神話的存在と現代の日常が溶け込む奇妙な世界
今回取り上げる作品の、主役(正確には幾つかの作品のなかの主役)は次の画像の青年・健太郎になります。
うむ、明らかに何かがおかしい。
ケンタウロスです。ヒトの上半身に馬の下半身、ギリシア神話とかによく登場する種族。そのケンタウロスがスーツを身にまとい、カバンを手に携えニンジンを齧りつつ疾駆するその姿。
神話に登場する存在が、現代社会で人と共に生活を営み、働く姿を描く作品。それが今回紹介する『はたらけ、ケンタウロス!』です。
- 作者: えすとえむ
- 出版社/メーカー: リブレ
- 発売日: 2011/04/09
- メディア: コミック
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『はたらけ、ケンタウロス!』は、リブレ出版から出ています。
BLの総本山、リブレ出版です。
とは言え、リブレ出版にはBBCコミックス、SUPER BBCコミックス、ZEROコミックス、シトロンコミックスと4つのレーベルがあるのですが、この作品はBL的要素が薄いレーベルのZEROコミックスから出ています。BLが苦手という方にとっても敷居は高くないと思います。
昨年話題になったヤマシタトモコさんの『ドントクライ、ガール♥』もZEROコミックスですね。
- 作者: ヤマシタトモコ
- 出版社/メーカー: リブレ出版
- 発売日: 2010/07/09
- メディア: コミック
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そして作者のえすとえむさんは、正統派(?)BLを描いていた作家さんですが、元来ケンタウロスへの関心が高かったようで、この作品以外にもケンタウロスをストーリーの核に据えた作品を描いています。
- 作者: えすとえむ
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2011/04/25
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祥伝社からも単行本を出しており、よしながふみさんや中村明日美子さん、或いは前述のヤマシタトモコさんのように、今後は一般誌での活躍も増えてくるのではないかと思っています。
では作品の内容の話に移ろうかと思います。
この作品世界においては、ケンタウロスは実在しています。マイノリティ・少数民族に近い位置付けといったところでしょうか。近年雇用に関する法律が見直され、社会進出が進みつつあるという設定になっています。
この「ケンタウロスが実在する現代」という世界観が、実に詳細に考えられているのです。
ケンタウロス専用車線が存在しています。ケンタウロスが街・都市部に実在していたとしたらどこを歩く( or 走る)のか、車道を生身で走るのはおかしいし歩道も危険だし身体が大きいから周囲の邪魔になりやすいかもしれない・・・とか考えた上で描かれたものかもしれませんな。
そしてケンタウロスには法定速度があるらしく、読切「ソバ職人見習い」においては、出前を早く届けようと急いで走ったところスピード違反で捕まってしまうケンタウロス・俊太の姿が描かれています。*1
部屋の高さ・間取りとかも含め、丁寧に世界観が作り込まれているのが判るかと思います。
そしてケンタウロスは人間とは時間の流れが異なるようで、寿命が長いのも特徴となっています。冒頭の新人サラリーマンといった風情の健太郎も、実は50歳だったりするのです。
そして永い年月を生きる間、所属した地域や時代で名前を変えたり、誰かから貰った名前を全て自分の名前にする風習もあり、名前で経歴が判るという設定になっています。
健太郎が商談で赴いた際の担当者が、これまたケンタウロスなのですが、
風格を感じさせつつもなかなかにシュールですな。そしてその名前が、
クルシエ=ミシェール=アンリ=ユーゴ=ホセ=マリア=ホルヘ=エルモソ=ディエゴ=アントニオ=タワ=ユラック=アマウタ=マウロ=アンヘル=レオナルド=チャールストン=ジョニー=白駒=聡馬・シャンティ。
シュールです。そしてその名前から、年齢は1000歳を越え、フランス生まれでその後スペインに行き、ピサロ遠征か何かで南米へ行き、そこから北上してメキシコ→アメリカと住む土地を変え、恐らく戦後に日本へと渡ってきたということが判るとのこと。
それほどの年月、クルシエ=(中略)シャンティ氏は何を見てきたのか・・・といった感慨と、珍妙なまでに長い名前がもたらす可笑しさが混じり合い、不思議な感覚を感じさせてくれます。
ただこの「ケンタウロスは寿命が長い」という設定は、ネタ的な使われ方ばかりではありません。読切「靴職人」では、その設定が効果的な演出で用いられています。
「靴職人」では、代々続く靴屋の工房の跡取り息子(?)・ウィルと、靴職人になりたいとそこで働き始めたケンタウロスの姿が描かれます。詳細はネタバレになるので省略しますが、ほのかなBLの匂いを漂わせつつ、映画『卒業』的な展開が繰り広げられます。そして二人で別の土地へ行き、工房を構えてからの様子を描いたのがこちらのコマです。
左がウィル、右がケンタウロスですね。寿命が長いケンタウロスの姿はそのまま、その一方で人間のウィルは年齢を重ねていく。それでいながらずっと同じ様に、靴を作り続けている。種族の違いを越えた二人の絆を感じさせるコマであると思います。
と、ずいぶん長くなりました。
この作品は読切・連作共に、明らかに「異形」と言える存在が仕事を通じて人間社会(とその仕事に携わる人)に関わっていく様子が描かれます。その存在が、神話に登場するケンタウロスであることから生じる奇妙な雰囲気・世界観。
興味のある方は、是非読んでみて戴ければと思います。
といったところで、本日はこのあたりにて。
*1:同書72ページ。