文化って、こういうふうに積み重なっていくのかなという話
先日、アルフレッド・ベスター『虎よ!虎よ!』を読了しました。
- 作者: アルフレッド・ベスター,寺田克也,中田耕治
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/02/22
- メディア: 文庫
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SFオールタイム・ベストのような企画があると必ず上位に食い込んでくる作品です。
長らく絶版になっていたものの、ここ1〜2年でベスター再評価の機運が高まってきたようで未訳作品の出版も相次ぎ、この作品も新装版としてめでたく復刻。
早速読んでみたという次第です。
大破した宇宙船に独り取り残され、近くを通過した船にも見捨てられた男ガリヴァー・フォイルの復讐を描く物語。
宇宙を股にかける壮大なスケール、絢爛たる未来描写、夥しいエピソードと矢継早な展開、奇抜なアイデアとそれを表現する独創的な技巧・文体と、非常に読み応え抜群の作品でした。傑作と名高いのも納得です。
そして読んでいて感じたことが。
この作品が(日本の)マンガに与えた影響は大きい。
有名なマンガで、この作品の描写が元ネタになっていると考えられるものが幾つか見受けられます。オマージュとかインスパイアというやつですね。
(人によっては「パクリ」と騒いだりするのかもしれませんが、個人的な印象では異なります。これについては考え始めると長くなるので別の機会にでも。)
以下、3つばかり例を挙げてみます。
『虎よ!虎よ!』のネタバレも含んでしまうので、読む際はご注意を。
まずはガリヴァー・フォイルの特殊能力から。
復讐を遂げようとする過程でフォイルは莫大な富を手に入れます。
その資金を使って、彼は全身を改造する。
そして様々な改造のひとつに、「加速装置」があります。それは右奥歯に取り付けられていて、舌で装置を押すことによって自らの五感が加速状態になり、周囲が超スローモーションで見えるようになります。
つまり、石ノ森章太郎『サイボーグ009』の主役・島村ジョーの能力はこの作品が元ネタです。
サイボーグ009 (第1巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス)
- 作者: 石ノ森章太郎
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 1966/07/01
- メディア: 単行本
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これは有名な話かもしれませんね。
続けます。2つ目は、物語後半に登場するシグルド・マグスマンという人物。
シグルドはテレパスです。つまり相手の心を読むことができる超能力者です。
そしてシグルドは、70歳という高齢でありながら精神的には子供のままなのです。
高齢でありながら精神的に子供というと・・・
- 作者: 大友克洋
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 1983/08/18
- メディア: コミック
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大友克洋さんの代表作のひとつ、『童夢』に出てくるチョウさんが思い起こされますね。
言うまでもないですが、『AKIRA』に出てくるマサル・キヨコ・タカシの造型にも多大なる影響を与えていると考えられます。
因みに大友克洋さんは、この新装版『虎よ!虎よ!』の帯に推薦文を書いています。
そして3つ目。この作品の白眉とも言える、「共感覚」の描写です。
共感覚とは、「一つの感覚が他の領域の感覚をひきおこすこと」。
作中の表現を借りますと、フォイルは「音を光として、動きを音として、色彩を苦痛として、触感を味として、匂いを触感として認識」(393ページ)するという体験をします。
それをフォントや文字のレイアウトを縦横に駆使して表現しているのですよ。
この「共感覚」のくだりを読んで、まず思い起こしたのが『COBRA』です。
Cobra―Space adventure (1) (集英社文庫―コミック版)
- 作者: 寺沢武一
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2000/03
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確か「ソード人」が出てくる話だったと記憶していますが、コブラが闘う敵の超能力(?)で視覚と聴覚が入れ替わってしまうという話がありました。
音が見えて、敵の姿は音として認識されるんですよ。
初めてそれを読んだときは「すごいこと考えるものだなぁ」と感心したものです。
それにも元ネタ(と考えられるもの)はあった訳ですが、より視覚への依存度が強いマンガという媒体で「音が見える」という表現を描いた点は高く評価できると思っています。
・・・改めて『COBRA』を読み返したくなってきました。(´ω`)
このように、『虎よ!虎よ!』は幾つもの作品(或いは幾人ものマンガ家)に影響を与えたと考えられます。
そして石ノ森章太郎氏が描いた『サイボーグ009』やその他多くの作品での繊細な心理描写は後の少女マンガ(とりわけ24年組の作品等)に影響を与え、大友克洋さんの作風は後のマンガ状況を一変させるほどの衝撃を与える訳です。
『COBRA』の他の作品・作家への影響はと訊かれるとちょっと考えてしまいますが、寺沢武一さんはCG・デジタル作画の第一人者でもありますから、もしかすると寺沢武一さんの作品を見てCGを使い始めたマンガ家さんは少なからずいるのかもしれませんね。
・・・このようにして、文化というのは積み重ねられていくのだろうなと考えています。
そういう観点から、昔の作品に接してみるのもなかなか面白いと思いますよ。