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宮崎駿監督のインタビュー集『風の帰る場所』が面白かった

先日、文春ジブリ文庫から、宮崎駿監督のインタビュー集『風の帰る場所』が発売されました。



既にご存知の方も多いかもしれませんが、文春ジブリ文庫は今年4月に創刊された文庫レーベルで、これまでに製作されたジブリ作品の「シネマ・コミック」*1とか、「ジブリの教科書」と銘打たれた解説本等が主立ったラインナップとなっています。
それと併せて、ジブリ関連書籍も文庫として出版している訳ですが、そのうちの1冊が『風の帰る場所』となります。*2


この本は、「Cut」ならびに「SIGHT」の二誌に掲載されたインタビューを単行本化したもので、2002年に単行本としてまとめられたものです。インタビュアーは両誌の創刊者であり、音楽評論家としても高名な渋谷陽一氏。インタビューの時期は1990年〜2001年、『魔女の宅急便』から『千と千尋の神隠し』までの各作品の公開時期近くに行われています。


最初の出版から10年以上が経過しており、つまり『ハウルの動く城』以降の作品についての言及はない訳ですが、インタビューが為された時点の生の声・思考が凝縮されており、且つ現時点(2013年)の視点から読んでみるとまた非常に興味深い内容でしたので、ある程度抜き出しつつご紹介してみようかと思います。



このインタビュー集は、それぞれの作品はもちろんのこと、宮崎監督の思想とか歴史観、文明論的な話やらと非常に多岐にわたります(しかもどの話もめっぽう面白い)。しかしながら非才故に全体の要約が難しいので、興味を惹きそうな2点に絞ってご紹介します。


1点目は、人物評です。
まずは手塚治虫について。


「いや、僕は手塚さんの漫画にものすごい影響を受けた人間なんですよ。それで、自分がそういう仕事をやるときに『このまま仕事に入っては駄目だ』っていうとこまで手塚さんに追い詰められた人間なんですよね」
ーー手塚治虫エピゴーネンになってしまうということですか。
「ええ。彼のスケールを超えることはできないだろうと思って。(中略)だから、二十代のときにひどい葛藤があったんです、自分の中に。そのときに彼がアニメーションに手を出したことによって僕は救われたんです。逆な言い方をすると」
ーー(笑)ああ、なるほどなるほど。
「『こんなくだらないもんやってるの!?』っていう(笑)」


宮崎駿『風の帰る場所』文春ジブリ文庫版67ページ。)

「だから、僕が発言してるのは、手塚さんのアニメーションに関してだけです。手塚さんの漫画を見るのは僕の子供時代においては、その本を一冊、友人から借りるにしても買うにしても、大変な出来事でしたからね。(中略)だから、それについてはね、その尊敬の念とか彼のやった役割については全然疑問を持ちませんけども。彼がアニメーションでやったことは間違いだと僕は思うんです」
ーーそうですね。
「ええ、はっきり思います! 彼のやってたテレビ・アニメーションというのはね、彼は本来ヒューマニズムでないのに、そのヒューマニズムのフリをするでしょう。それが破綻をきたしてるんですよ、『ジャングル大帝』なんかでね」


(同書68ページ。)

「で、周りは結局イエスマンだけになるでしょう。だから、手塚さんが虫プロと別れて手塚プロを作ったっていっても、本当ゴミみたいなスタッフしか集まらないですよ。でも、公的な場所で発言できるものだから、盛大に発言するでしょう。それで、作品ができあがっていくうちにどんどんスケジュールがめちゃめちゃになって、『それは俺が描く』なんて言っても結局描けないから。そうするともう今度は自己防御のために『あれはもう駄目だ』って言いだすんだよね。まだスタッフが努力しているときにですよ。映画を封切る前にです。もうそういう女々しい態度をいっぱい見てきたから」


(同書70ページ。)


宮崎駿監督による手塚批判は有名かと思いますが、*3改めて読むと、実に痛烈です。マンガにおける業績には疑問の余地がないとしつつ、アニメーションの分野での活動はほぼ全否定。
近年、手塚治虫の神話化とでも言えそうな動きが目立ちます。ドラマ化もされた『ブラック・ジャック創作秘話』ですとか、*4コージィ城倉さんの『チェイサー』もそれに該当するでしょうか。*52chでも、手塚作品絡みのスレッドって定期的に立ちますよね。
ブラック・ジャック創作秘話』では、アニメ制作に関わるエピソードも何となく美談っぽい締め方になっていたように記憶しています。
それ故に、宮崎監督のこれらの発言は、実に重要な証言でもあるように思います。そしてこれらの発言が1990年11月、手塚治虫逝去から2年も経っていない時期というのが驚異的です。


そして手塚治虫についての発言に関連してディズニーの話が出てきたりする訳ですが、これまたなかなか手厳しい発言が出てきていたりします。このインタビューの数年後にジブリとディズニーが提携するとは、この時期の宮崎監督は予想もしてはいなかったのだろうな、と思ったりも。



続けては、押井守監督について。

「いや、なにを犬に狂ってるんだ、バカってね(笑)」
ーー(笑)よく知ってますね。
「知ってますよ。人の犬に悪口言ってきてね。(中略)押井守は、なんか犬のために伊豆に引っ越ししたでしょう。家の周りに犬の道路作ったりしてね、そのバカ犬をさ、雑菌に対する抵抗力がないから外に出さないとかね。それを聞いたとき、なにやってんだこいつ、って思ったんですよ。(中略)『そんなに犬が好きなら、愛犬物語作れ』って。くだらないもの作ってないでね。人間の脳みそが、電脳がどうのこうのなんて、そんなんじゃなくてね」


(同書172〜173ページ。)

「いや、観てないんですけど。わかるんですよ。士郎正宗の『攻殻機動隊』は読みましたもん。これ全部入らないから、どうせ適当に意味ありげに語るんだろうって。意味ありげに語らせたら、あんなに上手な男いないですからね(笑)。(中略)要するに押井さんが言ってるのは、東京はもういいやってことなんだろう、だから、伊豆に行って犬飼うんだろうって。自分が短足だからって、短足の犬飼うなってね。そのバカ犬がさ、家の中にウンコとかおしっことかしてると聞くと嬉しくてね」


(同書173ページ。)


犬の話と悪口ばかりなのに、何故こんなに面白いのか。基本的には友人同士(らしい)とのことなので、プロレスの名試合みたいな感じなのかもしれませんな。


他にも、庵野秀明監督や高畑勲監督についても語っていたりするので、ご興味のある方は是非ご一読を。



2点目は、震災についてです。
関東大震災についての言及が幾つかあるのですが、そちらを抜き出してみます。

「(前略)やっぱり八〇年代っていうのはねえ、僕は終末も甘美に見えたんです。だけど、そういう甘美な終末は来ないんですよ。なんて言うんでしょうねえ、例えば関東大震災がきたとしてね、『焼け野原になったらどんなに気持ちいいだろう』って僕はずいぶん思ってましたよ。実際起こったら大騒ぎするだろうと思うんだけど、そういう気分になっちゃう。だけど、焼け野原にならないんだっていうことがわかっちゃったの。ビルの耐震化が進んでますからね、みんな残るんですよ。これはすごいイメージなんですよ(笑)。


(同書96ページ。)

ーーそれから、関東大震災の訓練も結構頻度高くやってますよね。
「ああ、そうですか」
(中略)
ーー僕はあれを見て、宮崎さんの中にあるのは、関東大震災への危機感じゃなくて、むしろ待ち望んでる気持ちなんだなという。
「そうです」
ーー間違いないですよね。
「ええ、待ち望んでたんです。そしたら、この映画最後まで作らないで、幻の名作になれるのにっていう(笑)」
ーーというより、関東大震災でも起きなきゃと思ってるでしょ。
「それはそうですけど、でも起こるなら、絵コンテできなくて困ってるときに起こればいいんだよねぇ(笑)」
ーーいや、これは宮崎さん待ってるなあという。呼ぶための訓練ですよね。
「そうです」


(同書160〜161ページ。)


1つ目の引用は1992年のインタビュー、つまり東日本大震災は勿論、阪神大震災よりも以前の発言です。2つ目は1997年、阪神大震災の2年後になります。
では2011年3月11日以降の、地震関連の発言はあるのかと言いますと、あります。
岩波新書の『本へのとびら』で、言及があります。


本へのとびら――岩波少年文庫を語る (岩波新書)

本へのとびら――岩波少年文庫を語る (岩波新書)

(前略)その次の映画をまさにつくり始めようとしていたところで、絵コンテの一部のラフを描き終わったところでした。
 僕らは、その映画を、つくるか、つくらないか、問われたわけです。歴史的な惨事と体験のなかで自分たちの映画をつくる意味があるかどうか、間のぬけたものにならないかどうか、やめるならやめるしかないと思いました。結論から言えば、僕らはこの映画をつくり続けて良いと考えました。そう思えたことは、僕らにとっては大きな誇りです。僕らはプランに何の変更も加えずに済んだんです。
 これからつくる映画には、関東大震災が出てくるんです。地震の衝撃で今でもその絵コンテを見てくれないスタッフがいます。怖くて見られないと言ってね。そういうことはあるけれど、でも、少しも変える必要がなかったんです。


宮崎駿『本へのとびら』岩波新書、149〜150ページ。)


80年代は、『風の谷のナウシカ』において「火の七日間」と腐海に覆われた未来世界を描き、次作『天空の城ラピュタ』では「バルス!」です。阪神大震災から2年後、つまり『もののけ姫』では、シシ神の森の大破壊が描かれる。そして関東大震災が描かれる映画というのは『風立ちぬ』な訳ですが、プランを変更せずに(=震災の描写を変えることなく)映画を作り続けることに誇りを感じている。
やはり、宮崎駿監督は、破壊・滅亡といった現象そのものに、何らかの拘りを持ち、表現し続けてきたのであろうということが窺える気がしますね。



と、些か長くなりましたが、これくらいで留めておきます。
これ以外にも興味深い話が詰め込まれている1冊なので、未読の方は是非。
といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:いわゆるフィルムコミック。

*2:因みに大塚康生さんの名著『作画汗まみれ』も文庫化されています。

*3:手塚治虫逝去直後の追悼文においても、アニメーションにおける手塚治虫を手厳しく批判したというエピソードが、岡田斗司夫さんの『オタク学入門』で紹介されています。

*4:ドラマの内容は非常に残念だった模様ですが・・・。

*5:『チェイサー』では『ジャングル大帝』を批判していましたが。