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『よつばと!』調査報告:スクリーントーンの使用傾向と変遷について

先月末、『よつばと!』最新14巻が発売となりました。

 

よつばと!(14) (電撃コミックス)

よつばと!(14) (電撃コミックス)

 

 

約2年5ヶ月ぶりの新刊となりますが、抜群の面白さでした。

よつばと周囲の人たちの日常を描いているだけのはずが、最高のエンターテインメントに昇華されているのは何故なのか、そんなことを考えてしまいますね。

会話の妙であるとか、間の取り方であるとか。

よつばの視点を通して見えてくる、これまで見えていなかった(或いは忘れてしまっていた)物事の見方とか。

周囲の誰もがよつばと真っ直ぐに接してくれる優しい世界観とか。

いろいろあるのだと思いますが、そういう雰囲気・空気感・世界観みたいなものが、細密に描き出されることで面白さに繋がっていくのかな、とか考える次第です。

 

それはそれとして、最新刊を読んでいて思ったのが、スクリーントーンをあまり使っていないということです。念のため説明しますと、スクリーントーンというのは中間色とか陰影とかを表現する際に用いたりするフィルム画材です。

よつばと!』の特徴のひとつとして、細密に描かれた背景描写があると思うのですが、それを描く際にも、細かく線を引いたりカケアミ線を使って表現するケースが多い。巻を重ねるごとにその傾向は強くなっているようにも感じる訳です。

 

ただ、これはあくまでも読んだ際の印象なので、実際は違うかもしれない、思い込みに過ぎない可能性もある。

では調べてみるか、ということで、

 

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既刊全巻、すべてのコマを調べました。٩( 'ω' )و 

以下、その調査報告ならびに分析みたいなものをしていきます。

 

 

まずは凡例的なものを。

  1. 【調査対象】単行本本編ページと本編扉ページ。単行本扉ページ、目次、カット、奥付等は対象外。
  2. 【調査方法】調査対象ページすべてのコマから、スクリーントーン未使用のコマ数を計測。スクリーントーン使用率を割り出す。
  3. 【計測時の例外】キャラクター(主によつば、あさぎ、綾瀬家のかーちゃん)の髪の毛に使用したスクリーントーンは計測時の対象外とする(登場するコマでほぼ必ず使用するため)。

 

以上3点に基づき、調べた結果がこちらとなります。

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まぁ、この数字が正確なものというつもりはありません。1つ1つのコマを調べてトーンの有無を判断している訳ですが、スクリーントーンかどうか判断が難しい描写も少なからず存在しますし、当然見逃しをしている箇所もあるかと思います。上の写真をご覧戴ければ判るように手作業でチェックしているのでカウントミスも考えられます。

また、この調査においては「コマの大きさ」は考慮に入れていません。見開きページにほんの少しだけトーンを用いているような場合であっても、トーンを使用したと見做してカウントしています。もし実際に読んだ印象と数字に乖離を感じたなら、調査方法もある程度影響していると思います。

あくまで近似値として、参考程度に捉えて戴ければ幸いです。

 

 

そのうえで、算出した数字から見えてくることを幾つか検討してみましょう。

 

まず、初期はスクリーントーン使用率が非常に高いことが見て取れます。1巻では90パーセント以上のコマにトーンを用いていますね。最初期においてトーン未使用なのは、あくまで傾向としてですが、よつばのとーちゃんがアップで描かれるコマとか、かなり限定されています。

 

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あずまきよひこよつばと!』1巻76ページ。)

 

第2話「よつばとあいさつ」で、鍵が壊れて開かなくなったトイレのドアを何とか開けた場面になります。とーちゃんは(夏は)家の中では白Tシャツにパンツ一丁というスタイルでいることが多いので、アップになると必然的にトーンの使用が減るという訳です。

 

連載初期は、家具や調度、背景・風景・自然物の描写、陰影等でごく普通にスクリーントーンを使用しています。しかしながら仔細に観察すると、連載を重ねるごとに、少しずつトーンを減らしているのが判ります。一例として「目の描写」を挙げてみます。

 

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(同書2巻148ページ。)

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(同書2巻170ページ。)

 

上の画像は第13話「よつばとかえる」の、よつばが捕まえてきたかえるを恵那に見せている場面。下の画像は第14話「あさぎのおみやげ」で、恵那が沖縄旅行に行ってきたあさぎからお土産のシーサーを受け取っている場面です。

注目して欲しいのは恵那の目、黒目の周りです。上の画像ではトーンを貼っていますが、下の画像では斜線を重ねています。

連載初期(1〜13話あたりまで)は黒目の周囲にスクリーントーンを貼るケースが非常に多いのですが、14話あたりから線を細かく引く描写に切り替えています。もちろんすべてをそう変えている訳ではなく、何らかの強い感情表現を示す場合とか、使いどころを吟味してトーンを用いるように変化している、という感じです。

 

さて、一度調査結果の表に戻ってみます。

トーン未使用率を見ると、9巻で一気に跳ね上がっているのが判ります。未使用率は67.5%まで上昇していますね。

ただ、それ以前から着実にトーン使用率が減っているのは明らかで、個人的な印象では6巻、第39話「よつばとぎゅうにゅう」前後が転回点かな、と。連載開始時から着実に背景等の描写は緻密さを増してきていたのですが、それが完成に近付いたといいますか、『よつばと!』という作品独自の世界観・空気感みたいなものが出来上がったのがこのあたりではないかと考えます。それ以降は、その雰囲気を更に洗練させ、彫琢を重ねていくような感じでしょうか。

 

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(同書6巻118ページ。)

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(同書6巻119ページ。)

 

第39話「よつばとぎゅうにゅう」の、よつばが綾瀬家においしい牛乳(1本1000円)をお裾分けしにやってきた場面です。余談ながら、あさぎが「...本物?」と訊いているのは、第26話「よつばとしんぶん」(単行本4巻収録)で、よつばが「牛乳をつくる」と言って歯磨き粉を混ぜた水を飲ませようとしたエピソードがあるからですね。

このあたりになると、背景や陰影の表現にスクリーントーンを使う割合は劇的に減ってきます。あさぎが肘を置いているテーブルや椅子の影になっている箇所はカケアミ線等を用いています。

また、普段着にもトーンを使わなくなっていきます。風香の普段着、このあたりから使わなくなってきていますね。

 

服装にトーンを用いなくなる傾向は風香に限ったことではなく、他のキャラクターでもその流れは押し進められていきます。

 

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(同書6巻66ページ。)

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(同書9巻168ページ。)

あさぎの友達、虎子の服装も変化しています。上の画像は第37話「よつばとポタリング」で虎子がよつばに折り畳み自転車の説明を試みている場面、下の画像は第61話「よつばとききゅう」でバルーンフェスティバルに来たよつばたちが豚汁を食べている場面です。

虎子は基本的に黒っぽい上着を着ている場合が多く、その上着はスクリーントーンを用いつつ更に線を重ねて描写されていましたが、9巻以降は縦線を重ねて描かれるようになりました。

 

服装で言えば、よつばにも大きな変化があります。これも9巻ですね。

 

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(同書9巻6ページ。)

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(同書9巻18ページ。)

 

第56話「よつばとよてい」のコマです。上の画像はよつばが見たちょっとシュールな夢の1コマ、下は今日1日の予定表を作っているよつばの姿です。

よつばのトレードマーク的な服装ですが、この回で変化があります。連載開始時からずっとスクリーントーンを用いていた半ズボンが、この回の途中、夢から覚めて以降ですが、トーンを使わなくなるのですね。

 

 

それ以外の、背景・風景や自然描写の緻密化、それに伴うスクリーントーン使用の減少傾向についても幾つか見てみましょう。

 

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(同書1巻55ページ。)

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(同書7巻63ページ。)

 

上は第2話「あいさつ」でよつばが引っ越してきて最初に迎えた朝。下は第44話「よつばとねつ」で熱を出してしまったよつば。襖に注目してください。トーンを貼っていたのが、線になっているのが判ります。ドアや床の描写にも同じ傾向があり、先程言及した6巻あたりでは、ほぼ線で描かれるようになっています。

 

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(同書1巻156ページ。)

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(同書9巻45ページ。)

 

上は第5話「よつばとかいもの」で日用品を買いにデパートへ行った場面。下は第57話「よつばとジュラルミン」で訪れたぬいぐるみ屋の場面となります。描き込みが緻密になっているのはもちろんのこと、下の画像でスクリーントーンを使っているのはよつばの靴だけ(の筈)という点にも注目です。

 

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(同書1巻220ページ。)

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(同書8巻96ページ。)

 

雨の表現の比較。

第7話「よつばとおおあめ」ならびに第52話「よつばとたいふう」の比較となりますが、前者ではスクリーントーンに線を重ねることで水(大雨)の質感を表現していたのに対し、後者では膨大な量の斜線で横殴りの雨、どんよりと暗くなっている空模様を描いているように感じられますね。

 

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(同書1巻163ページ。)

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(同書11巻102ページ。)

 

この違いはすごいですね。どちらも同じ神社の石段を描いています。

上は第5話「よつばとかいもの」の買い物帰りの一場面、下は第73話「よつばとくりひろい」の場面になります。石段の角度とか質感の描写、手すりの影の描き方。表現を磨き続けているのが判ります。

 

 

ずいぶん長くなってきたのでこのあたりで一区切り。

次はどのような日常を見せてくれるのか。刊行ペースはかなりゆっくりになっていますが、その価値は間違いなくあるので、期待しつつ次巻を待つことにします。

 

といったところで、本日はこのあたりにて。

 

 

書き忘れていましたが、単行本12巻でトーン未使用率が一気に下がっています。

これは第78話「よつばとあおいろ」で部屋中をペンキで汚してしまうエピソードや、第80話「よつばとハロウィン」でのよつばのかぼちゃ衣装が影響しています(ペンキとかぼちゃ衣装にスクリーントーンが用いられているため、ほぼ全コマでトーン使用という結果になっています)。