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時折マンガの話をします。

岡田屋鉄蔵『極楽長屋』の、江戸時代を表現する技巧について

先日、岡田屋鉄蔵さんの新刊『極楽長屋』を購入しました。


極楽長屋 (マッグガーデンコミックスEDENシリーズ)

極楽長屋 (マッグガーデンコミックスEDENシリーズ)


岡田屋鉄蔵さんの商業デビュー作はBLの『タンゴの男』になりますが、先月最終章を描き下ろした新装版『タンゴの男 the final』のあとがきに「私はもともと歴史漫画描きだったのだが」*1とあるとおり、歴史物も得意とされています。*2
実際、BLジャンルでは『千』シリーズが高い評価を受けている他、一般向でも『ひらひら』を執筆されている。最新刊となる『極楽長屋』も、歴史物の系譜に位置付けられる作品と言えるかと思います。


千―長夜の契 (花丸コミックス・プレミアム)

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ひらひら 国芳一門浮世譚

ひらひら 国芳一門浮世譚


で、『極楽長屋』がどのような話かざっくりと。
「盗人の倅」という汚名を被ることになってしまい、それまで暮らしていた長屋に居られなくなってしまった大工の義一。義一が移り住むことになった「極楽長屋」には、訳ありでまともな長屋暮らしができなくなった、一癖も二癖もある人々が集まっていて・・・。という導入部から始まる、義理人情に陰謀も絡まり合う群像劇といった内容です。



さて、この『極楽長屋』ですが、江戸時代の空気を伝えようとする演出が幾つか見られます。まずその最たるものが書影、表紙のデザインですね。上の画像を見ればお判りかと思いますが、浮世絵・絵双紙をモティーフにした意匠となっています。



表紙右側の写真です。旧字体を用いる徹底ぶり。
「繪傳印」というのは、この作品が掲載されたWebコミック「EDEN」レーベルということですな。「繪」は「絵」の旧字体、「傳」は「伝」の旧字体です。



もうひとつ、今度は表紙の左側。
岡田屋鉄蔵さんの名前が見えますが、小さい赤字のほうでは「畫工 岡田屋鐵藏」と表記されていますね。そして同様に、「版元 萬畫之庭」とあります。
「萬畫之庭」っていうのはマッグガーデンMAG Garden)のことですな。「マッグ」が「マンガ」の略称である、ということを初めて知った次第です。



そして表紙のみならず、作中にも同様の技巧が見て取れる。
これは『極楽長屋』のみならず岡田屋鉄蔵さんの歴史物全般に言えること(の筈)なのですが、フキダシで用いられるフォントに特徴があります。



(岡田屋鉄蔵『極楽長屋』7ページ。)


義一の父・義輔が盗賊一味に加担したかどで引っ立てられる場面です。少し判りづらいですかな。マンガのフォントは、アンチゴチと呼ばれる「漢字:ゴシック体、仮名:アンチック体」の組み合わせが用いられる場合が多いのですが、仮名がアンチックではありません。自分も専門ではないので断言はできないのですが、恐らくリュウミンを使用しています。



(岡田屋鉄蔵『ひらひら 国芳一門浮世譚』6ページ。)


こちらは同じく江戸を舞台にした別作品『ひらひら』。歌川国芳が弟子の伝八を叩き起こし、火事場へと向かおうとしている場面です。この作品でも、アンチゴチは用いていません。
比較対象として、『ひらひら』と同じ太田出版から出ていて、且つ江戸時代を舞台にしているおがきちかさんの『侍ばんぱいや』から1コマ。(この作品はファンタジー色もあるので、比較対象として適切かどうか判らないのですが。)



おがきちか『侍ばんぱいや』5ページ。)


主役の浪人・冬馬と長屋の大家の息子・朔太が会話している場面です。この会話はアンチゴチが使用されています。平仮名の「お」の字を比較すると、違いが判りやすいかもしれませんね。



岡田屋鉄蔵さんの作品で用いられる(恐らくは)リュウミン体ですが、個人的な印象では筆で書いたような、草書体や行書体に近いものがあります(少なくともアンチック体よりは、という意味あいです)。浮世絵や絵双紙に書かれている文章に近い書体、と言い換えることもできるかもしれません。
江戸時代の空気を表現するために、意図的にこちらの書体を用いているのだろうと愚考する次第です。



文字そのものにも様々な効果があるな、と改めて感じ入った今日この頃。
といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:岡田屋鉄蔵『タンゴの男 the final』233ページ。

*2:自分も何年か前に、幕末維新期を題材にした同人誌を購入した記憶があります。