マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

対談:2014年のマンガを振り返ってみる

「オトコ編」と「オンナ編」という分類に無理が生じている気が


M:先日発売されましたね、『このマンガがすごい!2015』。


このマンガがすごい! 2015

このマンガがすごい! 2015


K:これが出ると、あぁ年末だなって気分になるね。ランキング見て、どう思った?


M:1位に関しては、オトコ編・オンナ編共に順当も順当って印象でした。まぁそうなるよね、と。内容的にも話題性といった点においても文句のつけようがない感じはします。強いて言えばオンナ編の1位、まぁ既に公開もされているので名前挙げてしまいますとちーちゃんはちょっと足りないですが、オンナ編なのかということですか。



K:まぁこれは媒体による分類だから致し方ないというか。今回だと「ガンガンONLINE」「楽園」、あとは休刊した「エロティクス・エフ」や『ちーちゃん』が掲載された「motto!」とかは自動的にオンナ編に分類されたのかな。


M:いやそうとも限らないかも。例えば『ばらかもん』は「ガンガンONLINE」で掲載されている作品ですし。...でも「月刊少年ガンガン」でも掲載されているから、そちらの作品というふうに分類されたんですかね。


K:う〜むどうなんだろう。やはりちょっと判らないな。でも仮に雑誌・サイトによる分類だとすると、今後はより分類が判りづらくなりそうな気はする。その最たる例というか、これはかなり特殊な例なんだけど、今年『Orange』がオトコ編でランクインしているんだよね。



M:去年(2013年)の4月ですか、『Orange』に関するちょっとした小文をブログに挙げたりもしたんですが、連載開始した際は「別冊マーガレット」で、いろいろあったらしく無期限休載、その後「月刊アクション」で連載再開。掲載誌が「月刊アクション」なのでオトコ編という訳ですが、書店に行けば普通に女性向コーナーに置いているケースも珍しくないですし、何とも不思議ではありますよね。

因みにこの小文、2013年に自分がブログに上げた記事ではダントツでアクセス数が多かったです。


K:まぁそれはどうでも良いんだけど、他にも例というか、来年「IKKI」の後継誌が創刊するよね?執筆陣もある程度公開されている訳だけど、トウテムポールさん、秀良子さん、永井三郎さん、山田酉子さんあたりはBL出身の方だろう?オノ・ナツメさんもbasso名義でBL描くし。有永イネさんも「ITAN」とか「BE・LOVE」で描いている方だし、かなり女性作家さんを中心に据えたラインナップなのは見て取れる。ただ、この雑誌を「女性向」と定義してしまうと、ドロヘドロ』がオンナ編にランクイン、なんていう可能性も生じてくる訳だ。


M:それは極端な例かもしれませんけど、こういう、オトコ編なのかオンナ編なのかイマイチ判りづらい、所謂境界線上にあるような作品群が、ランキングじたいにも影響を与えているような印象を受けましたね。とりわけオンナ編に。まぁ自分の場合、面白いマンガであればどちらでも、という感じで読んでますので、ちょっと違和感があったとしてもそれほど気にはしていないです。



今年は『五色の舟』が圧倒的だった


K:今回の対談は今年のマンガを振り返ることが目的で、『このマンガがすごい!』の論評ではないので、そろそろ本題に入るべきじゃないかな。


M:ですね。ではまず何か1作となると、今年は近藤ようこさんの『五色の舟』が群を抜いていた気がします。



戦時中の日本で、奇異の目で視られながらも手を取り合って生きる、見世物小屋一座の人々の運命を描く作品。それでありながら、これは幻想SFなんですよね。その核となる存在が、未来を見通すことができるとされる異形の存在「くだん」なのですが、くだんによってもたらされる未来と過去の追憶が鮮やかな対となって、しかしながらあくまで淡々と描かれていて、静かな感動を呼び起こす作品でした。傑作です。


K近藤ようこさんはこの『五色の舟』と同時発売だった『宝の嫁』も、あと夏頃発売された『異神変奏』も良かった。今年は近藤ようこさんの年だったと思うよ。でもどちらかというと地味というか、いぶし銀の作品を描く方だから、知る人ぞ知るみたいな作品になってしまうのは勿体ないと思っていたんだけど、今年の文化庁メディア芸術祭で大賞取ったし、『このマンガがすごい!』でも予想以上に上位だったし、たぶん「読め!」のほうでもかなり上位に食い込むと思うし、杞憂だったと思っていいのかな。



WEB上の作品は無視できない


M:では他の作品も挙げていきましょうか。でもたくさんありますから、どこから挙げていくべきか...


K:1個1個細かく挙げていくときりがないから、大雑把にジャンルというかテーマ別みたいにして、そこからいろいろ挙げていくのが良いんじゃないかな。


M:じゃあそうしますか。ではまずは...WEB上の作品からいきますか。出版社の運営するサイトとか、pixiv とか、個人サイトとかいろいろありますね。そうですね、思いつくまま挙げてみますと、将良さんの『思春期ビターチェンジ』ウダノゾミさんの田中くんはいつもけだるげ、影待蛍太さんの『GROUNDLESS』あたりを推したいです。


思春期ビターチェンジ(3) (ポラリスCOMICS)

思春期ビターチェンジ(3) (ポラリスCOMICS)

GROUNDLESS(3)-死神の瞳- (アクションコミックス)

GROUNDLESS(3)-死神の瞳- (アクションコミックス)


K:『思春期ビターチェンジ』は良いよね。性転換っていうのはフィクションの題材としてはメジャーなものかと思うんだけど、小学生の時分に少年と少女の人格が入れ替わってしまって、そのまま元に戻らないまま数年が経過してしまうっていうのが面白い。心身共に大きな変化を迎える思春期を、別の性別で生きていくことになる。友人関係とか家族の関係とか、更には恋愛だとか、様々な問題が沸き起こる。それとは関係なく、成長していく身体。でもこの作品、変に生々しくなることなく、淡々と日常が描かれていくんだよな。この「淡々と」っていうの、『五色の舟』とも共通しているね。
何と言うか、まぁこれは個人的な印象なんだけど、作品に対する作者さんの、真っ直ぐな眼差しみたいなのを感じるんだよな。


M:この作品、コマ割りが非常にシンプルですよね。4コマ的な、固定されたコマで物語が進んでいきます。これ、ネットやスマートフォンでの読みに特化した構成ですよね。上から下へスクロールしていく読み方と、非常に親和性が高いですね。
シンプルなコマ割りということになると、『田中くんはいつもけだるげ』もそうなりますね。


K:この作品は、癒されるんだよな。やっぱり仕事忙しいからかな。こういうふうにだらけて生きていくのはある意味夢だな。
で、こういっただらけた日常とは対極の、常に死が隣り合わせにあるような世界を描いているのが『GROUNDLESS』となる訳だ。この作品、あまり取り上げられることが多くない気がするんだが、これはもっと注目されて欲しい作品だな。


M:架空の世界を舞台にした、戦記群像劇ですね。内乱状態にある島が主な舞台になっていて、そこで武器商人の妻として暮らしていた女性・ソフィアが全てを失い、そして街の自警団に入ることから物語は始まります。その島におけるそれぞれの立場の人の姿が描かれていくと共に、戦闘ならびに戦略が丹念に描写されていくのが特色でしょうか。あと、戦闘状態における身も蓋もない人間描写が出色ですね。


K:ただ作戦の足を引っ張る存在とか、完璧な人格破綻者とかもしっかりと描かれているよな。プロパガンダとか勇ましい愛国精神だとか、お涙頂戴とか、声高な反戦厭戦の主張とか、そういう要素を削ぎ落として戦争をそのまま描いているような印象を受ける。これじたいフィクションじゃないかと言われたらまぁそのとおりなんだろうけどね。WEB上ではないけど、山田参助さんのあれよ星屑にもどこか通じるかな。



M:他にWEB上の作品だと、鈴木健也さんのおしえて!ギャル子ちゃんとか竹尾さんの死んで生き返りましたれぽとかも印象に残っていますね。あとやはり月刊少女野崎くんは外せないですか。今年アニメ化もされましたが、ギャグのキレが実に鋭い。個人的にはこの夏は箱が大人気になると踏んでいたのですが、巷に箱が溢れるには至らなかったのが残念なところです。
あと、自分はどちらかというとWEBでマンガをあまり読まないほうではあるんですが、やはり気になる作品がこちらの媒体から増えてきているな、という印象は受けています。



ブコメとか少女マンガとか、ランキングから外れがちな作品


K:じゃあ次は、ちょっと毛色を変えてラブコメとかから挙げてみるか。あまりベタベタなのって、ランキング的なもので取り上げられづらいし。


M:そうですね、矢吹健太朗さんのTo LOVEるダークネスと中村ゆうひさんの『週刊少年ガール』かな。『To LOVEるダークネス』の最新刊とか、「そうそうこれだよ、こういうのでいいんだよ」と、つい井之頭五郎みたいな台詞が口から出てしまいました。
『週刊少年ガール』は、マンガの特性を巧く用いた、言うならば実験ラブコメといった趣のある作品ですね。これはもう少し注目されているのかなと思っていたのですが、『このマンガがすごい!』でランキングに入る訳でもなく、ちょっと意外でした。


週刊少年ガール(2) (講談社コミックス)

週刊少年ガール(2) (講談社コミックス)


K:あと何か忘れているような...そうだ、大井昌和さんの『おくさん』だ。



M:おくさんいいよね
K:いい...


M:...次はラブコメの流れから、少女マンガのほうに行ってみますか。何度も『このマンガがすごい!』を引き合いに出してしまって申し訳ないんですが、今年のランキング、オンナ編はどちらかというと一捻りした作品が多めというか、どうだこれが少女マンガだ!みたいなのは例年以上に少なかった印象があるんですよね。中学〜高校生くらいの子が主役の、画面全体が煌めいているような感じの。


K:そうだね。そのあたりで思い浮かぶのは、椎名軽穂さんの君に届け、森下Suuさんの『日々蝶々』やまもり三香さんのひるなかの流星雪丸もえさんのひよ恋、これは雑誌では大詰めだったり完結していたりする作品。あとは南塔子さんの『ReReハロ』や渡辺カナさんの『ステラとミルフイユ』とかも良かった。アニメ化もする俺物語!!も安定しているし。安定しているからこそ、こういったランキングからは外れているのかもしれないけどな。


M:純粋に面白い・凄いっていうだけで選ぶと、毎年上位に3月のライオンとかHUNTER×HUNTERとか、ヒストリエだとかガラスの仮面とかが入ったりしかねないですからね。まぁバランスってやつだと思います。




食い物系のマンガは基本外れない


K:じゃあ次は...食い物・グルメ関連のマンガで。やっぱりこう、食い物系のマンガって良いよな。美味い物食べると幸せな気分になる。まぁ自分はどちらかというと慢性金欠なもんで、どうしてもチェーン店みたいな店で食うことが多くなるから、美味そうに食事するマンガとか読んで代わりとしているってところはあるかも。


M:まぁ仮に好きなだけ美味い物食えるくらいの経済状況になったとしても、グルメ系のマンガは変わらず買うでしょうけどね。では早速挙げていきますと、雨隠ギドさんの甘々と稲妻、大竹利朋さんの『もぐささん』川井マコトさんの幸腹グラフィティ、完全版として刊行された渡辺保裕さんの『ドカコック』久住昌之土山しげるコンビの『漫画版 野武士のグルメ』とか面白かったです。


K:『甘々と稲妻』、つむぎは天使だよな。犬塚先生にほのかに想いを寄せる小鳥の表情も実に素晴らしい。『もぐささん』、これはもっと注目される作品なのかなとも思っていたけど、百草さんが食事・つまみ食いを気取られないための超絶技巧描写とか、全力で食い物を頬張っているときの表情とか、それがバレたときの狼狽しきった動きとか、どれも良い。『幸腹グラフィティ』の官能すら感じさせる描写も、『ドカコック』のドカモーショナルも、『野武士のグルメ』における絶妙な台詞回しも、どれも一読の価値ありじゃないかと思う。


M:あっ、これはグルメマンガではないんですが、ちょっと挙げておきたいのがありまして、市川ラクさんの『白い街の夜たち』です。新宿にある服飾系の専門学校に通う女学生を主役に据えた青春群像劇といった趣の作品なんですが、主役の女の子・文子がアルバイトをすることになるのがトルコ料理の店なんですよ。その店の繋がりで、トルコ料理・ならびにイスラム文化の話題も頻繁に出てきまして、描かれる料理が実にそそられるんですよ。


白い街の夜たち 2 (ビームコミックス)

白い街の夜たち 2 (ビームコミックス)


Kトルコ料理、良いよな。...とは言っても、自分は日暮里にある「ザクロ」でしか食ったことないんだけど。そういえば「ザクロ」、カラスヤサトシのびっくりカレー おかわりっ!!』にも出ていたな。


こちらは2013年発行。)



日常系にも見逃せない作品が


M:まだまだいきます。次は日常系で。...まぁこの「日常系」っていう言い方も何とも曖昧ではありますが。とりあえずは二つばかり。サンカクヘッドさんの干物妹!うまるちゃんと若井ケンさんの『女子かう生』が良かったですね。


女子かう生(2) (アクションコミックス)

女子かう生(2) (アクションコミックス)

K:『うまるちゃん』、実際に身近にいたりしたらかなり面倒くさそうだけど、可愛いよな。シルフィンの圧倒的空回り感も微笑ましくて表情がついつい緩む。あと『女子かう生』、女子高生のちょっとおバカな日常が描かれる訳なんだけど、それを全編台詞なし・サイレントで描くことで、独特のふわふわした雰囲気が出ているように感じる。
出典は憶えてないんだけど、嘗て手塚治虫が「マンガの究極はサイレントマンガ」みたいな発言をしていた筈だし、石ノ森章太郎も台詞を可能な限り削った『ジュン』を描いているということも考えると、これはある意味表現の極北と言えるかも、なんてな。


M:いやぁ、仮に手塚先生が存命だったら、いろんな人に「これはどこが面白いのだ」と質問しまくって、且つ「これくらいは僕にも描けるんだ」と言ってしまったりしそうな気もします。



やっぱり歴史物が好きだ


K:じゃあ、次は歴史物。...今年買ったマンガを思い返してみて、やっぱり自分は歴史物が好きなんだな、と思ったな。思いつくままに挙げてみると、坂本眞一さんのイノサン山田芳裕さんのへうげもの幸村誠さんのヴィンランド・サガ伊藤悠さんのシュトヘル久慈光久さんの狼の口大西巷一さんの『乙女戦争』、トミイ大塚さんの『ホークウッド』長谷川哲也さんの『ナポレオン -覇道進撃-』。架空の国を舞台にしたものも含めるならば、びっけさんの『王国の子』カトウコトノさんの将国のアルタイルも良いな。


へうげもの(19) (モーニング KC)

へうげもの(19) (モーニング KC)

シュトヘル 10 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

シュトヘル 10 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

王国の子(5) (KCx)

王国の子(5) (KCx)


M:一気に挙げてきましたね。
イノサン』の、残虐の極みでありながら耽美さを湛えつつ、圧倒的画力で描かれる処刑場面。
非業の結末を予感させつつも、唯一無二のセンスで堂々たる歩みを続ける『へうげもの』。
ケティル農場編終盤あたりから深みと凄みが増した『ヴィンランド・サガ』。
死と破壊に満ち溢れているような世界で、どこまでも純粋なまま姿を貫くのユルールの姿が清冽な印象を残す『シュトヘル』。
積み重ねられた怨念が爆発したかのような『狼の口』。
信仰と狂気に彩られた『乙女戦争』。
『ホークウッド』の謀略と無慈悲。
ダヴー将軍の存在感際立つ『ナポレオン』と。
どれも実に読み応え充分な作品でしたね。『王国の子』や『将国のアルタイル』も、それぞれ方向性は異なれど陰謀と謀略が渦巻く絢爛たる歴史絵巻といった趣です。


あと1作品付け加えておきますか。これも歴史物...と言って良いと思うんですが、駕籠真太郎さんの『超動力蒙古大襲来』です。世界史の幾つかのエピソードを基にした一話完結型の作品なんですが、「動力」を擬人化?したと言いますか、それによって人間の歴史が何ともグロテスクな色彩を帯びて映し出されるんですよ。駕籠真太郎さんの奇想が如何なく発揮された怪作だと思います。


超動力蒙古大襲来

超動力蒙古大襲来



他にも良い作品は幾らでもあるけれど...


K:そろそろ一区切りといったところかな。大雑把にジャンル分けをした故に、取りこぼした作品もまだたくさんあるとは思うけど。


M:えっ、もう終わりですか?まだまだあるじゃないですか。ジャンプの次の核になりそうな気配を漂わせる僕のヒーローアカデミアとか、ほら他にも「オタクの趣味と現実」みたいな括りで、軽妙な語り口で魅せるトクサツガガガと容赦なく心を抉ってくる『コンプレックス・エイジ』を対で挙げてみたり、そうだ日常系亜種としてデッドデッドデーモンズデデデデデストラクションとかも...。あと復刻版でも見逃せない作品が


トクサツガガガ 1 (ビッグコミックス)

トクサツガガガ 1 (ビッグコミックス)

コンプレックス・エイジ(2) (モーニング KC)

コンプレックス・エイジ(2) (モーニング KC)


K:ただでさえ予想以上に長くなっているし、このままだといつまで経っても終わらないから、続きは別の機会・別の場所でやるのが妥当だろう。


M:う〜むそうですか。ちょっと残念ではありますが、やむを得ないですかね。では本日はこのあたりにて。