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時折マンガの話をします。

スマートフォンでマンガを読む時代における「見開き」の表現について:『怪獣8号』の事例

昨年始め頃まで、マンガを読む際は紙の単行本か kindle電子書籍を購入するかして読むのがメインだったのですが、ここ1年弱はスマートフォンにアプリを入れて読む機会が増えてきました。

 

とは言っても、主に使っているのは「ジャンプ+」で、それ以外はあまり使っていないのが現状ではあるのですが。( ´∀`;)

 

 

本誌の定期購読をしつつ、「ジャンプ+」オリジナルの連載を曜日ごとに幾つか読んでいる、といった感じです。更新が楽しみにしている作品も少なからずありますね。『SPY×FAMILY』とか、連載は完結を迎えましたがアニメ化も決定した『地獄楽』とか。

そんな作品のひとつに、松本直也さんの『怪獣8号』があります。

 

怪獣8号 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

怪獣8号 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 

閲覧数とかは相当多いようなので、読んでいる方も多いと思います。スマホtwitter や情報サイトを見ていたりすると広告で見掛けることも多い(気がする)ので、読んでいなくとも存在じたいは意識している、というケースも多いのではないかと。

昨年12月に単行本1巻が発売されましたので、時期的に『このマンガがすごい!2021』とかにランクインすることはなかったのですが、次回はけっこう上位に食い込むのではないか、と思ったりしています。

 

 

念の為、ストーリーを掻い摘んで書いておきます。読んでいる方は以下しばらく読み飛ばして大丈夫です。

 

=== 概略ここから===

 

舞台となるのは、日常的に怪獣が発生する日本です。地震や台風のような自然災害・天災に似た位置づけとして怪獣が存在する世界といいますか。 

そして怪獣を討伐する「防衛隊」が存在し、討伐された怪獣の解体や洗浄、清掃作業を請け負う民間の業者も存在する。

 

主人公・日比野カフカは、怪獣清掃業者として日々怪獣被害の後処理をしています。彼は子供の頃に怪獣により自らの住む街が壊滅状態になった経験があり、そのときに「防衛隊員になる」という目標を抱きます。しかしながら試験に落ち続け、次第にその夢を諦めて日々を過ごすようになる。いっぽうで「二人で怪獣を全滅させよう」*1 と約束した幼馴染・亜白ミナは防衛隊第3部隊隊長となり、既に数百もの怪獣討伐を果たしています。

 

そんな中、カフカと新人バイトの市川レノ(彼も防衛隊を目指しています)は業務中に余獣*2 に襲われ、共に負傷するも、ミナ率いる第3部隊に助けられます。それを通じて過去を振り返ると共に、レノから防衛隊募集の年齢制限が33歳まで引き上げられることを伝えられ、もう一度挑戦しようと決意します(因みにカフカは32歳、ミナは5歳年下の27歳です)。

しかしカフカが入院先のベッドで寝ていたところ、突然目の前に小型の怪獣が現れる。その怪獣はカフカの口から体内に入り込みます。異変に気付いたレノ(同室に入院中)がカフカの姿を確認すると、その身体は怪獣へと変貌していた......

 

===概略ここまで===

 

と、そこから詳細は省きますが、人の姿に戻れることが判ったカフカは、正体を隠しつつレノと共に防衛隊に入るために試験を受けることになるのですが、単行本1巻では防衛隊員選別二次試験と、試験中に未知の怪獣による襲撃が始まったあたりまでが描かれます。

 

そして自分は連載も追っていますが、改めて kindle で購入して読んでいたのですけれども、読み進めている際、微妙な違和感みたいなものを感じることがありました。 

具体的にはこのページです。

 

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松本直也『怪獣8号』1巻151〜152ページ。※ページ数は kindle 版の位置No. に準拠。以下同じ)

 

実際に怪獣の討伐をしてもらう、という二次試験最終審査の開始を告げる場面。

この見開きを見た際に、どうにも違和感というか、ちょっと落ち着かない印象を受けたのです。何故かといいますと、「開始」の文字が置かれている場所です。

この場合、コマの左下に「開始」の文字があるほうが自然ではないでしょうか?

場所としては、左側にいる少女・四ノ宮キコル(防衛隊員選別試験の最注目株で、防衛隊長官の娘)の右脚あたりですね。右脚が文字で隠れるのを避けたのかと思ったりもしますが、よくよく考えてみるとそれは違う、という結論になります。

 

では何故「開始」の文字が妙に右側にあるかといいますと、この『怪獣8号』という作品が「ジャンプ+」オリジナル連載、つまりスマートフォンで1ページずつ読まれる」ということを強く意識して描かれているから、と推測する次第です。

実際に見てもらうのが判り易いかと思います。

 

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(同上。)

151〜152ページの見開きを分割すると、こうなります。

151ページのみで捉えると、「開始」の文字が綺麗に左下に来ている訳です。

仮に見開き基準でコマの左下に「開始」を置いてしまうと、151ページには「防衛隊員選別試験二次最終審査」の文字だけが存在することになってしまい、次のページに「開始」だけが書かれることになります。加えて、152ページにはフキダシで試験内容の説明が為されています。

日本のマンガの場合、視線の流れ的にはページ右上→左下に向かって動いていくのが自然なので、仮に152ページに「開始」があると、最初に読まれるべき(「防衛隊〜最終審査」の次に読まれるべき)文字が右下にあることになり、視線の流れに齟齬が生じてしまうのです。

 

言い換えると、見開きページであっても1ページごとに必要な情報をまとめている、と言えるかもしれません。

別の見開きを例に挙げてみます。

 

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(同書45〜46ページ。)

 

こちらは概略でも言及した、カフカとレノが余獣に襲われ、防衛第3部隊に助けられる場面です。第3部隊による一斉射撃で、余獣が斃される瞬間が描かれます。こちらも1ページごとで見てみますと、

 

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こうなります。

1ページ目で、余獣の頭部が撃ち抜かれているのが判り、次のページでそれに続いて全身が撃ち抜かれ穴だらけになっているのが判るようになっています。恐らくですが、可能な限りページをまたぐことがないようにしつつ、撃ち抜かれた箇所やオノマトペ(擬音)の位置も計算して配置しているのではないかと考えます。

 

もうひとつ例を挙げると、

 

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(同書83〜84ページ。)

 

こちらは、倒壊した家屋で身動きが取れなくなっていた母娘を捕食しようとしていた余獣を、怪獣となったカフカが殴り飛ばす場面です。このシーンに関しても、右→左に読み進めていくマンガの流れから考えると、

 

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(前掲ページを反転したものになります。)

 

こういう構図になってもおかしくはないと思う訳です。付け加えると、箸を持つ手*3 や水筒のフタを開ける場面*4 、二次試験での銃の持ち手*5 等から、カフカは右利きであることが窺えます。しかしながら、実際に描かれた場面では左手で殴っています。

これも分割して、1ページごとに見てみましょう。

 

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最初のページで殴り飛ばされている余獣の顔と、拳だけが描かれる。

そして次のページに移ることで、その拳が怪獣になったカフカのものである、ということが判る。

 

仮に反転させた場合、最初のページが怪獣になったカフカの姿のみで、次のページで余獣を殴っている、というのが判る、ということになります。

その場合、スマートフォンで1ページずつ読み進めていく、という点から考えると、前のページで余獣の犠牲にならんとする母娘が描かれて、次のページで唐突にカフカの姿のみ、その次のページで殴り飛ばされる余獣の姿、となり、何ともちぐはぐな描写になってしまう訳です。

 

そういった点を考慮し、1ページごとに読んだ際に自然な流れになるかどうかを強く意識したうえで、かなり入念に画面構成を考えているのではないかと思います。

 

付け加えるとこの場面、実際にスマホで読んでみると、フリック入力をすることで殴られた余獣が右方向に飛ばされていき、逆に殴り飛ばしたカフカが左方向から画面の中央に来ます。

擬似的なというか、GIFアニメのような効果があるのですよ(些か誇張気味かもしれませんが)。

 

 

他にも、『怪獣8号』の見開きページを見て気付いたのですが、

 

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画像左側のようなコマ割りをしている見開きページは存在するのですが、右側のようなタイプは(少なくとも1巻の時点では)存在しません。

これは恐らく、右側のタイプのコマ割りは、2ページ見開きで読んでもらうことを半ば前提としたコマ割りだからです。或いは、1ページずつ読むことを想定していないとも言えます。

実例を挙げるのはどうかというのと、全くもって批判するつもりはないのですが、『ONE PIECE』とかで比較的見るタイプですね。複数のキャラクターの行動・アクションを含め上のコマでギッシリと情報を詰め込みつつ、下のコマで台詞の応酬が為されたり。これ、非常にダイナミックな展開と迫力を生む演出だと思うのですが、スマホの画面で読む場合、ページを行ったり来たりする必要が生じたりもするのです。

 

そして『怪獣8号』は、スマホで読まれる=基本的には縦長の画面で1ページずつ読み進められる」という制約故に、読む際に行ったり来たりする必要がないよう計算を重ねた画面構成となり、必然的に画像左側のような、ページで分断されない見開きを用いるようになったと考えられます。

基本的には、1ページまるごと1コマで描かれるページが「見開き」に該当するもので、それ以上の大きなコマを用いる場合も、1ページずつでも違和感なく読み進められ、且つ不自然過ぎないように構図を検討する、といった感じでしょうか。

 

 

ストーリーじたいも非常に熱い展開が続いているのですが、こういった視点から見てみると、また面白かったりするなと感じます(考え過ぎかもしれないですけれど)。

来月に2巻も発売となるので、気になる方はご一読をしてみても良いのではと。

 

といったところで、本日はこのあたりにて。

 

 

【追記】

気が付いたら自分のブログ記事で過去最高のブックマーク数になっていて、予想以上の反響でありがたいです。ブクマコメントも特に荒れてはいないですが、ちょっと興味深いのがあったので取り上げておきます。

 

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個人的な考えだと、マンガを読む際ページの右下から読むってことは(どちらかと言えば)珍しいケースだと思うのでそう書いた訳ですが、最新のマンガ研究・視線誘導の研究とかだと異なるって感じなのでしょうか?( ´∀`)

 

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まとめサイトとか以前に、参考書?というか研究書というか、そういう本を読んでも無知を晒している体たらくなので、id:hiruneya さんにはそういうのをご教示願えれば幸いです。

買ったけど読めていない・読んだけれど憶えていないというのも多数なので、嫌味とかではなくほんとうに教えて欲しいぞ!٩( 'ω' )و

 

【追記その2】

id:hiruneya さんから丁寧な返信を戴きました。

 

これに関しては、自分の語彙の選択というか、説明の仕方が雑過ぎたなというのが正直なところです。雑コラみたいになりますが、仮に該当のコマの左下(キコルの脚の部分)に「開始」の文字があった場合、

 

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152ページだけで見るとこんな感じになりますよね。

スマートフォンで読み進めていた場合、仮に右上のほうから読み進めて下のほうへ視線をずらすと唐突に「開始」の文字が飛び込んできて、「何だこれ?何が開始だっけ?」となって前のページに戻ったりということも有り得るよね、くらいの意味です。

前のページの「防衛隊員〜」をしっかり憶えていて次のページで迷わず右下から読む、というのは珍しいケースかな、と。

それを「齟齬」って言葉で説明したつもりになってしまったのが駄目だったな、と反省しています。

 

また返信記事内での、視線の原則から逸脱させることで時間・感情の動きを操作できるという主張に関してはまったくもって異論を挟むものではありません。読んでいて非常に面白かったです。

*1:松本直哉『怪獣8号』1巻41ページ。※ページ数は kindle 版の位置No. に準拠。以下同じ

*2:地震における余震のように、メインで発生した怪獣「本獣」に付随するかたちで発生する怪獣

*3:同書1巻106ページ。

*4:同書1巻110ページ。

*5:同書1巻156ページ。