス且引取者ナキ死亡人ハ行旅死亡人ト看做ス

前二項ノ外行旅病人及行旅死亡人ニ準スヘキ者ハ政令ヲ以テ之ヲ定ム

 

「行旅」は「旅行」とほぼ同じ意味ですが、この場合重要なのは「住所、居所若ハ氏名知レス且引取者ナキ死亡人ハ行旅死亡人ト看做ス」のほうですね。住所や住んでいる場所、或いは氏名が判らず、引き取り手がいない場合も「行旅死亡人」と看做されるということです。そして、

 

第九条 行旅死亡人ノ住所、居所若ハ氏名知レサルトキハ市町村ハ其ノ状況相貌遺留物件其ノ他本人ノ認識ニ必要ナル事項ヲ公署ノ掲示場ニ告示シ且官報若ハ新聞紙ニ公告スヘシ

 

住所・氏名等が判らない場合は、発見時の状況や身体的特徴・遺留品等、本人確認のために必要になるであろう事柄を官報か新聞に公告する必要があります。

そして官報と新聞では掲載に必要な費用が桁違いであるため、半ば必然的に官報に掲載されることになります。 その公告の中から、何らかの理由で特異な内容となっている事例を収録し、解説を行っているのがこの同人誌『知られざる行旅死亡人の世界』です。

 

 

この同人誌は既にC96時点で既に19冊、10年にわたり刊行し続けているシリーズとなります。画像に上げた総集編はそれぞれ5冊分を収録しているものとなりますが、基本的な構成は実録(or 追録)『行旅死亡人』、『不思議な行旅死亡人公告』、『特集記事』『法令解説』となります。

 

実録『行旅死亡人』(総集編2以降は「追録『行旅死亡人』」)の章は、事例紹介となります。冒頭に引用した「スクール水着着用の男性」もその事例のひとつとなります。

上記事例以外にも、筋肉の一部のみが発見された事例*1旧石器時代の遺跡から発見された事例*2駅構内ホーム下で白骨死体で発見された事例*325年後に人違いと判明した事例*4等、様々なケースが取り上げられています。

その中の事例の一つとして、個人的に印象深かった、何ともミステリアスな雰囲気を湛えた公告を引用しておきます。

 

 本籍・本籍住所氏名不詳、30才位男性、自称、長野県小県郡東部町×××××、丸山国二。一見日雇労働者風で、遺留金59円也

 調査結果、丸山國二30才丸山光太郎29才、何れも家出行方不明、本屍は、生前双方の名前を使用、年令等も近いため、両者何れであるか断定できない。又、両者とは、全くの別人であるやも知れない

 右は、昭和36年11月30日午前4時頃、品川区平塚×丁目×××番地○○荘簡易宿泊所先で、自然病死した者で、行旅死亡人として取扱い、屍体解剖保存法に基き、東京歯科大学に引渡してあるので、心当たりの方は、申し出て下さい。

昭和37年3月

東京都 品川区役所荏原支所
(官報本紙第10577号)

(コウリョカイ『知られざる行旅死亡人の世界 総集編3』10〜11ページより転載。強調箇所も同書に準拠)

 

兄なのか弟なのか(或いは第三者なのか)、何故双方の名前を使っていたのか...情報が限られている故に、あれこれと想像してしまいます。昭和36年、高度経済成長期ではありますが『日本残酷物語』が刊行されていた時期でもあり...とか。

 

 

さて、次は『不思議な行旅死亡人公告』についてですが、これは上でも触れた「行旅病人及行旅死亡人取扱法」第九条「行旅死亡人ノ住所、居所若ハ氏名知レサルトキハ市町村ハ其ノ状況相貌遺留物件其ノ他本人ノ認識ニ必要ナル事項ヲ公署ノ掲示場ニ告示シ且官報若ハ新聞紙ニ公告スヘシ」という法律上の必要性に加え、

  • 公告のフォーマットとでもいうべき文体(「上記の者は〜発見されました。」)
  • 可能な限り丁寧且つ詳細に報告しようとする(公告担当者の心情という要素)
  • 何らかの事情で、逆に詳細な報告が難しい(事件性がある可能性を含め)
  • 公告料との兼ね合い(1行22字あたり1040円) 

等々、様々な要因が絡み合うことが要因で、それを無理やり公告のフォーマットに落とし込んだ結果、何とも奇妙な文面になったものが存在するようです。

  

 本籍・住所・氏名不詳、年齢50〜60歳位の男性で身長165cm位、体格中肉、髪密生(根本より5cm以上が茶黒色染髪)、左足第1趾欠損、右足第2趾以外欠損、臀部右側に小指大(1×1×0.3cm)突起物

 上記の者は、平成22年2月22日午前8時42分頃、旧中川に人が「うつ伏せ」で浮いているのが「ふれあい橋」から見え、ゆっくり流され死亡していた。死亡日は、平成22年2月22日午前6時頃。

遺体は身元不明のため火葬に付し、遺骨は保管してあります。心当たりの方は、当区生活支援部保護第二課まで申し出てください。

平成22年4月9日

東京都江東区長 山崎 孝明
(官報号外第77号)

 (コウリョカイ『知られざる行旅死亡人の世界 総集編1』第3版43〜44ページより転載。強調箇所も同書に準拠)

 

限られた文字数で臨場感を出そうと苦心したのか、「うつ伏せ」や「ゆっくり流され」といった状況説明が入っているのですが、フォーマットに沿った「死亡していた」で締めているために何とも奇妙な文章になっている、という例です。

どうもこの時期(少なくとも平成21〜22年頃)の江東区の公告担当者氏、可能な限り臨場感溢れる文章にしようとする傾向があったようです。他にも何件か、『不思議な行旅死亡人公告』の事例に江東区での例が収録されています。

 

 

では次の『特集記事』に。

『総集編1』では、最初に「伝説の行旅死亡人」が取り上げられています。社会的な注目を集めた事件における行旅死亡人を中心に紹介しているのですが、個人的に印象深かったのはこれです。

 

 本籍・住居・氏名・性別・年齢不詳の人骨、頭蓋骨、大腿骨、下顎骨の一部のみ現存

 この遺体は、平成15年8月7日午後3時10分に、青森県八戸市是川遺跡楢館調査区内の、15世紀から19世紀の地層から発見されたものである。

 死亡の日時は戦国時代から明治時代初期と推定される。所持金品は特になし。

 ついては、身元不明のため火葬に付し保管しておりますので、心当たりのある方は、八戸市福祉事務所生活福祉課までお申し出ください。

平成15年11月10日

青森県 八戸市長 中村 寿文
(官報号外第258号)

 (コウリョカイ『知られざる行旅死亡人の世界 総集編1』第3版65ページより転載。強調箇所も同書に準拠)

 昭和57年9月17日、死後50年位と推定される35歳位の男性の白骨1体、八戸市大字妙字坂中××の×で発見、また死後500年位と推定される性別不詳の人骨1体を八戸市白銀×丁目×の×で発見。

 右の2体は身元引受人がないため市無縁墓地に埋葬、心あたりの方は市福祉事務所まで。

昭和57年10月2日

青森県 八戸市長 秋山 皐二郎
(官報本紙第16703号)

 (コウリョカイ『知られざる行旅死亡人の世界 総集編1』第3版65〜66ページより転載。強調箇所も同書に準拠)

 

前者は戦国時代〜明治時代初期、後者は室町時代末期〜戦国時代の頃のものだそうです。そのような時代の死体であるにも関わらず、淡々と「行旅死亡人」として公告に載せている、そして行旅法(行旅病人及行旅死亡人取扱法)に則り、心当たりのある方は申し出てくださいと呼びかけをしているところに、名状しがたい味わいがあります。

実際に申し出があった場合、どう対応するのかも気になりますね。

また、こういった事例に対しどの法律を適用するかは自治体によって違いがあるようで、青森県は行旅法を適用しているようです(東京都や埼玉県の同様のケースでは、墓地埋葬法が適用されていて、その場合公告は不要とのこと)。

 

 

さて、特殊な事例を中心に取り上げてきましたが、『知られざる行旅死亡人の世界』においては、これ以外にも数年前に話題になった(そして現在に至るまでの問題でもある)「無縁社会」と所在不明高齢者問題や東日本大震災等、社会的に大きな注目を集めた事例ににおいても「行旅死亡人」という観点から調査している他、法令解説も非常に詳細に行っています。

評論同人誌の白眉、と言って良い本ではないかと思いますので、機会があれば是非一読して欲しいですね。

 

因みに「行旅死亡人公告」が掲載されている官報に関しては、インターネットで過去30日間分は無料で閲覧可能な他、平成15年7月15日以降の法律・政令等の官報情報、平成28年4月1日以降の政府調達の官報情報はPDFデータで無料公開されています。こちらも併せて観てみるのも良いかもしれません。


kanpou.npb.go.jp

 

といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:『知られざる行旅死亡人の世界 総集編1』12〜13ページ。

*2:『知られざる行旅死亡人の世界 総集編1』28ページ。

*3:『知られざる行旅死亡人の世界 総集編2』14〜15ページ。

*4:『知られざる行旅死亡人の世界 総集編3』12〜13ページ。