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時折マンガの話をします。

2020年個人的に面白かったマンガまとめ

 気が付けば前回のブログ更新から半年以上経っていました。( ^ω^; )

既に12月となり、もうすぐ「このマンガがすごい!2021」も発表される時期ですね。

 

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 

まぁ今年は鬼滅の刃』と『チェンソーマン』あたりが顔を連ねるのかな、というのが大方の予想では、と。『忍者と極道』とかもそこそこ上位に食い込むのかな、と思ったりもします。少女マンガは最近あまり読めていないので何がランクインするのかちょっと予想が付かないところもありますが、『ゆびさきと恋々』とかは入るかな?とか考えたりも。

鬼滅の刃』最終巻は自分も先日読みまして、鬼と鬼殺隊との戦いすべてと、その後に至るまでを見事に描き切った感があって素晴らしかったなと思う次第です。

 

 

それはそれとして、今年読んで面白いな、と思った作品を挙げてみます。個人的な「このマンガがすごい!」というやつですね。

昨年末〜今年秋頃に1巻が刊行されたもの、或いは単巻ものを中心にしています。特に順位と付ける必要性は感じていないので、思いつくままに、といったところです。

 

 

 原作:山口鐘人 / 作画:アベツカサ『葬送のフリーレン』

 

1巻が発売された頃に twitter でけっこう話題になったので、憶えている方や実際に読んでいる方も多いかと思います。今年のランキングにも出てくるかな、という気も。

魔王討伐を果たした勇者一行の魔法使い、フリーレンの討伐以後の旅路が描かれます。

魔王討伐以後の物語、という題材に関しては、『ダンジョン飯』の作者・九井諒子さんの初単行本『竜の学校は山の上』に収録されている「魔王城問題」とか、2ch(現5ch)に投稿された『勇者「魔王倒したし帰るか」』とか、ちょっと違うかもしれないですが『まおゆう魔王勇者』とか、それ以外にもなろう系小説とかにもあるように思いますし、ファンタジーの潮流の1つとして定着しているように感じるのですが、数ある中でも出色の出来では、と。

 

長命種であるエルフのフリーレンは、魔王討伐後も趣味である魔法集めの旅を続けるのですが、永い時を旅する中で、冒険を共にした勇者や僧侶(神官)との別れがあり、僧侶や戦士(ドワーフ)からは弟子を託されて新たな仲間を得たりもする。そして魔法集めの旅は、嘗ての勇者たちとの旅の想い出を辿る旅にもなっていく訳ですが、その旅路が、実に繊細且つ静謐な雰囲気を伴い淡々と描かれていて、それが読んでいて心地良いのですね。世間ずれしているフリーレンと、(僧侶に託された)弟子の魔法使い・フェルンとの、掛け合いにも似た遣り取りも愉しいです。

 

望郷太郎(1) (モーニングコミックス)

望郷太郎(1) (モーニングコミックス)

 

 山田芳裕『望郷太郎』

 

図らずも「旅」が題材の作品が続きます。

へうげもの』で茶人・古田織部のひょうげた生き様を、軽妙でありつつも重厚に描き抜いた山田芳裕さんが次に描くは、500年後の未来の話。

北半球全体が大寒波に襲われる中、財閥系企業・舞鶴通商の御曹司でありイラク支社長の舞鶴太郎は、極秘裏に開発を進めていた人工冬眠装置に、家族と共に一時的に入ることで寒波を回避しようとします。しかしながら太郎が目を覚ましたのは500年後の世界。妻子が入っていた装置は停止し既に死亡しており、外は雪が降り積もる、文明そのものが崩壊した世界。絶望の底に落とされるも、せめて日本がどうなっているのか、東京に預けていた長女はどうなったのかを知りたいと、イラクからシベリア鉄道ルートを経て日本を目指す、太郎の壮大な旅が幕を開けます。

文明が崩壊した・或いは大幅に後退してしまった世界が、山田芳裕さん独特の筆致で描かれています。旅を進めるうちに、狩猟採集生活、収奪・戦争に替わる手段としての物々交換・贈答、畑や牧畜、貨幣(に近いもの)が使われる社会と、少しずつ文明が発達していくのも面白いですね。そしてそのような世界で生きる(大寒波を生き延びた僅かな人々の)死生観・価値観といったものの描き方も、実に生々しい。嘗て金の力を信じ知悉していた太郎が、文明が大幅に後退した世界の生き方を知りながら、金・貨幣の萌芽が見られる社会でどう生きていくのか。今後の展開も非常に楽しみな作品です。

 

 肋骨凹介『宙に参る』

 

これも1巻発売時に twitter で話題になったので、ご存知の方は少なくないかな、と。

 

この物語は、葬儀の場面から始まります。

若くして夫・宇一を亡くした鵯ソラ。喪主を努めるのは息子の宙二郎。

葬儀は遠隔で。焼香用のロボットが手を合わせる。そして宙二郎自体もロボット。

舞台となるのは遥か未来、ソラが暮らすのは、地球から遠く離れたコロニーです。

葬儀を終えたソラと宙二郎は、義母(宇一の実母)に会いに地球へ向かいます。

 

そして地球へ向かう途中に様々な場所に立ち寄ったり嘗ての同僚と会ったりするのですが(ソラの住むコロニーから地球までは45日掛かる)、その過程でソラの特異性が浮き彫りになっていくのが面白いのですね。自律小惑星型将棋AI・通称「棋星」に人格があると主張する人権保護団体NGOの主張を確かめるために棋星にハッキングしたり、それが元で公安に目を付けられるもコロニーの気象制御システムに即時介入し光学兵器のように使用して退けたり。

それらに加え、日常のちょっとしたやりとりも、明確なロジックに基づいて描写されていて、しっかりとしたSF作品だな、と感じます。遠隔葬儀の詳細とか、おでん屋の会計金額合計からある仮説に辿り着くくだりとか、痺れます。

更新ペースがゆっくりなので次の巻までまだしばらく掛かりそうですが、気長に待ちたい逸品です。

 

伽と遊撃 1 (ビームコミックス)

伽と遊撃 1 (ビームコミックス)

 

 有馬しのぶ『枷と遊撃』

 

『その女、ジルバ』が手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞、2021年1月からは実写ドラマも放映予定。作者の有馬しのぶさんの新作は、フィクションが悪・堕落とされる未来を舞台としたSF作品です。(選んだ作品にSF率が高いのは、まぁ自分の嗜好も多少含まれていますが偶然です。)

 

上述のとおり、舞台となるのはフィクションが悪とされる世界です。

フィクションの存在とそれへの耽溺が原因となり、大きな争いが起こり滅亡寸前まで行ってしまった世界。それから百年近い時間を掛け、復興は進んでいるものの、人々は地下世界(のような場所)で暮らし、創作行為は固く取り締まられる社会で生きています。しかしながら医療や科学技術は発展し続けていて、視力や聴力の代替技術も発達しているほか、人と遜色ない振る舞いをする「人造犬」(ファンタジー作品に登場する獣人のような身体の、機械のペット。シッターとしても働くことが可能)も存在する。

主人公のミミオとその姉キア、母親のチカの家族のもとにも、人造犬・クローバーがいます。女手ひとつで家族を養うためにシッターが必要だったという事情があるのですが、クローバーも含め、ミミオの家族は様々な感情が絡み合いギリギリのバランスで成立している。

そんな中、ある行き違いから、クローバーがミミオを襲っていると誤認したチカが、クローバーを破壊してしまいます。そしてその際、クローバーの記憶チップがミミオの体内に取り込まれてしまう。そこから物語は大きく動き始めます。

 

幾つもの視点から物語が綴られるため、簡潔に伝えるのが難しいのですが、「時間」「記憶」といったものが物語の軸となります。ジョージ・オーウェル『一九八四年』みたいな話かな、と思って読み進めたらテッド・チャンあなたの人生の物語』(或いはそれの映画化『メッセージ』)だった、という印象ですね。未来が過去〜現在を確定させるというか。断片的に描かれる未来に向かって物語が進んでいくというか。不思議な読後感を得られる作品です。

  

 和山やま『女の園の星』

 

昨年の『このマンガがすごい!』オトコ編2位となった『夢中さ、きみに。』で鮮烈なデビューを果たし、同作のドラマ化も決定したほか、新作『カラオケ行こ!』も発売され波に乗っている和山やまさんの初連載作品です。「FEEL YOUNG」にて連載中。

教師・星先生を中心とした、女子高の日常が独特のテンションで描かれます。

 

これは何というか、台詞回しや語彙の選択、間の取り方、発想の飛躍といったものが、まぁ天才的と言いますか。漫画家を目指す松岡さんにアドバイス?をする話とか、先生にあだ名を付ける話(そこから同僚の小林先生と飲みに行く話)とか、出先で読んではいけないです。

幾つか台詞を抜き出すので、あとは実際に読んでみて欲しいです。

 

「でもそのあと警察署からパンくわえて出てきたのは面白くて好きだよ」*1

「ポロシャツアンバサダー... 小林先生そんなたいそうな地位にいらしてたんですか」

「知らないうちに就任しちゃってたみたいで...」*2

「秘伝のペットってなんですか...」(中略)

「確定申告ができるチワワとかじゃないすか?」*3

「星先生命狙われてません...?」(中略)

「気をつけるもなにも... バズーカ撃たれるのはもう気をつけようがない...」*4

 

 池辺葵『ブランチライン』

 

女性の働く様子や生活描写、ふとしたことから紡がれる言葉といったものを丹念に、丁寧に積み重ねていくことで、その人の生き方そのものを鮮やかに浮かび上がらせていく。池辺葵さんの作風はそう捉えることができるのではないかと思う次第です。

数々の短編や、前作『プリンセスメゾン』もそうでしたが、新作となる『ブランチライン』にもそれは遺憾無く発揮されていると感じます。

 

物語の中心となるのは、八条寺家の四姉妹と母親、そして甥(長女の息子)。

長女・イチは夫の不倫がもとで離婚、パートや派遣をしつつ息子・岳を大学院まで入れている。

次女・太重は市役所勤め、三女・茉子は喫茶店を経営している。

そして四姉妹の中でも中心として描かれる四女・仁衣はアパレル系の会社に勤めています。

彼女らの働く姿と共に、過去の情景も並行して描かれます。イチが別居・離婚した時期と、その頃の岳の姿。そして岳の姿を目の当たりにした姉妹は、彼の幸せを考えるようになっていく、その経緯もじっくりと描かれる訳です。

それによって、四姉妹の芯というか、強さというか、それらが静かに立ち昇ってくるんですよ。ほんとうにしみじみと良いな、輝いているな、と感じる。

 

あと、仁衣の部下に山田という青年がいるのですが、この二人のやりとりも良いのですね。

そしてある重大な事実が断片的に描かれた状態で、以下続刊という流れです。続きが気になって仕方がないです。

 

蟻の帝国(1) (ウィングス・コミックス)
 

文善やよひ『蟻の帝国』 

 

擬人化ファンタジー作品です。

作者の文善やよひさんは元々獣人系BLとか描かれていた方なのですが、初の非BL(とは言っても掲載誌が「ウィングス」ということもあり、やや境界線上といった趣はありますが) 連載作品となる...筈ですね。

タイトルからも判るように、蟻(や他の昆虫類)の生態・社会を擬人化したかたちで、物語は描かれます。

 

「女王」を頂点とし、身体の大きいものが就く特権階級の「兵蟻」、平民に該当するその他無数の「職蟻」という階級により厳然と区別されている蟻の社会。女王はそれ以外を完全に支配下における能力を持ち、絶対君主として蟻を統括しています。

主人公のルーリャと弟のアーリャは職蟻です。彼らの母親は腕の良い薬師でしたが、数年前の戦に連れて行かれ、そのまま戻ることはなく。二人は母親を連れて行った隻腕の騎士に敵討ちを誓うも、彼らに立ち塞がるのは階級という壁。住む場所すら隔てられている兵蟻に近付くためには、城仕えになるしかない。そのため、ルーリャは母親の遺した店を守ろうと、アーリャは城仕えを目指し敵を討とうと日々を過ごしています。

そんなある日、とある出来事がきっかけでルーリャは投獄されてしまいます。母親から毎日飲むように言われていた薬を飲むことさえできない。自らの不甲斐なさに涙を流すルーリャ。しかしその行為じたいが、ルーリャの運命を大きく変えていくことに...。

 

といった出だしです。ズバリ言ってしまうと、涙を流せることは、次の女王となる資格を持つということになります。女王は「匂い」で他の蟻を支配するのですが、その匂いが最も強く残るのが涙であり、それ故に女王は、他のすべての蟻に泣くことを禁じています。涙を流していることじたいが女王の支配から逃れていることになり、自らの涙で他を支配できるということでもあります。そして女王以外に涙を流せる者を、作中では「女王のたまご」と呼んでいます。

 

人の姿で蟻の社会を描くことで、ルーリャたちの生きる世界の歪さが浮き彫りになっていくのが面白いと言いますか、擬人化という手段の強みとも言いますか。それに加え、女王じたいの秘密や、ルーリャとは別の「たまご」の思惑、たまごと使用人の関係性とか、隣国「油売りの国」(アブラムシを擬人化した国です)との関わりとか、様々な要素が耽美な筆致と雰囲気を伴い描かれていて、良質な歴史ファンタジーとなっています。

 

 ダヴィッド・プリュドム『レベティコ -雑草の歌』

 

海外の作品です。BD(バンド・デシネ)ですね。

この作品、訳者の原正人さんが翻訳出版を願うも叶わず、それならばとクラウドファウンディングで出資を募り出版レーベル「サウザンコミックス」を立ち上げ、出版に至ったという経緯を持つ作品です。

 

タイトルにもなっている「レベティコ」とは音楽の一ジャンルでして、自分も詳しくはないのですがギリシャのブルースとも評される音楽です。解説によれば、第一次世界大戦後の動乱期にギリシャに逃れてきたトルコ難民の間で流行っていた音楽をルーツにするとのこと。半ば世の中から見放された移民・難民、スラム街の人々、低所得者層といった人々の声を歌い上げるのが「レベティコ」と考えて良いのかな、と。

舞台となるのは、1936年10月のギリシャアテネ)。独裁者として権力基盤を確固たるものとしつつあった首相、イオニアス・メタクサスがレベティコ奏者の弾圧を強めていた時期です。

奏者であり地元の顔役でもあるマルコスが、刑務所での服役を終えて出所。グループを組んでいたスタヴロス、バティス、アルテミス、犬っころ(本名は作中で出てこない)らと集まり、水タバコを吸いながら喋ったり、酒場での乱痴気騒ぎに巻き込まれつつ演奏したり、ハシシ窟で演奏した後に憲兵から逃げ回ったり...と、マルコスが出所した昼下がりから翌日朝までの1日が描かれます。

 

やくざ者・ならず者といった面もあるレベティコ奏者たちの刹那的な生き方や、弾圧を受ける彼らの遣り場のない感情・閉塞感、繊細でありつつも豪放磊落といった彼らの姿が、レベティコのリズムに合わせるかのように、じっくりと描かれていきます。

演奏の場面とか、水タバコを廻し飲みする際の煙の描写とか、ハシシ窟の薄暗さとか、夜明け直前の港の様子とか、どれもが実に良い色合いなんですよね。1ページ1ページを、丁寧にゆっくりと読み進めていきたい作品だと思います。

 

因みに登場人物の何人かには、実在のモデルがいます。

YouTubeに上がっているレベティコも貼り付けておきます。

 


"Θεέ μου Μεγαλοδύναμε" τραγουδι: Γιώργος Μουσταΐρας

 

恐怖と奇想 現代マンガ選集 (ちくま文庫)

恐怖と奇想 現代マンガ選集 (ちくま文庫)

  • 発売日: 2020/11/12
  • メディア: 文庫
 

 責任編集:中条省平『現代マンガ選集』

 

筑摩書房創業80周年記念として編纂された、全8巻のマンガアンソロジーです。

筑摩書房のサイトによれば「本選集は、1960年代以降半世紀にわたる日本の『現代マンガ』の流れを新たに『発見』する試み」とのこと。それぞれ1冊ごとにテーマを据え、それを体現するような作品を収録しています。

責任編集を務める中条省平さんは本業はフランス文学者ですが、映画やマンガにも造詣が深く、それらの文章を多数書いておられます。個人的な印象も含まれますが、1968年前後をサブカルチャーにとって最も重要な時期(表現に大きな変革を齎した時期)と捉えているようで、それは間違っていないと思いますが、セレクションもそれが大きく反映されたものとなっています。

ただ、それぞれの巻を別の方が編集していることもあり、編者の特色も色濃く出た、それ故にバラエティに富んだ内容となっていて、未読だった作品も次々と出てきます。マンガの豊穣さというか奥深さというか、そういったものを強く感じられるアンソロジーかと。とりわけ、マンガ家でもある川勝徳重さんが編集した【恐怖と奇想】は、セレクションが非常に尖っていて凄いですね。

 

 

さて、長くなったのでこのあたりにて。

今年はもう1つくらいは更新したいところですが、いろいろやらねばならぬことも多く、果たしてどうなるかといったところです。

*1:和山やま『女の園の星』1巻91ページ。

*2:同書105ページ。

*3:同書129ページ。

*4:同書159〜160ページ。