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時折マンガの話をします。

空前絶後に売れなかった同人誌

14冊。


これはとある同人誌の、コミケにおける販売数です。
そしてこの同人誌が、今回の記事でとりあげる作品となります。


タイトルに偽りありではないか、という意見があるかもしれません。
コミケではそれこそ大手なら数千部単位で売れるだろうが、1桁、或いは1部も売れないサークルだってあるかもしれない、現に『空の境界』の元になったコピー誌の部数は確か6部に過ぎなかったと言うではないか・・・、そんな声が聴こえてくる気がします。


しかしこの「14冊」という数字が、企業ブースで3日間に渡り販売された結果であったとすればどうでしょう。個人的には、空前絶後と言って良いのではないかという気がします。


それがこちら。



『ケケカカ物語とり小僧 陽気幽平エクスペリエンス』。
2007年の年末、冬コミまんだらけブースにて販売されました。
復刻本なので「同人誌」とは些か趣が異なる気もしますが、殆ど個人で行っておられる復刻なので、便宜上同人誌と考えます。
それではこの同人誌はどのような作品なのか、軽く触れてみようかと思います。


タイトルからも推察できるように、陽気幽平というマンガ家さんの作品を復刻した内容となっています。貸本時代に活躍していた方です。
陽気幽平さんについては既にご存知・・・という方は少数派かもしれませんので、まずはここから説明していく必要があるでしょう。
その為にはまず、水木しげるセンセイの話から始める必要があります。



貸本時代の水木センセイの代表作と言えば、やはり『墓場鬼太郎』になりましょう。
墓場鬼太郎』は、兎月書房という出版社から刊行されました。
現在では、角川文庫で読むことができます。


墓場鬼太郎 (1) (角川文庫―貸本まんが復刻版 (み18-7))

墓場鬼太郎 (1) (角川文庫―貸本まんが復刻版 (み18-7))

(文庫版1巻に、兎月書房から出た3作が収録されています。)


ただ、当時の貸本業界には往々にしてあったようなのですが、経営不振による原稿料未払いが発生したようでして。
で、水木センセイは3巻まで描いた時点で兎月書房から離れ、別の出版社で続きを描くことになります。


しかし兎月書房でもドル箱的な『墓場鬼太郎』を手放したくなかったのでしょうか、勝手に別の人に続きを描かせるんですね。凄い時代です。
それを描いたのが、竹内寛行という方です。水木センセイとも知己があったようで、また竹内氏は相当この時期困窮していたようで、水木センセイもあまり強く言えなかったようです。
兎月書房で竹内寛行氏が描いた4巻以降の『墓場鬼太郎』は、竹内版或いは「ニセ鬼太郎と呼ばれます。


「竹内版」、現在ではたいへんに入手困難になっていまして、自分も持ってはいません。
某所にてほんの少しだけ読んだことがある程度です。ただその内容に関しては、



つい先頃刊行された同人誌竹内寛行エクスペリエンス0』において言及がされています。
表紙を見て戴ければある程度推察できるかと思いますが、鬼太郎にあまり愛嬌がありません。世界観も泥臭いと言いますか殺伐としていると言いますか、かなり陰惨な内容が続く模様です。


ただ意外なことに、竹内版は当時、本家の『墓場鬼太郎』より人気があったらしい。
竹内版、19巻まで出ているんですね。つまり16冊執筆している。これほどの巻数が出た貸本となると、僕が思い付く限りでは白土三平先生の大傑作『忍者武芸帳』くらいです。


そしてようやく話が戻ります。
竹内版の11巻・12巻に同時併録されている作品こそが、『ケケカカ物語とり小僧』なのです。
つまり喩えるならば、海賊版レコードのB面に収録されているような作品なのですね。



陽気幽平作品において一貫して描かれるのは、悪行に対する報い・因果応報です。
それは『とり小僧』以外の、



『首帰える・おぶさりダルマ 陽気幽平エクスペリエンスII』『恐怖の爪 陽気幽平エクスペリエンスIII』に収録されている諸作品にも共通しています。
また陽気幽平作品の特徴のひとつとして、時折垣間見えるトボケた味わいがあります。基本的に陰惨な怪奇もの・復讐譚なのですが、妙なユーモアが滲み出ていたり、脱力必至のオチがあったり、貸本ならではの突飛な展開があったりします。それらが混じり合い、奇妙な味わいを醸し出しているのです。
例外は『恐怖の爪』でして、こちらは戦時中〜戦後を舞台に、生き延びることに狂的なまでの執念を見せる(そのためには他者を踏み台にすることも厭わない)男の姿と、彼への復讐を行わんとする者たちの姿、それすらも打ち倒そうとする男が狂気に苛まれていく様子が、容赦なく描かれていきます。
『恐怖の爪』は先日の冬コミに合わせて発売された新作ですが、これは名作です。
333部限定とのこと。今ならまんだらけに行けば手に入ります。『とり小僧』『首帰える・おぶさりダルマ』もまだあるかも。


時にはこういう同人誌に手を出してみるのもどうでしょうか?



【余談】コミケ3日間で14冊しか売れなかった『とり小僧』ですが、そのうち1部を買ったのは僕です。そしてもう1部が僕のマイミクさん。何という狭い世界なのだと。