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揺れる乳房と流れるトーン:『乳首残像』で知る残像の起源と歴史

ここ数年、表現規制に関する議論みたいなものが継続して行われている印象があります。つい昨日(9月1日)にも、「TVタックル」でも特集が組まれて、規制派と反対派でぶつかっていたようです。
自分は見逃してしまったのですが、twitter の タイムラインを拝見する限り、あまり出来としてはよろしくなかったようですね。


さてこういった表現規制の問題において、真っ先にやり玉に挙げられるのがエロマンガだったりする訳ですが、このエロマンガというジャンル、最近はまた事情は違っているようではありますが「エロ描写があれば何を描いても許される」という風潮があった故か、かなり独特の表現が生まれたりするジャンルでもあります。*1
今回は、そんな表現のひとつを特集した同人誌の紹介になります。いちおう18禁の同人誌にはなりますので、以下の文章は収納しておきます。





その表現とは乳首残像
「乳首」も「残像」もごく一般的な単語でありながら、それが組み合わさった途端に些か耳慣れぬ言葉になる訳ですが、読んで字の如く、乳首の描写に残像を用いること、またそれにより乳房の揺れを表現するさまであります。
そしてこの「乳首残像」は、別にエロマンガに限ったものではなく、全年齢向の作品においても用いられることがあります。一般化している(或いはしつつある)表現なのです。
と、こう書いてもいまいちピンとこない可能性もありますので、実例を挙げておきます。




矢吹健太朗To LOVEるダークネス』1巻209ページ。)



(同書6巻46ページ。)



(同書7巻130ページ。)



(同書9巻93ページ。)



(同書10巻192ページ。)


以上、自分が見つけた限りではありますが、矢吹健太朗さんの『To LOVEるダークネス』(既刊11巻まで)で用いられた全乳首残像です。ほんらいの乳首の位置とはずれるかたちで、残像のようにスクリーントーンを貼ることで、乳房が揺れ動いているのが表現されているのが判るかと思います。
アクロバティックな動きが多いこの作品にしては意外と登場回数が少ないかな、という印象もありますが、全年齢向故の制約とかもあるのかもしれませんし、ここぞという時の表現なのかもしれません。個人的には、ヤミやナナは体格的にやむなしとしても、御門先生やティアーユ先生で用いられていないのはちょっと意外でした。まぁ『To LOVEる』ならびに『To LOVEるダークネス』において最も重要なのは腋の(以下略)


些か脱線したので話を戻しますと、この「乳首残像」という表現はエロマンガにおいて磨かれてきたものであります。そしてこの表現の起源・ならびに歴史を紐解くと共に、この表現を創り出したお二方*2にインタビューをした同人誌が、今回ご紹介する『乳首残像』になります。



こちらが『乳首残像』。
一目みてピンときた方もいるかと思いますが、今年始めに何かと話題になった人工知能学会の学会誌「人工知能」のフォーマットのパロディですね。



こちらが「人工知能」誌。)


こちらの同人誌は、エロマンガ家さんへのインタビューを収録する同人誌『エロマンガノゲンバ』増刊という位置付けです。
著者・ならびにインタビュアーを担当されるのは、もう既にご存知の方も多いかもしれませんが、えろまんがけんきゅう管理人の稀見理都さんです。


そして「乳首残像」をほぼ同時期、1988年夏に描いたのが、奥浩哉さんとうたたねひろゆきさん。
GANTZ』の奥浩哉さんですよ。
セラフィック・フェザー』や『天獄』のうたたねひろゆきさんですよ。
このお二方、どちらも大御所と読んで差し支えない方々ですが、そのお二方に乳首残像について詳細にインタビューを試みた同人誌、という訳です。


インタビューにおいては、どのようにして「残像」の表現に辿り着いたのかを始め、どのような作品・作家に影響を受けたのかについても語られています。とりわけ興味深く感じたのは、「乳首残像」に対する、奥浩哉さんとうたたねひろゆきさんのアプローチの違いですね。
詳細は実際に読んで戴きたいところですが、奥浩哉さんは「目的としての残像」、うたたねひろゆきさんは「手段としての残像」といったところでしょうか。まったく異なる視点・アプローチから、ほぼ同じ時期に「乳首残像」に辿り着いたというのが非常に面白く感じられました。


因みに奥浩哉さんと言えば、



(武田一義『さよならタマちゃん』単行本裏表紙カバー裏。)


昨年大きな話題を呼んだ、自らのガン闘病を描いた傑作『さよならタマちゃん』の作者・武田一義さんがアシスタントをしていたことでも知られています。作中にも、名前こそ明確には書かれていないものの数回登場しており、その誠実な人柄が窺われます。上に挙げたのは、単行本の裏表紙に描かれた、退院後のエピソードになります。
その奥浩哉さんが饒舌に乳首残像について語るのが実に面白く感じられた次第です。因みに、インタビューの流れで「表現規制」の問題にも言及が為されているのですが、明確に反対の立場を取られているのが非常に心強く感じられました。


そしてインタビューとは別に、「乳首残像の歴史」と題された解説も収録。1988年の発明、翌年発生した「連続幼女誘拐殺人事件」とそれに煽りを受けてのエロマンガ業界の停滞、成年マークを付けての再出発と部数の急増(バブル)、時を同じくしての残像表現の増加、その後の表現の洗練・多様化が、多数の図版と共に解説されています。簡潔ながら、表現の歴史・変遷が判りやすく説明されています。




最後に予告について。
この『乳首残像』は『エロマンガノゲンバ』増刊の位置付けというのは先に書きましたが、次号 vol.10 は「大休刊号」になるとのこと。
非常に残念ではありますが、最近は稀見理都さん、マンガ学会とか「マンガ論争」の寄稿とか永山薫『増補 エロマンガ・スタディーズ』の増補分監修とか、『エロマンガノゲンバ』を始めた頃と比べると活動がかなり多岐にわたってきているので、これまでのペースで行うのは難しくなったということだと思います。



ただ、「エロマンガの現場を取材するというこの活動自体を辞めるつもりはありません。休刊後もまた皆様とすぐにお会いできる事をお約束したいと思います。」*3と予告に書いているので、『エロマンガノゲンバ』とはまた違う活躍が見られると思われます。


そして「大休刊号」の予告も出ているのですが、ちょっと信じ難いくらいのラインナップが並んでいます。現時点で20名の名前が上がっていて、今後更に増える予定とのこと。
そして予告に上がっている名前を拝見する限りだと、稀見理都さんの嗜好のルーツを辿るような、且つエロマンガの歴史を縦断するようなラインナップになっているように感じられます。尋常ではない熱量のインタビューになっていることは、疑いの余地がない。
詳細は追ってサイトで報告していくとのことなので、まずはそちらに注目しましょう。


「大休刊号」vol.10 は今年の冬コミ、12月30日発行予定とのこと。
これは期待するなというのが無理な話です。コミケに参加できるかどうかは判りませんが、必ず手に入れたい一冊ですね。


といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:エロマンガ以外のジャンル発生ながら、エロマンガにおいて表現が磨かれたケース」も少なからずあると思われます。一部詳細は本文にて後述。

*2:この表現は、1988年夏に、ふたりのマンガ家がほぼ同時に発表しています。電話を発明したグラハム・ベルとイライジャ・グレイみたいな感じですね。

*3:『乳首残像』(サークル:フラクタル次元)34ページ。