中村明日美子さんの新刊は、耽美と幻想に彩られた童話集。凝った造本も魅力的:『LE THÉÂTRE DE A 〜Aの劇場〜』
先日、中村明日美子さんの待望の新刊、『LE THÉÂTRE DE A 〜Aの劇場〜』(以下『Aの劇場』)が発売されました。
- 作者: 中村明日美子
- 出版社/メーカー: インデックス・コミュニケーションズ
- 発売日: 2012/08/27
- メディア: 大型本
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『Aの劇場』は、インデックス・コミュニケーションズから出ているゴスロリ専門誌「Gothic&Lolita Bible」に掲載されていた読切を集めた作品集です。余談ながら、同じくインデックス・コミュニケーションズが出している雑誌「KERA」で連載しているのが『ノケモノと花嫁』になりますね。
- 作者: 中村明日美子,幾原邦彦
- 出版社/メーカー: インデックス・コミュニケーションズ
- 発売日: 2009/12/15
- メディア: コミック
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私事になりますが、昨年末のコミケで頒布された同人誌『楽園に花束を』において、中村明日美子さんの作品の系譜みたいなものを大雑把ながら書かせて戴きました。その際に参照できなかったものの1つが「Gothic&Lolita Bible」に掲載されていた作品群です。
そのような経緯もあり、今回の単行本化は非常に嬉しいですね。
そして『Aの劇場』単行本、非常に造本が凝っている。
ハードカバー大型本という装丁も(日本のマンガ単行本としては)なかなか珍しいですよね。それに加え、カラーの使い方が非常に良い、耽美な雰囲気を作品にもたらしています。
ほぼすべての作品に何らかのカラーが用いられているのですが、基本的に1作品につき1つの色合いのみを使っています。この作品では赤、こちらの作品は緑、この作品では紫、という具合。*1そしてカラーは、衣装や調度品・その他各種意匠にのみ用いられます。
これは、絢爛たる装飾を引き立てると共に、人物の肌の色との鮮やかな対を為している。登場人物の肌は純白で統一されています。ゴスロリの世界観を見事に表現しているように思う次第。
そしてまた、そのカラーの処理も特殊です。
例として、こちらをご覧下さい。
(中村明日美子『LE THÉÂTRE DE A 〜Aの劇場〜』13ページ。)
左下のカラー部分が光っているのがお判りでしょうか?
これは単に撮影に失敗したというのではなく(まぁ自分の撮影技術は未熟も良いところではありますが)、カラー部分に光沢処理をしているのです。
光沢処理がされているカラーは数種類ありまして、本を傾けると色合いに変化があって実に奇麗。つい色々なページを開いては本を様々な角度に傾けてしまいます。これは是非、実際に手に取って確かめて戴きたいところです。
作品じたいの話に移りますと、おとぎ話や童話を下敷きにして、それを元に中村明日美子さんが独自の味付けをしたような、ファンタジー・寓話的な作品を中心に収録されています。先程読切と書きましたが、連作となっている(同じキャラクターが登場する)作品も幾つか。
あくまで個人的な主観になりますが、傾向として初期の作品には僅かな頽廃的な雰囲気や「死の匂い」みたいなもの、或いは作中人物の逃避傾向を感じるのですが、段々と年代を追うごとに、そこから先へ進もうとする姿が描かれているように思いました。
因みに収録作品は2005〜2008年にかけて執筆されたものとなります。この時期は、代表作の1つとして挙げられる『Jの総て』『同級生』等を描いていた頃でもありますね。
とりわけ『Jの総て』とは大きく重なっている。『Jの総て』も連載初期と後期ではかなり作品全体に漂う雰囲気が変化している(と思う)訳ですが、何か相通ずる要素があるのかも、とか考えたりします。
そしてこれらの連載群は、後の中村明日美子さんの一般向作品(主に白泉社での仕事)のルーツと言えるかも、と思いました。
「Gothic&Lolita Bible」に最初に掲載された読切『oeufs d'ange 〜天使のタマゴ〜』*2は、中村明日美子さんが男女の恋愛を描いた(恐らくは)最初の作品となるのですね。*3
それ以前の『コペルニクスの呼吸』や各種読切作品は、同性の恋愛作品・或いは対象が性転換した「元」男性だったりするのですな。
一般向マンガ雑誌での初登場となった『父と息子とブリ大根』(「メロディ」2004年8月号)も、主役は「元」男性。そして次に「メロディ」に作品を発表するのが2006年1月号になる訳ですが、その間に『天使のタマゴ』は発表されている。
2006年には「メロディ」に幾つか読切を発表し、その後2008年から続けざまに読切を描くことになるのですが、その空白期間*4には「Gothic&Lolita Bible」で若夫婦の美しくも悲しき恋愛劇「Perfect World」を発表しています。*5
ルーツというのは些か誇張した表現やも判りませんが、中村明日美子さんの一般向作品の流れを辿るうえでは、決して無視はできない作品群だな、とは言えるのではないかと考える次第です。(´ω`)
と、やや堅苦しい内容になってしまいましたが、ゴスロリの世界観を纏った、時にほろ苦くも耽美な作品群は、何れも静かな余韻の残す逸品と言えます。
若干値は張りますが、読んで損はしない1冊だと思います。
といったところで、本日はこのあたりにて。