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鬼頭莫宏『のりりん』の表現力(或いは言語化能力)には惚れ惚れする

先日、鬼頭莫宏さんの新作『のりりん』を買いました。


のりりん(1) (イブニングKC)

のりりん(1) (イブニングKC)


主役の丸子一典は何らかの理由(1巻の時点で理由は明かされていません)で自転車・ならびに自転車乗りを嫌っており、普段は車を利用しています。
そんなある日、一典はとあるアクシデントをきっかけにラーメン屋を営んでいる一家(自転車大好き)と接点を持つこととなり、またその夜にこれまた別のトラブルが原因で免許取消となってしまいます。
そんな訳で車を使えなくなった一典は、周りの雰囲気にも呑まれるようなかたちで少しずつ自転車に乗り始めるのだが・・・という展開です。


実を言うと、鬼頭莫宏さんの作品を買うのは初めてです。『なるたる』も『ぼくらの』も、名作ではあるだろうというのは予想してはいるのですが、どうにも「死ぬ」ということを表現手段として使い過ぎているなぁという偏見がありまして、手を出してこなかったという経緯があります。
しかし今作は自転車が題材。それならそう簡単には命は落とすまいという考えもあり、買ってみたという訳です。


まぁ第一話の時点で「やっぱり今回も鬱展開なのか!?」と邪推してしまう場面もあったのですが、ヒロイン(或いはヒロインその1)の織田輪が華麗に死亡フラグを回避したこともあり、現時点では安心して読むことができています。


で、読んでみて思ったのが、この作品の表現力の見事さです。*1
とりわけ素晴らしいと感じたのが、感覚的なものを言語化する能力です。


とりわけ判りやすい例がこちらでしょうか。



鬼頭莫宏のりりん』1巻42ページ。)


輪と輪の母親が自転車を乗ることをあの手この手で勧めるものの、一典がそれを拒否する場面です。この場面での一典の台詞が素晴らしいので、少々引用させて戴きます。


自転車乗ってるヤツが
嫌いなんです


とにかく気持ち悪い
というか


そのナルシストっぽいところがイヤだし
日常の中で汗臭い感じがイヤだし
スポーツだか移動手段だかはっきりしないのもイヤだし
非日常を無理矢理日常の中に持ち込んでるそのガキっぽさがイヤだし
マゾだかサドだかはっきりしないところもイヤだし
なんだか盲信的で自分達こそ最高みたいなかんじもイヤだし


興味のない人間にも強引に勧めようとするのも
イヤだし


(同書42〜43ページ。)


この容赦のない批判、惚れ惚れしますね。(´ω`)
いや別に僕は自転車嫌いではないですよ。ただ仮に自転車が嫌いな人がいたとすれば、この台詞を読んで「よくぞ言ってくれた!」と溜飲を下げるのではないかという気はします。直感的に抱くレベルの不快感(繰り返しになりますが、もし嫌いな人がいたならば、という話ですよ)を、これ以上ないというかたちで言語に置き換えた内容、といいますか。


こういう視点の設置というのは案外珍しいかもしれない、と思います。
スポーツ(或いはそれに近いもの)を題材にした作品というのは、やはり作者さんがその題材に対して深い思い入れがある場合が往々にしてあると思います。そうなると、批判的な視点が(作者さんがそれを持ち合わせていない故に)導入しづらい。自転車で言えば、最近だと『弱虫ペダル』が非常に熱い展開を見せていますが、やはりこの作品にも「自転車乗りそのものが嫌い」という視点はありません。*2


だからと言って鬼頭莫宏さんが悪意を持ってこの作品を描いているのかというと、まったく逆だと思う訳でして。
第7〜8話で、免許取消の原因にもなった女性(ヒロインその2?)の杏真理子と一緒に、ラーメン屋までサイクリング(?)をすることになるのですが、その際の一典のモノローグ(とりわけ216〜220ページあたり)は相当に自転車が好きで、且つ実際に乗り込んでないと書くことができない内容だと思いました。
実際、カバー折り返しに自前のレーサーパンツを掲載しているくらいですからね。


この、自転車好きの視点と自転車嫌いの視点のバランスが、この作品を一味違ったものにしている気がしました。
また、一典は本心から嫌っている訳ではなく、何らかの理由で無理にでも自転車を嫌おうとしている節がある。上の引用箇所は、嫌いであり続けるために理論武装した結果のような印象ですね。単なるインパクト重視ではなく、ストーリーに密接に組み込んであるのがいいですね。


今後の展開が気になる作品です。





さてここから少々余談。憶測・妄想混じりでもあります。
鬼頭莫宏さんは今時ではない、昔気質(という言い方は好みではないのですが)のオタクなのだろうなぁと。上記の理論武装に、その匂いみたいなものを感じたりする訳です。鬼頭莫宏さんは1966年生まれとのことなので、「オタク」が相当に白眼視されていた時期を体験している筈なのですね。
この時期のオタクの方々*3は少なからず客観的に(痛い点を含めて)自分の嗜好を語ることができる傾向がある、という印象があります。『のりりん』における視点に近いものを感じたりもする訳です。


例えば42〜43ページの引用箇所、「自転車乗ってるヤツ」を「オタク」に、「スポーツだか移動手段だか」を「趣味だか生き甲斐だか」とかに換えてみると・・・


・・・何だか心が痛くなってきたので、今回の更新はこのあたりに留めておきます。
(´ω`;)

*1:他の作品でもそうなのかもしれませんが、あまり熱心に読んでこなかったので比較ができないのです。その点ご容赦を。

*2:これは良い悪いという問題ではなく、作者さんが何をどのように描きたいか・描こうとしているかということだと思います、念のため。

*3:いわゆる世代論で言うと第一〜第二世代。