横書き左開き議論について緩く考えてみる
ここ数日、以下の話題について白熱した議論が交わされていますね。
- 日本マンガ・アニメの海外普及について
- 日本マンガ・アニメの海外普及について その2
- 竹熊健太郎氏 『業界関係者が横書きに反対する理由』 日本漫画の海外普及について
- 竹熊健太郎氏 『なぜ感情論で反論される人が多いのか困惑しております』 漫画横書き議論の真意
- 竹熊健太郎氏 『世の中には「言っても無駄」ということがやはりあった』 横書き漫画を自分でやらない理由
編集家の竹熊健太郎さんが中心となって沸き起こった議論と言えます。
主張の骨子をまとめると、こんな感じでしょうか。
- 出版市場は下落の一途を辿っており、日本国内のマンガ産業は限界を迎えつつある。
- 今後は海外に市場を求め、開拓していかなければならない。
- そのためにも、マンガは海外の表記に即した「横書き左開き」に移行しなければならない。
- 「横書き左開き」は作家が取り組む。頭を切り替えれば済む話なのでコストはゼロ。
これに加えて、英文併記の提案とかもあります。それについてツイートしているのは翻訳家の兼光ダニエル真さん。『エヴァ』のEDクレジットでも名前を見掛けますね。
で、一連の竹熊健太郎さんの主張に対して、方々から異論・反論が出るも、常に議論は平行線を辿る、といったかたちです。
個人的には『サルまん』に大いに笑わせて戴きつつ、その精緻なマンガの分析に舌を巻いた次第ですし、竹熊健太郎さんのブログ「たけくまメモ」で開催されたオフ会に2回とも参加している程度にはファンだったりもするのですが、今回の一連の主張には些か疑問符のようなものを感じたりもしましたので、ちょっと気になった点を含め緩く考えてみたいと思います。
(もう7〜8年前になるのだな、としみじみ。)
【「横書き左開き」について】
個人的には、横書き左開き形式のマンガにそれほど抵抗はありません。
横書きということに関しては、このブログじたい横書きですしね。それほど多くはないものの、海外のマンガもある程度は読んでいますし。
ただ、描く側の立場からするとかなり認識は異なるであろう、とは思います。後で姉にも訊いてみたいところ。
(URL:https://twitter.com/kentaro666/status/326046919883378688)
竹熊健太郎さんはこのように仰っている訳なのですが、これは少々極論かな、と感じます。さすがにゼロではないだろう、と。
頭を切り替えて、横書き左開きに移行するとします。絵柄を反転して描けばそれでOKかと言うと、少々違うのではないか。まず、横書きにするとなると、フキダシの形が変わります。それに伴い、フキダシやキャラクターの配置が変わる可能性もある訳です。
もっと単純に、右開きの描き方に慣れている方に突然左開きで描けと言ったとすると、少なからず不慣れな構図・構成になるのではないかと思う次第。試行錯誤していくうちに慣れてくる可能性は充分にある訳ですが、その試行錯誤は間違いなく作家側のコストでありましょうし、不慣れな作画が続くうちに、読者が離れてしまうリスクもあるかと思います。
横書き左開きを否定するつもりは毛頭ないのですが、コストがゼロと断言するのは難しいかな、とも。
あと、縦書きと横書きが併用されていることにより、かなり表現の幅が広くなっているという点もあると思う訳ですな。
判りやすい例を挙げると、羽海野チカさんの作品です。『ハチミツとクローバー』、『3月のライオン』どちらでも良いのですが、モノローグが大雑把に言って3種類あるのですね。
- 雲型のフキダシを用いたモノローグ(主に縦書き)
- フキダシを用いず、コマに直接書かれるモノローグ(主に縦書き)
- 1コマまるまる用いた、黒ベタ白抜き文字のモノローグ(横書き)
この3種類が複雑に組合わさり(更にはフォントの違いもあったり)、キャラクターの心理を浮き彫りにしていきます。
私見ではありますが、下になればなるほど、心理の奥深いところを捉えているような印象を受けます。「黒ベタ白抜き文字、横書きのモノローグ」は作中でもかなり重要な意味を持っているように思える訳ですが、それは基本縦書きの中にスッと横書きが挿入される故の効果もある筈で、全て横書きになってしまうと効果が薄れてしまうように感じる次第です。
あと、外国語の表現として横書きを使う、という技巧が使えなくなるというのもありますね。
こういった「縦書き横書き併用のメリット」が消えてしまうのは痛いな、とは感じます。
もっとも、何らかの制約が表現の洗練に繋がるというのも確かでして、確か『マンガ産業論』で中野晴行さんも同様の趣旨の発言をされていたかと思います。従って縦書きが仮に使えなくなったとして、それに即した新しい表現が出てくることは間違いない筈。しかしそれは長い時間をかけて磨かれていくものでありましょう。
落としどころとしては、横書き左開きの作品の比率を徐々に上げていく、といったあたりだろうなと。
それでは遅い!という意見もあるのでしょうが、「一気に」変更するのはメリットよりもデメリットのほうが大きいのでは、と感じます。
余談にはなりますが、何年か前に横書き絡みで幾つかブログ記事を書いたことがあるので、併せて読んで戴ければ。
- 『火星のココロ』は実にウェブマンガらしい作品かも、という話(5年近く前に書いたやつ。横書き左開きの、日本の単行本について言及しています。)
- 異なる言語を用いる人たちの会話を如何にして表現するか(4年ほど前に書いたやつ。異言語をどう表現するかについて。後半に、横書きを用いた表現技巧について触れています。)
【翻訳・英文併記について】
繰り返しになりますが、国外に市場を求めるのは悪いことではありません。
ただ、その際に重要になるのは、やはり翻訳であろうと。
そして恐らく、翻訳をする人が圧倒的に足りない。
現在、マンガって(復刻・コンビニ本・成年向・BL等含めて)月に1000冊以上発行されることもあるのですね。さすがにそれを全部翻訳するということはないにしろ、膨大な数の新刊が毎月発行されています。
厳選して翻訳するにしろ、翻訳者の数は足りないと思う訳です。
マンガの*1外国語への翻訳は、単純に英語力が高いだけでは難しいように思います。
判りやすい例で言えば、『ナニワ金融道』でも『天然コケッコー』でも『ザ・ワールド・イズ・マイン』でも何でも良いのですが、方言と標準語をどう訳し分けるのか。
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他には、パロディとかダジャレ(それに類するもの)をどう訳すのか。
『ジョジョの奇妙な冒険』第5部で、敵キャラのギアッチョが「ヴェネツィアだけ何で『ベニス』と呼ぶのか」と憤る箇所はどう訳すのか。*2
かなり文化的な要因が複雑に絡み合っているため、それを外国語に移し替えるのは非常に難しい。
適当な翻訳では、作品の面白さが損なわれる可能性もあります。
この「日本マンガの翻訳」については、中京大学の明木茂夫教授による同人誌『オタク的翻訳論』が参考になるかと思います。
- 外国語に堪能で、且つ日本のマンガ・文化に造型の深い翻訳者の育成
- 且つその翻訳者が活動できる場、ならびに活動を続けるに充分な報酬の提供
国外の市場開拓のためには、(最低限)上の2点が整備されることが必要だろうな、と。
これに関しては、佐藤秀峰さんのツイートでもあるように、少しずつ翻訳という市場の土台作りが試みられている模様です。
あと、「英文併記」についても少々。
これに関しては、横書きと英訳が両方書かれる、つまり文章量が倍近くになるということです。
それは言い換えれば、フキダシがかなり大きくなるということでもあります。コマにおけるフキダシが占める割合が高くなる、つまり絵のスペースが圧迫されるという側面もあります。
これもまた、マンガの表現にある程度の影響は与えるだろうな、という印象はあります。
台詞の文字を小さくする、という手もありますが、小さい文字というのは読む際に(特に高い年齢層には)障壁となるのでは、という気も。
と、まぁ長々と書いてみましたが、既に誰かが書いているような気もしますね。
といったところで、些か半端ではありますが本日はこのあたりにて。
【書き忘れメモランダム】
- 竹熊健太郎さんは「アメコミが読めない」との旨のツイートをしておられるが、頭を切り替えれば横書きに対応できるのではないか。
- 『特攻の拓』をどう翻訳するか?「" 不運(ハードラック)" と " 踊(ダンス)" っちまったんだよ・・・」のニュアンスをどう伝えるか。
- 関連記事1:Webマンガにおける文字の横書き表現、その視線移動とコマ割(ゲームばっかりやってきましたさん)
- 関連記事2:文字が全部横書きあるいはその表現がある最近の漫画の例(karimikarimi さん)