マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

1月3日

2016年最初の購入はこちらでした。


杉菜水姫(スギナミキ)作品第二集『花葬』【書籍】

杉菜水姫(スギナミキ)作品第二集『花葬』【書籍】


以上2冊。
『響 小説家になる方法』3巻は、昨年末にうっかり買い忘れてしまっていたのですが、やはり凄いですねこの作品。女子高生の鮎喰響が、天才としか形容しようがない才能をもって着実に文芸の世界に存在を示し始めていく訳ですが、その才能故に周囲の人たちが、自らの立ち位置を揺さぶられていく。
何と言いますか、先日 twitter でも軽く呟いたのですが、主要登場人物全員が薄氷の上に立っていて、且つその下は奈落へと通じているようなところで日々を過ごしているような感覚に見舞われます。そしてそんな中、響だけが平然と歩き回っているような印象。


花葬』はイラスト集です。杉菜水姫さんの描く少女は、清楚な姿から死と頽廃に彩られたような姿に至るまで、どれもまぁ美麗で堪らないですね。かなり値は張りますが、その価値はあると思います。

新年のご挨拶

帰宅したら2016年を迎えていました。
昨年は親父が亡くなったということもあるので、新年を祝う挨拶は控えさせて戴きます。


それにしても、2015年を振り返ると、公私ともに嘗てないほどにドタバタした年でした。親父の件もそうですし、仕事のほうでも、今勤めてるところに入って確か7年になるのですが、いちばんしんどい年だったかな、と。
それも影響して、このブログの更新もずいぶん滞ることが多くなってしまいました。


まぁ、マンガを読むのを止めることは有り得ないので、今後もポツポツと何か書いていくかと思います。今年はもう少し更新頻度を上げるのが目標ですね。


そんな訳で、今年も宜しくお願い致します。

2015年のマンガを振り返る:その1・食事編

前回からちょっと時間が空いてしまったね。まぁ、前に書いたのは2016年のマンガとはそこまで関連はなかったのでご容赦戴ければと思う。
数日前に、『このマンガがすごい!2016』も発売されたことだし、そこらへんにもある程度言及しつつ、今年個人的に面白かったマンガとかの話を徒然に喋っておこう。
その前に軽く触れておくと、『このマンガがすごい!2016』は、2014年10月1日〜2015年9月30日に発売された単行本が対象になっている。だけど自分の場合は、これを喋っている時点で発売された単行本、つまり12月までの作品を対象にしているから、若干ズレがある。特に気にすることでもないとは思うけど、まぁ頭の片隅にでも入れておいてもらえれば幸いだ。


このマンガがすごい! 2016

このマンガがすごい! 2016


いちおうランキングの順位にも触れたりするので、若干はネタバレになるかもしれない。
念のため、続きは収納しておくよ。

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2015年のマンガを振り返る:序章・水木しげるセンセイ追悼編

そうだね、今年も残すところ1ヶ月を切ってしまった。もうそろそろ『このマンガがすごい!2016』を手始めに各種ランキングも出てくるだろうし、個人サイトとかでも管理人の嗜好を押し出したランキングとかを発表する頃合いだ。斯くいう自分も、この時期には面白かった作品をまとめて取り上げたりしている。
例によって今回もそれはやっておこうと思っているんだが、今年に限っては、その前に触れておきたいことがある。


あぁお察しのとおり、水木しげるセンセイのことだ。
先月末、11月30日に、センセイはあちら側へと旅立たれた。その日は仕事だったんだが、休憩時間に twitter を見てみたらTLがざわついていてね、水木センセイの話題一色だった。訃報を受けての様々なコメント・ツイートの類は既にネット上で多数まとめられたりしているから、ここで改めて取りあげる必要はないだろう。


自分の場合はどうだったかって?
そりゃあ、やはりショックだったよ。ずっとそこに在り続けるようなイメージがあったからね。だけど同時に、TLで見掛けたように「取材に行かれたのだ」というような感覚もあるし、ラバウルで親交を深めたトペトロやエプペとも今頃再会しているのだろうとか当然のように考えている。屁をするくらいの当たり前の軽やかさで、あちら側へ行かれたような印象がある。
これまでに描いてこられた膨大な作品群による積み重ねが、死というものに付き纏う哀しみや悲愴感を、フハッと、或いはバオーンとかな、吹き飛ばしているように感じる。


そうだね、水木作品を初めて読んだのは...確か小学校1年のときだったから、かれこれ30年以上は水木作品は自分のそばにあったということになるのかな。人生の8割近くだね。...まぁ、ちょっと離れていた時期もあるから、8割は言い過ぎかもしれないな。
普段は自分語りみたいなのは避けているんだけど、というか語れるほどの自分を持っていないからなんだが、自分の水木体験を語ってみるというのも、たまには悪くないかもしれないね。自分より詳しい・且つ深い敬愛を抱いている方は幾らでもいらっしゃるだろうし、そういう方々にとってはさぞかし薄っぺらな話になるだろうけど、そこはご勘弁願いたい。


さっき言ったとおり、初めて水木作品を読んだのはたぶん小学1年のとき。小学校に入学して最初の友達が、家に誘ってくれてね、彼が『ゲゲゲの鬼太郎』の講談社版をかなり揃えていたんだ。新書版の、黒い背表紙のやつだね。手に取ったのは確か14巻だったかな...「赤舌」とか「大首」とか出てくる巻だ。
とにかく面白い。鬼太郎が悪い妖怪を、髪の毛針やチャンチャンコ、下駄とかを駆使して退治していく痛快さ。見たこともない数々の妖怪の造型。
あとは講談社版だと18巻だったかな、『鬼太郎のお化け旅行』が収録されていてね、これが凄く好きだった。当然今でもね。ただこれは後々気付くことになるんだけど、講談社版は収録されていない話が幾つかあったね。確か「ブードー」は収録されていない筈だし、他にももう1話くらいは未収録があったと思う。
それと17巻の筈だけど、この巻は『鬼太郎夜話』が収録されている。何というか、他の「鬼太郎」とはまるで異質な雰囲気、おどろおどろしさみたいなのを感じてね、最初は少し苦手だったんだ。怖かった、っていうことかもしれない。でも何か気になるんだよ。ちゃんと読むのは少し後になるんだが、それはまた追って話そう。
ちょうどTVアニメの第3シリーズも放映していた時期でね、そりゃあ夢中になったものさ。


丁度その頃は、やはり第3シリーズがヒットしていたのも影響しているのかな、色々な種類の「鬼太郎」シリーズが書店に並んでいた。さっき触れた講談社版の他にも、ボンボンでやっていた『最新版 ゲゲゲの鬼太郎』にマガジン版の『新編 ゲゲゲの鬼太郎』、あと『新ゲゲゲの鬼太郎』もあったかな。『最新版』はぬらりひょんが総大将で、帝国軍人みたいな格好をしているやつだね。『新編』はシーサーが出てくるやつだ。『新』は、これは1冊しか持っていなかったから確証はないんだが、1970年代後半の作品を集めたやつだと思う。自分が持っていたのは『雪姫ちゃんとゲゲゲの鬼太郎』が収録されていた。今だと角川文庫版に該当するやつじゃないかな。
あの頃は何故か、適当な巻数から買うってのを当たり前のようにやっていたんだよ。何でそんな買い方をしていたのか自分でも良く判らないんだが、「鬼太郎」は基本的に1話完結型、複数話に及んでも巻をまたぐことは殆どなかったから、そういう買い方でも問題なく楽しめたんだ。最近はそういうマンガは少なくなってきているね。


ちょっと脱線するけど、さっき触れた「最初の友達」、彼はアニメもいろいろ薦めてくれてね。『ドテラマン』とか『魔神英雄伝ワタル』を知ったのは彼のおかげなんだ。『ワタル』は地元では放映局がなくてね、殆ど映らないような隣の県の局の放送を頑張って観たりしてね。あと、『ワタル』は自分だけじゃなく、姉貴もハマったんだ。その影響だと思うんだが、次第に姉貴は「アニメディア」とか「ファンロード」とかを買ってくるようになる。模写とかを始めて、しばらくするとオリジナルのキャラクターを描いたり、スクリーントーンとか買ってくるようにもなる。姉貴がマンガ家になった出発点は、たぶん彼が薦めてくれた『ワタル』があるように思う。
彼とは中学までは仲が良くて、高校が別になってしまってしばらく疎遠になっていたけど、何年か前に久しぶりに再会してね。今は某大学で准教授になっているよ。水木センセイは勿論のこと、諸星大二郎さんの作品も好きなようでね、盆や正月にタイミングが合うと飲んだりするんだけど、次に会ったときは水木センセイの話が肴になるだろうな。


あぁ済まない、全然関係ない話をしてしまったね。
自分の家は、まぁ有り体に言えばそれほど裕福な家じゃあなくてね、まぁ親父が商売に失敗してしまったからなんだが。それもあって、お世辞にもマンガやゲームを買い漁るようなことはできなかった。月に1冊とかそういうレベルでね。だから水木作品もそうおいそれとは手に入れることができなかったんだが、たぶん誕生日かな、『悪魔くんの悪魔なんでも入門』を買ってもらったんだよ。小学館入門百科シリーズだね。これはほんとうに繰り返し読んだな。巻末のほうに収録されている怪談がまた良くてね。「鬼婆」のエピソードと挿絵は今でも印象深い。


それと今、親父が商売に失敗した、って言ったけど、その後どうしたかっていうと、遠洋漁業の船に乗ってたんだ。いちおう船長だったらしい。元々そういう仕事をやっていて、地元で商売始めたけど失敗して、また戻ったということだな。そっちのほうが向いていたんだと思う。時折国際電話をかけてきてね、今エクアドルにいるとかケープタウンにいるとか言うんだよ。それで年に1回くらい戻ってきて、1ヶ月前後いて再び船に戻る、っていう感じだったんだけど、戻ってくるときに何か買ってきてくれる訳だ。
小学3年か4年の頃かな、帰ってきた際に買ってくれたのが、朝日ソノラマ版の『ゲゲゲの鬼太郎』全8巻セットだったんだよ。あの無骨な背表紙とゴシック体のタイトルが特徴のソノラマ版だ。これはほんとうに嬉しかったね。これも何度もなんども、繰り返し読んだものだよ。「大海獣」に「妖怪大戦争」、「吸血鬼エリート」や「妖怪反物」...どれも忘れがたい名編だ。


...ファミコン?あぁ、『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境』のことか。実はあれは持っていなくてね...。ファミコンは1本の価格がどうしても高くなるしね。攻略本だけ買って読んでいたよ。あの頃は、欲しいけど買えないゲームの攻略本だけ買って読む、みたいなことを時折やっていたね。
『妖怪大魔境』はアクションゲームで、特定の条件を満たすとボスがいる「妖怪城」ステージに行って戦うことになるんだ。原作だとかまいたち・二口女・たんたん坊が根城としているあの城だね。それでその妖怪城のボスは8体いるんだけど、最後に戦うことになるのが何故か漬物好きの妖怪「ほうこう」なんだよね。今考えると渋すぎるチョイスだよ。4種類の属性を持っている、というのが、強敵の設定として丁度良かったということなのかな。


印象に残っている妖怪か...そうだなぁ、当然どれも魅力的なんだけど、「何でも食べてしまう妖怪」かな。具体的に挙げると3体、ヤカンズルと野づちと妖怪ヅタだね。ヤカンズルは「悪魔ブエル」の回に、野づちは「ひでり神」の回に、妖怪ヅタは『新編 ゲゲゲの鬼太郎』に登場する、家に一本足が生えている妖怪が出てくる話に出てくる。野づちはその他にも出てくるかな。この妖怪たち、近くにあるものを何でもかんでも食ってしまうし、基本的に何考えているのか判らない。野づち以外は、台詞すらないからね。怖いんだよ。個人的にはヤカンズルがいちばん怖かったな。



他に読んでいた水木作品か...ほぼ同じ時期には『悪魔くん』もあったりするんだが、何故かその頃はあまり読まなかったんだよね。『悪魔なんでも入門』は読んでいるのにね。
そうそう、自伝は読んだ。学校の図書室に、ポプラ社から出ている「のびのび人生論」シリーズというのが並んでいてね。有名人が書いた自伝をシリーズとして刊行しているんだ。マンガ家も何人か名前を連ねていてね、それを読むのが個人的にブームになった時期があるんだよ。石森章太郎さんの『レオナルド・ダ・ビンチになりたかった』や赤塚不二夫さんの『ボクは落ちこぼれ』は読んだね。そんな中でも群を抜いて面白かったのが、水木センセイの『ほんまにオレはアホやろか』だった。これは今、新潮文庫になっているね。


ほんまにオレはアホやろか (新潮文庫)

ほんまにオレはアホやろか (新潮文庫)


戦争体験は勿論のこと、全員受かると言われるような学校に1人だけ落ちてしまったりとか、借金取りから逃げて時間つぶしをするエピソード、もっと細かい「バナナは腐って黒くなったほうが甘くてうまい」みたいな話に至るまで、どれも箆棒に面白くてね、ページをめくる手が止まらないんだ。あと、この本を読んで初めて、水木センセイが戦争で左腕を失くしているということを知った。数々の作品を、片腕で描いているということが衝撃だったね。



...と、主に小学校の頃の話を長々としてきたけれど、中学校〜大学あたりまでは、実はそこまで熱心に追い続けているとは言えない。『カランコロン漂泊記』とかは読んだりしているんだけどね。この時期は、どちらかというとゲームとか、あとは映画に熱中していた時期だ。
ただ、この時期に観た映画や、読み漁った映画関連の本から得た知識とかが、後々の自分のマンガの読み方にも少なからず影響を与えるのだから世の中判らないものだ。


映画への興味が少し落ち着いてきた時期、本格的にマンガの収集を再開し始めた。大学を卒業するかしないかの時期だったかな。その頃はマンガの蔵書数は500にも満たなかったが、今は推定で6000〜7000冊くらいだ。思えば遠くに来たものだと思うね。
映画にハマっていた時期もそうだったが、自分はどちらかというとクラシック志向みたいなのがあってね、昔の作品もちゃんと観たい・読みたいというのがある。当時、集めるのはどちらかというと文庫版・復刻版の名作に比重を傾けていた。必然的に、水木センセイの本を再び良く買うようになる。
自分の中で、再びブームが再燃した訳だ。


何を買ったのかって?...まずはちくま文庫から出ている水木センセイの著作は基本だ。あとは角川文庫版も集めたし、扶桑社文庫から出ている『その後のゲゲゲの鬼太郎』も買ったな。あとは、復刻版だと、太田出版から出た復刻シリーズ「QJマンガ選書」ってあるだろう?あれの最初を飾ったのが『定本・悪魔くん』、所謂「東考社悪魔くん」だ。余談だが、あのシリーズのきっかけになったと思われるのは徳南晴一郎『怪談 人間時計』なんだけど、あれはシリーズの0巻という位置付けになっている。
あのシリーズ、自分が収集を始めた頃はギリギリ書店に普通に置いてあった時期でね。何とか全部揃えることができたよ。装丁の関係で汚れやすいのが難点だけど、今も大事にしている作品群だ。


怪談人間時計 (QJマンガ選書)

怪談人間時計 (QJマンガ選書)


それにしても、角川系列ってどうして背表紙をコロコロ変えるんだろうね。角川文庫版、買っているうちに背表紙がマイナーチェンジしたりして、買い直す羽目に陥ったことが何度かあるよ。ライトノベルを良く読む方なら、角川スニーカー文庫富士見ファンタジア文庫の装丁変更に歯嚙みしたことがあるんじゃないかな。電撃文庫も、一時期四角いバーコードが背表紙に付いたことがあったしね。


済まない、また話がずれてしまったね。
それで、また水木作品を読むようになる訳だが、そうすると、いろいろと気付くことがあるんだ。


ちくま文庫版を集めて読んでいて、何か違和感があったんだよ。まず収録順がまちまちで、年代順にはなっていない。まぁこれは何らかの編集方針なのかと思うんだけど、収録されていない話があるんだよ。
具体的に言えば「鬼太郎の誕生」。朝日ソノラマ版だと、確か5巻に収録されていた。それが、どこを引っ繰り返しても見当たらないんだ。ちくま文庫版の『鬼太郎夜話』の表紙は、墓場から出てきた赤ん坊の鬼太郎であるにも関わらず、だよ。更に言えば、その『鬼太郎夜話』じたいにも、誕生のシーンは描かれていない。これはいったい何だろう、って思うよね。


鬼太郎夜話 (ちくま文庫 (み4-16))

鬼太郎夜話 (ちくま文庫 (み4-16))


そして、確か世界文化社から出た『水木しげる貸本傑作大全』だったかな、これは確か定価9000円とかで、けっこう無理して買ったんだけど、これに収録された「鬼太郎」は、これまでに読んだどれとも異なったりする訳だ。



それで、先に挙げた『定本・悪魔くん』の解説を読んだり、それ以外にもいろいろと調べてみて、水木センセイの有名な作品、『鬼太郎』や『悪魔くん』、あと『河童の三平』もだね、実に様々なバージョンが存在することが判ってくる。貸本時代に描いたものや「マガジン」連載版、「ガロ」版、エトセトラエトセトラ。
更には竹内版、所謂「ニセ鬼太郎」の存在とかもかな。
貸本時代の作品には、数十万円レベルの値段が付いているものもある、とか。
それなりに読んだつもりであっても、いや読めば読むほど、水木作品の全貌が良く判らなくなっていくんだよ。いったいどれだけ描いているんだ、ほんとうに妖怪なんじゃあないか、ってね。


あとはそうだ、ある程度歳を重ねて読んで面白く感じるようになったり、昔読んだ時には見えなかったものが見えてくるようになる、というのもあるね。
さっき、最初に読んだ水木作品として講談社版の14巻の話をしただろう。あの巻には「死神」の話が収録されているんだ。ある日ねずみ男の元に死神がやってきて、「自分はねずみ男の兄だ」と説明して、ねずみ男はそれを信じるんだ。そして死神は言葉巧みに鬼太郎親子に取り入っていくんだが、実は死神は魔女と結託して、鬼太郎親子を亡き者にしようと目論んでいるんだよ。そしてねずみ男はそれをしらないまま、死神に協力してしまう。そして死神と魔女が倒されてしまった後、ねずみ男は妖怪たちから石を投げつけられたりして追放されるんだよ。最後にねずみ男が独り佇む姿と「おらあ孤独だ」の台詞。
このねずみ男の哀しみ。子供の頃にはまったく気が付かなかったんだよ。あの頃は、純粋に鬼太郎に仇なす嫌な奴、みたいに思っていたかもしれない。こういう、多様な読みを可能にさせるのが、長く愛される要因のひとつなのかもしれないな。


そうそう、ねずみ男を軸にして読むというのなら、「妖怪大戦争」も面白いぞ。日本妖怪と西洋妖怪の対決が描かれる訳だが、ねずみ男はそれに連れて行けと鬼太郎に頼むも、「半妖は役立たずだ」って却下されるんだ。それでも諦めきれないねずみ男は、鬼太郎一行の筏に、たらいにのって追いかけていって、何とか加えてもらえるんだよ。しかし西洋妖怪との対決で日本妖怪は次々と、あまりにもあっさり散っていく。そしてねずみ男は捕らえられ、敵側に洗脳されてしまうんだ。激しい戦いの末、日本側で生き残ったのは鬼太郎と洗脳が解けたねずみ男だけ。最後のねずみ男の台詞は後悔が滲んでいる。
何か力になりたいと願いながら、自分ではどうにもならない大きな力に翻弄されて、何の力にもなれないまま仲間は力尽き、自分は生き残ってしまった物語として読めるんだな。


あとはそうだね、「鬼太郎」にもいろいろなバージョンがあるということはさっき触れたけど、1970年代後半かな、「週刊実話」に掲載されたやつとか、同時期の短編とかが、また独特の雰囲気があって面白いんだよ。大人向けを志向した作品群っていうのかな、一言でいうと俗っぽい。鬼太郎がタバコふかしながらパチンコやったりしているし、野球したり女相撲みたいな話もあったと思う。一度読んでみると良いよ。
風刺的な作品もあったりしてね、これは先に挙げた『新ゲゲゲの鬼太郎』の、自分が持っていた巻に収録されていたんだけど、「終末株式会社」っていう短編がある。たぶん発表されたのは、五島勉氏の『ノストラダムスの大予言』が一大ムーブメントを巻き起こしていた時期だ。その風潮を、実に棘のあるユーモアをもって風刺した作品なんだ。これは自分のお気に入り作品の1つだよ。


さっき映画にハマっていた時期があるって言ったよね。いろいろ映画を観ていると、それをマンガに使っていたりするのが判って面白いんだよ。まぁこれは水木センセイだけじゃなく、石ノ森章太郎さんや藤子不二雄先生とかもよくやっているし、何も映画だけじゃないんだけどね。
石ノ森章太郎さんで言えば、『サイボーグ009』の「地下帝国ヨミ編」のラストシーンは元ネタがあるっていうのは有名な話だし、『原始少年リュウ』では映画『白鯨』のクライマックスを元にしている場面がある。藤子先生だと、『のび太の宇宙開拓史』でののび太ギラーミンの対決は『ヴェラクルス』っていう映画の決闘シーンのオマージュだ。『ヴェラクルス』については『まんが道』の中でも言及されているよね。


で、水木センセイだけど...『鬼太郎ベトナム戦記』っていう作品があるんだ。タイトルどおり、鬼太郎一行が戦争真っ只中のベトナムに行って、そこで背後に蠢めく妖怪たちを退治する話なんだけど、その作品のラストシーンは「ベトナム人の少女が、傷つきながらも赤い旗を掲げて前進していく」姿が描かれる。これね、たぶんだけど、旧ソ連を代表する映画監督の一人、フセヴォロド・プドフキンの代表作『母』のラストシーンがモデルになっている。ただこの作品、1926年の映画でね。ビデオすらなかった時代にどうやって知ったのか、未だに判らない。名画座とかでやったことがあるのかな。もしかすると、確か水木センセイのお父上が相当な映画好きだった筈だから、資料になるようなものを貰っていたのかもしれないね。
あとは、水木作品の戦記ものの傑作として知られる「白い旗」だね。この作品のラストは、ポーランド映画を代表する1作、『灰とダイヤモンド』を元にしている。


それ以外にも、元ネタとかの話は膨大に存在する。良く寝ることを座右に掲げていた水木センセイが、如何にしてこれら膨大な知識・情報を手に入れたのか。当然妖怪の資料収集とかもあるし、更には仕事量が尋常ではない。これは今でも不思議だね。



...と、まぁこんな感じで水木作品を集めたりする訳だけど、さっきも言ったように、知れば知るほど判らないことが増えていくような感じがするんだ。とにかくいろいろな媒体・出版社で、膨大な量の作品を手掛けているから、全貌が掴めない。全集が出て欲しい、そんな思いを持つようになるのはごく自然だと思う。
で、2013年になって遂に、全集の刊行が始まる訳だ。迷うことなく全巻予約をしたよ。
驚愕だったね。当然と言えば当然だけど、まだまだ知らない作品が、次から次へと出てくるんだ。資料・解説も充実していて、決定版に近い内容だと思う。毎月3日が発売日でね、最近の楽しみなんだ。


そう、これを書いている今日が、ちょうど3日だ。水木センセイが旅立たれて、最初の刊行ということになるかな。今日刊行されたのは『貸本版 墓場鬼太郎4』と『現代妖怪譚 全他』だ。『墓場鬼太郎』に収録されている「アホな男」に、「どうも冷静に考えてみますと こっちの世界の方がシャバよりもたのしいようですなア」という台詞があってね、思わず笑いが零れてしまったよ。



今後何十年経っても、作品の価値が減ずることはないし、読み継がれていくのだろうね。
今では自分も、多少はマンガが関連する仕事に席を連ねている。そうなった要因はいろいろあるだろうけど、小学校のときに『ゲゲゲの鬼太郎』を読んでいなかったら、別の道になっていたのではないかと思う。まぁ、今の仕事も相当大変だったりはする訳だけど、それはそれとして、水木作品を読むことができるというのは、幸福ではないかと思う訳だ。
だから、一足先に向こうに行かれたセンセイには、一言こう伝えるのが良いのかなと思うんだよ。



ありがとうございます。
これからもずっと、センセイの作品を読んでいきます。

新刊が出るまでに時間が掛かったマンガまとめ

今月末、『よつばと!』の久し振りの新刊が出ますね。



12巻が出たのが2013年3月上旬なので、だいだい2年9ヶ月ぶりの新刊となります。
ずいぶんと待った気がしますね。
で、ふと思ったのですが、最近「◯年△ヶ月ぶりの新刊!」的な触れ込みを、比較的多く目にするようになった気がします。ちょっと気になったので、「新刊が出るまでに掛かった時間」が長かったマンガをまとめてみました。いちおう基準として、1年半以上掛かったものを取り上げています。





三浦建太郎ベルセルク』37巻:1年6ヶ月

ベルセルク 37 (ジェッツコミックス)

ベルセルク 37 (ジェッツコミックス)


まずはこちら、『ベルセルク』。いきなり大物がきたという感じです。
描き込みの多さとかその他諸々の要因とかがあるのでしょう、現時点での最新刊である37巻は、前の巻が出てから1年半経ってからの刊行となりました。因みに37巻が出たのは『よつばと!』12巻とほぼ同じ時期なので、次の巻が出ると自動的にこの記録は更新されます。



冨樫義博HUNTER×HUNTER』28巻:1年7ヶ月

HUNTER X HUNTER28 (ジャンプコミックス)

HUNTER X HUNTER28 (ジャンプコミックス)


続けてはこちら、もはや様式美にもなりつつある冨樫先生です。
休載期間が極端に伸び始めた「キメラアント編」の終盤、王とネテロ会長との対決が描かれる巻が、前の巻が出てから1年7ヶ月の期間が空きました。『ベルセルク』と同様に、最新刊となる32巻が出たのは2012年末なので、もうすぐ3年、やはり新刊が出たら記録更新と相成ります。



平野耕太ドリフターズ』4巻:1年7ヶ月


そしてヒラコー先生。
歴史上の英傑たちが異世界にて繰り広げる国盗り大活劇『ドリフターズ』。
最新刊4巻が、3巻が出てから1年7ヶ月後の刊行。『HUNTER×HUNTER』とほぼ同じ期間です。
因みにヒラコー先生、『HELLSING』においても最も時間が掛かってほぼ同じくらい。約1年半を目安に考えて良いのかもしれません。



岩明均ヒストリエ』8・9巻:1年9ヶ月

ヒストリエ(9) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ(9) (アフタヌーンKC)


次に控えるは、岩明均さんの大傑作『ヒストリエ』です。
最新刊9巻の展開は、読んだ際に脳から謎の物質がビシバシと溢れてくるような感覚がありました。変な声まで出そうになりましたね。
綿密な考証が為されているのでしょう、刊行ペースは非常にゆったりとしています。
しかし待つに値する、この作品のためなら幾らでも待つぞ、と思わせる内容です。



船戸明里Under the Rose』8巻:2年3ヶ月


ここから2年超え。
まずは船戸明里さんによる、ヴィクトリア期の上流階級に属する家族と、そこにガヴァネス(家庭教師)として雇われた女性を中心に描かれる愛憎劇『Under the Rose』です。
今月の24日に久し振りの新刊が、これまた1年11ヶ月ぶりに発売されるのですが、7巻が出てから8巻が出るまでには2年3ヶ月の期間が空きました。



萩原一至BASTARD!!! -暗黒の破壊神-』23巻:2年11ヶ月

BASTARD!!-暗黒の破壊神-(27)(ジャンプコミックス)

BASTARD!!-暗黒の破壊神-(27)(ジャンプコミックス)


そして次はこちら、萩原一至さんの『BASTARD!!! -暗黒の破壊神-』です。
上の画像は最新27巻、『ベルセルク』や『HUNTER×HUNTER』と同様、次に新刊が出れば自動的に記録更新と相成る訳ですが、現時点でいちばん期間が空いているのは22巻〜23巻の間となります。近い時期に「完全版」が刊行されていて、大幅な加筆修正をしていたようなので、それも関係して刊行が伸びていたのかもしれませんね。



大友克洋AKIRA』5巻:3年4ヶ月

AKIRA(5) (KCデラックス ヤングマガジン)

AKIRA(5) (KCデラックス ヤングマガジン)


大幅な加筆訂正と言えば忘れてはいけない、大友克洋さんの代表作『AKIRA』。
雑誌掲載時と単行本では、描き込みがまるで異なっています。*1
個人的な感覚では、最終巻6巻が出るまでえらい時間が掛かっている気がしていたのですが、改めて調べてみると、4巻〜5巻までの期間のほうが長いことが判明。1〜5巻までは比較的短い期間で読んだ故の錯覚でしょうね。
まぁ、6巻も5巻が出てから2年以上掛かっていますが。



武井宏之シャーマンキング完全版』26巻:4年2ヶ月

シャーマンキング 完全版 26 (26) (ジャンプコミックス)

シャーマンキング 完全版 26 (26) (ジャンプコミックス)


このあたりから、ちょっと特殊な事例が出てきます。
その1つ目、「打ち切り→その後描き下ろし刊行」のパターン。
シャーマンキング』はアニメ化もされた作品ですが、後期は人気が伸び悩み、打ち切りという憂き目を見ることになります。ジャンプコミックス版最終巻となる32巻の最後にはミカンの絵が描かれる訳ですが、これは「未完」とかけた駄洒落です。
そして完結から約3年後、完全版の刊行が始まるのですが、ジャンプに掲載されていたのは完全版だと25巻まで。26・27巻は完全描き下ろしとして刊行されました。ジャンプコミックスの最終巻から完全版26巻が出るまでに、4年2ヶ月を要したということになります。



地下沢中也『預言者ピッピ』2巻:4年5ヶ月

預言者ピッピ(2)

預言者ピッピ(2)


こちらも特殊事例になりますかな。
「雑誌が休刊したために描き下ろしで刊行」のパターンです。
地震予知を目的として造られたヒューマノイド型コンピュータ「ピッピ」。ある事件を契機に活動を止めてしまったピッピが目を醒ましたとき、彼が口にした「予言」とは...、という筋立てのSF作品。これはたいへんな名作でして、そしてまだ完結していません。続刊が待ち望まれる1冊です。
因みに掲載誌は「COMIC CUE」。2003年で実質休刊となっています。
実はこれ、雑誌掲載から1巻が刊行されるまでのほうが非常に長かったりします。雑誌に第1話が掲載されたのは1999年なので、そこから換算すると1巻が出るまでに約8年を要している訳です。
で、そこから2巻が出るまでは4年5ヶ月、という次第。



美内すずえガラスの仮面』42巻:6年

ガラスの仮面 (第42巻) (花とゆめCOMICS)

ガラスの仮面 (第42巻) (花とゆめCOMICS)


「せめて自分が生きているうちに完結してほしい...」という魂の叫びが聞こえる二大巨頭の一、『ガラスの仮面』がここで登場。1巻が出たのは何と1976年、来年遂に連載40周年を迎えることになります。
幻の舞台「紅天女」の主演を巡っての、北島マヤ姫川亜弓という2人の天才の演技対決を縦軸、「紫のバラの人」とのロマンスを横軸に、数々の舞台演目と交錯する人間模様が彩りを添える、マンガの歴史に燦然と輝く大河演劇ロマンであります。
しかし『ガラスの仮面』、1990年代に入った頃から執筆ペースがガタリと落ちまして、まるで続きが描かれないような時期がありました。*2最も期間が空いたのは、41〜42巻の6年。それ以降は若干持ち直したものの、雑誌掲載時と単行本では大幅な修正を加えるためか、やはり刊行ペースはややゆっくりの状態が続いています。



あしべゆうほ『クリスタル・ドラゴン』26巻:7年10ヶ月


実は『ガラスの仮面』よりも新刊が出るまでに時間が掛かった少女マンガがありまして、それがこちら、『クリスタル☆ドラゴン』になります。ケルト神話北欧神話をモティーフにした、壮大な歴史ファンタジー作品。先月(10月)に刊行された26巻が、実に7年10ヶ月ぶりの新刊となります。
まぁこれには事情がありまして、前の巻が出た2007年頃から2014年にかけて、あしべゆうほさんはもう一つの代表作『悪魔の花嫁 -最終章-』を執筆しておられたのですね。そして昨年から『クリスタル☆ドラゴン』の執筆を再開した訳ですが、『悪魔の花嫁 -最終章-』の頃から執筆ペースがかなりゆったりしてきているようでして(毎号10〜20ページ弱)、それも刊行がずれ込んだ要因のひとつと言えるかもしれません。



永野護ファイブスター物語』13巻:9年4ヶ月


そして二大巨頭の二、『ファイブスター物語』であります。今年の8月に何と9年4ヶ月ぶりの新刊が刊行された訳ですが、自分の twitter のTLも、発売直後あたりはざわついていた記憶があります。歓喜が滲み出つつも「俺は自分の目で見るまでは信じない」的な、絶妙に屈折した感じの発言ですね。(^ω^ )
まぁこちらは完結するかと言われると、多分難しいのではないかなという予感がビシバシとする訳ですが、ま、まぁ年表は既に完成している訳ですし(目を逸らしつつ)。
そして刊行が遅くなっている理由は、まぁ恐らくは『ゴティックメード』が(目を逸らしつつ)。
そして『リブート』のほうを集めてしまった自分は13巻を買うべきなのかどうか未だに迷っているのです(目を逸らしつつ)。



高野文子『ドミトリーともきんす』:12年7ヶ月

ドミトリーともきんす

ドミトリーともきんす


こちらも特殊事例というか、むしろ番外編に近いかもしれません。
「とにかく寡作」というケースですね。
高野文子さんは、大友克洋さんとかとも並び、1980年頃からの所謂「ニューウェーブ作家」と位置付けられる方です。非常に寡作な方で、初の作品集『絶対安全剃刀』が刊行されたのは1982年(しかも未だに版を重ねている!)ですが、現時点で単行本は僅か7冊(文庫版とか新装版を含めても10冊ですかな)。そしてどれも名作揃いという。『絶対安全剃刀』に収録されている「田辺のつる」とかは、もはや古典の風格すら漂っています。
そんな高野文子さんの最新作が、昨年(2014年)に刊行された『ドミトリーともきんす』。前作『黄色い本』が2002年なので、実に12年ぶりの新刊となる訳です。



久住昌之谷口ジロー孤独のグルメ』2巻:約18年

孤独のグルメ2

孤独のグルメ2


真打登場といった趣もある、『孤独のグルメ』2巻です。
元々『孤独のグルメ』は「月刊PANjA」っていう雑誌に連載されていて(1994〜1996年)、それが単行本1冊にまとまって発売されたのが1997年。そこで一旦は(いちおう)完結している訳です。その後爆発的なということはないのですがじわじわと売れ続け、文庫版も出たり、例の独特の間というか味わいが静かに話題になり2chとかでも度々目にするようになったりコラ画像がいろいろ出てきたり。
そして2008年に新装版が出るのですが、それに先立って「週刊SPA!」に実に12年ぶりの新作が描かれました(新装版に収録されています)。それ以降、不定期で「週刊SPA!」に掲載がされ、その間にはドラマ版も大いに話題になり、遂に今年の9月に(最初の単行本発売から)18年ぶりとなる新刊が出たという次第です。
この何度読み返しても飽きがこない味わい、素晴らしいですね。そして駄洒落率が上がっているのは、ゴローちゃんも歳を重ねているということかもしれません。



ゆでたまごキン肉マン』37巻:約22年

キン肉マン 37 (ジャンプコミックス)

キン肉マン 37 (ジャンプコミックス)


こちらも『孤独のグルメ』と同様、「一旦連載が終了した後に再開」というパターンです。
1988年に全36巻で一旦完結。その後は『SCRAP三太夫』とか『蹴撃手マモル』とか『グルマンくん』とかを描き、その後『キン肉マンII世』を「週刊プレイボーイ」で連載していた訳ですが、その合間に描いていた読切作品をまとめた37巻が2010年に、実に22年ぶりの続刊として刊行されました。そして2011年からは「週プレNEWS」において新シリーズ「完璧・無量大数軍編」がスタートし、現在も好評を博している訳です。



一ノ関圭『鼻紙写楽』:約23年


「とにかく寡作」第二弾となります。
作者の一ノ関圭さんは、とにかく圧倒的な絵の巧さで知られる作家さんでして、賞賛の言葉以外殆ど聞いた・読んだ記憶がないというレベルの方なのですが、先に上げた高野文子さんよりも更に寡作な方でして、初の単行本が出たのが1980年、現時点で単行本は5冊(文庫版を合わせると7冊)。そして作品集『らんぷの箱』『茶箱広重』の2冊に、ほぼ全ての作品が収録されています。
今年の3月に刊行された『鼻紙写楽』は、そんな一ノ関圭さんの、23年ぶりの新作となる訳です。
寛政年間の江戸を舞台に、五代目市川団十郎とその息子・徳蔵(小海老、後の六代目)を軸とする歌舞伎の世界と、更には大坂から来た絵師の伊三次(後の写楽)も絡んでの様々な確執・人間模様が描かれる作品です。
ただこの作品、描き下ろしもあるのですが、単行本にする際に何故か時系列順に構成し直してしまっていまして、そのせいで何とも不自然な展開になってしまっています。それが残念でなりません。



車田正美男坂』4巻:約29年

男坂 4 (ジャンプコミックス)

男坂 4 (ジャンプコミックス)

オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな
このはてしなく遠い男坂をよ...


伝説の打ち切り、それが男坂
そんな『男坂』、『キン肉マン』と同じ「週プレNEWS」において、2014年からまさかの連載再開。
同年10月には、約29年ぶりとなる新刊4巻が刊行。現在も連載は続いています。



楳図かずお『ガモラ』:約33年


これはかなり特殊な事例です。「新刊」ともちょっと違うかもしれないです。
『ガモラ』は恐怖マンガの巨匠・楳図かずお先生が1964〜1965年頃に貸本で描いた作品です。SF・怪獣物でして、手塚治虫の初期SF三部作のひとつ『ロスト・ワールド』を意識しつつ、白土三平作品のようなキャラクターも登場してきたりして、少年マンガ的志向を押し出している異色作です。
かなり綿密且つ壮大な構想に基づいて描かれた作品なのですが、3巻で打ち切り(3巻の最後に「以下4巻へ続く」と予告が打たれているにも関わらず!)。しかしながら、やはり多くの方の記憶に残る作品でもあったのでありましょう、1990年代にちょっとした復刻ブームが起こった際、それを象徴するかのようなシリーズ「QJマンガ選書」*3に収録されることになりました。そして刊行された際、14ページではありますが「エピローグ」が新規に描き下ろされ、33年の時を経て遂に『ガモラ』は完結したという次第です。


因みに年数では及ばないものの、楳図かずお先生は超大作『14歳』においても、2012年に刊行された「楳図PERFECTION!」版において18ページの描き下ろしを行っており、完結から約17年の時を経て「真の完結」とも言える結末を描いています。



池田理代子ベルサイユのばら』11巻:約40年


そしてトリを務めるのはこちら、『ベルサイユのばら』です。
言わずと知れた、少女マンガ・歴史ロマンの金字塔。
「マーガレット」で連載されたのは1972〜1973年。そして本編最終巻の9巻ならびに外伝を収録した10巻が刊行されたのは1974年になります。そして「マーガレット」50周年にコメントを求められたのを機に「せっかくだから漫画で」と新規エピソードの執筆を開始、2014年に何と40年ぶりの新刊が刊行されたという流れですね。今年になって2冊目のエピソード編となる12巻も刊行されました。



長くなったのでこのあたりで一区切り。
他にもいろいろあるかとは思いますし、小説とかにジャンルを広げれば更に出てくるでしょうね。*4
といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:詳細は『AKIRA CLUB』とかを参照。

*2:そのあたりの事情は、名ルポルタージュ『消えたマンガ家』をご参照戴ければと。

*3:聖マッスル』や『女犯坊』等、ふくしま政美作品を多数復刻したのもこのシリーズです。

*4:田中芳樹さんとか火浦功さんとかが有力ですかな?

11月4日

4日に購入したのはこちら。


ニセコイ 20 (ジャンプコミックス)

ニセコイ 20 (ジャンプコミックス)


以上4冊。
今月配本の「水木しげる漫画大全集」の1つは『20世紀の狂気 ヒットラー他』ですが、これは伝記マンガとしては屈指の名作ではないかと思っています。アドルフ・ヒトラーの生涯と第三帝国の辿った運命を、独特の哀感を持って描き抜いています。必読の1冊。

10月31日

31日に購入したのはこちら。


めしばな刑事タチバナ 19 (トクマコミックス)

めしばな刑事タチバナ 19 (トクマコミックス)


以上2冊。
『お酒は夫婦になってから』、読んでみての印象は『干物妹!うまるちゃん』に近い感じかな、と。うまるちゃん酒バージョン、且つそこまで面倒な性格はしていないです。
あと、作者のクリスタルな洋介さん、『オニデレ』の頃に比べるとかなり絵柄が垢抜けた感じがありますね。

10月30日

30日に購入したのはこちら。


ばくおん!! 2 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

ばくおん!! 2 (ヤングチャンピオン烈コミックス)


以上3冊。
くーねるまるた』、この巻ではマルタさんが盛岡旅行へと行くのですが、やはり自分も岩手出身なので、非常に愉しく読ませて戴きました。じゃじゃ麺とか福田パンとか、ローカル色強めの食べ物をしっかりと扱っていたのもポイントが高いと思います。
あと、自分は盛岡からは幾分離れた地域出身なのですが、同様の食べ物でも微妙に異なっているのが興味深く感じられました。作中で出てきた「ひっつみ」は自分のところだと「はっと」と呼ばれていたり、「ホロホロ漬け」は作中は3色に分かれていたのが地元では混ぜ込まれていたりとか。
食文化は奥が深いな、とか思ったりします。

10月28・29日

28・29日に購入したのはこちら。


日々蝶々 12 (マーガレットコミックス)

日々蝶々 12 (マーガレットコミックス)


以上3冊。
『日々蝶々』はこの巻にて完結。この巻は前日譚や後日談、コラボ・トリビュート作品等を収録した番外編です。大学生になった小春と後平を描く「番外編 -小春日和-』の甘酸っぱさが実に良かったですね。晴れの日も雨の日も、風の日も風邪の日も後平にお弁当を持っていく小春のいじらしさよ...


とある科学の超電磁砲』はこの巻から新章「ドリームランカー編」。黒子の株上げ回とでも言いますか、美琴に「お姉様〜」と言い寄ってはすげなくあしらわれるいつもの姿とは一線を画していました。
あと、美琴と絹旗の叫びが痛切でした。(つД`)

10月23日

23日に購入したのはこちら。



以上5冊。
アニメ化も決定した『くまみこ』ですが、やはりまちとひびきが絡むエピソードは妙な展開になって面白いですね。しばらく前に局所的?に話題になった「しまむら」の話もそうでしたし。この巻でも、ひびきと女子トークをしようとしていた筈が、「シルバニアファミリーポケットパック」を使用しての謎の戦略SLG対決になっている話が良かったです。


『デスコ』は独特の雰囲気がありますね。スクリーントーンを殆ど使わずに黒ベタを多く用いることで、作品世界全体に淀んだ、暗い印象を湛えています。描き込みもかなり多いのに、基本2色(+スクリーントーン1種類)でこの世界観を作り出しているのは驚異的だな、と感じる次第です。