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駆け抜けるは銀河、咲き乱れるは血飛沫、立ちはだかるは宿命。須く読め、狂気に満ちた英雄譚:『メタ・バロンの一族』上巻

ここ1〜2年、BD(バンド・デシネ)を中心とする海外コミックスの翻訳が活気づいています。長らく読みたいと思っていたものの、言語の壁に阻まれ読むことが叶わなかった作品が多かったので、この動きは非常にありがたいですね。
価格に関しては未だに少々しんどいところもありますが、この動きは定着して欲しいところ。


今回ご紹介する作品も、そんな作品のひとつです。


メタ・バロンの一族 上 (ShoPro Books)

メタ・バロンの一族 上 (ShoPro Books)


原作:アレハンドロ・ホドロフスキー/作画:フアン・ヒメネス『メタ・バロンの一族』上巻。
アレハンドロ・ホドロフスキー氏は、映画監督として活躍されたのち、マンガ原作を手掛けられています。『エル・トポ』や『ホーリーマウンテン』はカルト的名作として知られていますね。
そして、今年惜しまれつつ逝去されたメビウス氏の代表作のひとつ、『アンカル』の原作者としてもその名を轟かせています。


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『メタ・バロンの一族』は『アンカル』のスピンオフ作品になります。
『アンカル』の主要キャラクターのひとり、メタ・バロン*1の始祖から現在のメタ・バロンに至るまでの一族の歴史が描かれることになります(上巻では曾祖父母の代まで)。


作品の舞台となるのは、遙か彼方の星々、そして銀河全て。
そこに登場するは千差万別の人種、更には異形のクリーチャー。
帝国の覇権を巡り、陰謀が張り巡らされ殺戮が繰り広げられる。
そして、銀河全体を揺るがす秘密を隠匿しつつ静かに生きてきたメタ・バロンの一族が、その秘密が明らかにされたことで否応無しに運命に絡めとられ、血と暴力に満ちた宇宙へと誘われる。
連綿と繰り返される、メタ・バロンの一族の愛と冒険、狂気にも似た一族の血を巡る諍い。


これらが圧倒的な画力と密度で描かれます。
スペース・オベラ、或いはワイドスクリーン・バロックといった趣。それに加えて、ギリシア悲劇を彷彿とさせる濃密なドラマが華を添える。*2


この物語は、現代(5代目)と過去(初代〜)が重層的に、つづら折りのようなかたちで描かれる。
物語の語り手となるのは、トントとロタールという2体のロボットです。



アレハンドロ・ホドロフスキー/フアン・ヒメネス『メタ・バロンの一族』上巻10ページ。)


左側がトント、右側がロタール。
些か頭の悪いロタールが、長く一族に仕えてきたトントに一族の歴史を聞く、というかたちを取っています。2体の会話は漫才のような、過剰なまでの台詞の応酬となっています。


余談ながら、映画『スター・ウォーズ』の、C-3POR2-D2 を彷彿とさせますね。
或いはそれの原型となった、黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』の太平と又七と言っても良いでしょうか。
狂言回しの系譜は、このようなかたちで繋がっているのだな、と感じたりもします。


そしてやはり、BDならではの圧倒的な画力には唸らされます。
一例として、こちらを挙げてみましょう。



(同書130ページ。)


これは現代の場面。
メタ・バロンの立体映像(映像でありながらも、現実に干渉できる)が、トントたちの住処でもあるメタ要塞を真っ二つにしてしまう場面です。右のコマで浮かんでいる人物がメタ・バロン(の立体映像)。
割れてしまった要塞の断面の描き込みに、驚嘆せざるを得ない。
この他にも、各種クリーチャーの造型、壮麗な宇宙空間・そこにひしめく宇宙船群の描写等、殆どのコマが見応え充分と言って差し支えないでしょう。作画担当のフアン・ヒメネス氏の描く世界を存分にご堪能戴きたいところです。


暴力描写もまた、濃密に描かれる。



(同書40ページ。)


高祖父オトン(初代メタ・バロン)の後ろ姿。彼の足許には、無数の屍が埋め尽くされている。
まさしく血塗られた英雄といった趣を示していますね。そしてこの戦いは、後の数世代にわたり繰り広げられる闘争の、小さな幕開けでしかないのですな。この戦いを契機に、一族は銀河全体を股に掛けた戦いへと身を投じていくことになる訳です。



では次いで、ギリシア悲劇的な側面に目を転じてみましょう。
とは言っても、自分もさほどギリシア悲劇に通暁している訳ではないのですが、幾つかモティーフとして挙げられる要素は、親殺し・子殺し・近親相姦といったところでしょうか(やや偏りはあるでしょうが)。
『メタ・バロンの一族』にはこれらの要素も鏤められ、物語に深みをもたらしています。



(同書164ページ。)


高祖父オトンと、曾祖父アグナル(2代目メタ・バロン)。
銀河のパワーバランスを崩しかねないほどの戦闘能力、更には財力も持つメタ・バロンの一族。しかしその一族の伝統・通過儀礼として、親による子の身体破壊・子による親殺しが重要な位置を示している。半ば宿命という趣も窺えます。ギリシア悲劇のみならず、『金枝篇』とかも思い起こさせますな。


初版 金枝篇〈上〉 (ちくま学芸文庫)

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そしてギリシア悲劇的な要素を見事に備え、圧倒的な存在感を放っているのが、高祖父オトンの妻、オノラータです。
オノラータは、銀河皇帝の危機を救ったオトンに対する報償として、オトンの元へと贈られてきた女性です。その一方で彼女はシャブダ=ウッド一族の魔女でもある。シャブダ=ウッドは銀河の覇権を狙っており、その魔女の力を用いてオトンとの間に両性具有の子を設け、その子供を銀河皇帝の座へと据えようと目論んでいます。*3そういった意図で、オノラータをオトンの元へ送り込んでいる。
しかしながらオトンを愛するようになったオノラータは、メタ・バロンの一族の血脈を繋げることに全てを捧げるようになります。



(同書97ページ。)


オトンと愛を交わすオノラータ。
戦いでの負傷により、不能になってしまったオトンの間に子を設けるためにシャブダ=ウッドの秘術を用い、出産直前の事故により「重さがない」状態になってしまった(それ故に戦士として不適格と看做され、オトンに殺されそうになった)アグナルに剣術とシャブダの秘術を叩き込みます。
そして苦難の果てに一族の繁栄への関心を喪い、愛する者と静かに暮らすことを希望するようになったアグナルを見たオノラータは、メタ・バロンの血を残すためにある手段を取る(それは実際にご自身の目で確かめて戴きたいところ)。
血を繋げるためには、狂気に満ちた手段を選ぶことに些かの躊躇いもない。そして自らの子を手に掛けることも厭わない。驚異的な生命力を持つ存在として、オノラータは描かれています。


オノラータの取った手段が原因で虚無へと向かったアグナルと、その息子テット・ダシエが、銀河の命運を賭けた戦争で対峙するところで、上巻は終わりとなります。
一族の血塗られた運命は如何なる地点へ辿り着くのか。
9月に発売される下巻を心待ちにし、今回はこのあたりまでとしておきます。


須く読めメタ・バロン!

*1:この名前は尊称・称号でして、喩えるならば「英雄王」「征服王」に近いものとなります。

*2:アレハンドロ・ホドロフスキー氏も、古代ギリシア演劇『アトレイデス』を参考にしたうえで、現代に即した神話を作ろうとして出来上がったのがこの作品である、という旨を「日本語版に寄せて」(アレハンドロ・ホドロフスキー/フアン・ヒメネス『メタ・バロンの一族』上巻4ページ。)に記しています。

*3:この世界では両性具有(シャム双生児的な存在)が神聖な存在と看做されています。