マンガLOG収蔵庫

時折マンガの話をします。

鳥取・京都探訪 3日目:古田織部の足跡を訪ねる

鳥取・京都を巡る旅行、3日目の続きです。

 

龍谷ミュージアムで「水木しげる 魂の漫画展」を鑑賞したあと、向かった先は祇園です。

せっかくだから、マンガやアニメに出てきた箇所を散策したい、京都はいろいろな作品の舞台になっているのでよりどりみどりだけど何処にしようか、と考えた結果、『へうげもの』だな!と相成りました。

 

 

今年1月に完結巻が出た『へうげもの』。

史実のみならず陰謀論に近い説も茶筅でかき混ぜるかのように綯交ぜにし、クセがありながらも堪らない魅力を持つ筆致や構図も相俟って、誰も真似できない、抹茶よりも濃い独自の世界が立ち現れていました。

古田織部のひょうげた生涯を描き抜いた、マンガの歴史に残る傑作であったと思います。

 

 

そんな『へうげもの』に関わりの深い場所を訪ねてみようと思い、目的地として定めたのが祇園となります。

 

 

 
 
 
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祇園四条駅を降り、四条通りをしばらく歩いて右折。

如何にも祇園、といった趣のある花見小路通りを直進します。そして突き当たりにあるのが建仁寺です。

 

www.kenninji.jp

 

へうげもの』最終巻で織田有楽斎が最後を迎えた場所であり、*1俵屋宗達の代表作「風神雷神図」を所蔵している寺でもありますね。

 

 
 
 
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本坊から中に入り、風神雷神図(の複製)を拝見したり、数々の襖絵や「○△□の庭」を始めとする作庭の美しさを堪能したり、法堂の天井いっぱいに描かれた「双竜図」に圧倒されたりと。

 

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山田芳裕へうげもの』25巻57ページ。)

 

作中では風神と雷神はそれぞれ古田織部徳川家康を見立てたものとして描かれており、一般的に風神・雷神を描く際には用いられない緑と白を使っているのも、織部好みの緑釉と家康の象徴たる江戸城の色ゆえ、という解釈が示されています。これが独創なのか、或いは一定の支持を得ている説なのか、自分には判らないのですが、読んでいて非常に面白く感じた箇所ですね。

 

 

建仁寺の次に向かったのは高台寺です。

へうげもの』作中でも屈指の存在感を放つ天下人・豊臣秀吉正室であると共に、作中においては「徳川家康の想い人」であり、物語において重要な役割を果たすことになる、北政所(ねね)が開いた寺となります。

 

www.kodaiji.com

 

 
 
 
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建仁寺から東方面へとしばらく歩き、緩い上り坂になっている石塀小路を抜けると、「ねねの道」と呼ばれる通りに辿り着きます。

 

 
 
 
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入口の石段を上り、参拝開始。

 

 
 
 
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心が洗われるような感覚がしますね。

因みに Instagram のほうには上げ忘れてしまったのですが、3枚目の写真(庭園)は『へうげもの』作中で織部正の一番弟子となり、師の介錯も務めんとした小堀遠州(作介)の手によるものとされています。

 

 

 
 
 
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(別角度から。上が時雨亭、下が傘亭。)

 

 

庭園の先は上り坂になっていて、その先には豊臣秀吉とねねの像が祀られている霊屋(おたまや)があります。そこを更に登ると、茶室がふたつ並んでいるのが見えてきます。傘亭と時雨亭、これも共に『へうげもの』に出てきますね。

 

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(同書16巻109ページ。)

 

高台寺の茶室。

現在ある実際の茶室との違いは、傘亭と時雨亭の間に土間廊下が設けられている点ですね。

因みに、ここを歩いている際、案内をしている方がいらっしゃったのですが、その方の仰るには「元々は傘亭の入口には舟が横付けされていた」と。そこだけ聞くと「ここ、明らかに山だよな」となりますが、この2つの茶室は、元々別の場所にあったものをこの高台寺まで移してきたという訳です。

 

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(同書12巻106〜107ページ。)

 

伏見城、山里丸に設けられた茶室が東西(ページの左上・右上)に設けられています。西にあるのが傘亭、東にあるのが時雨亭。

 

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(同書12巻113ページ。)

 

このような感じに、舟で乗り付けてそのまま茶室に入ったということですね。

と、今から400年以上前の茶の湯をめぐる光景に思いを馳せつつ、高台寺巡りを終えて次の場所へ。高台寺の隣にある、北政所が晩年を過ごした圓徳院です。

 

www.kodaiji.com

 

 
 
 
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建仁寺高台寺と同じように、襖絵や庭園を堪能し、北書院へ向かうと、縁側(?)に座って座って北庭を鑑賞している観光客の方が複数名。

自分はその前に...と書院内部を眺めていたところ、奥に紐で仕切られたような一画があり、説明書きが添えられています。それによると、この書院内で抹茶を飲むことができる。

 

抹茶には2種類ありまして、先述の観光客の方々のように縁側部分で戴く「点て出し」と、古田織部考案の「献茶手前」です。献茶手前とは、説明書きによると、「利休の茶人の茶を越えて武士の茶を創造せよ」と秀吉から命じられた織部が考案したもの、とのこと。

 

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(同書9巻185ページ。)

 

これですね。

そして古田織部考案となれば、飲まないという選択肢は存在しない。

庭を眺めながら、というのも捨てがたかったのですが、献茶手前を頼みます。紐の内側にある座席に案内され、待つことしばし。

 

 
 
 
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(同書23巻108ページ。)

 

献茶手前、作中の描写だとこれが最も近いでしょうか。大坂夏の陣直前、茶席において織部正が徳川家康に、豊臣秀頼との会席を促す場面です。天目台に茶碗を置き、そして茶碗の上には扇子を乗せています。

扇子を取ると、茶碗の底に抹茶の粉が入っていて、その場でお茶を点ててもらえます。水差し(みたいなやつ)に入っている湯を茶碗に注ぎ、茶筅でかき回すのをじっと拝見すること数十秒、

 

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抹茶のできあがり。

お茶菓子として添えられている瓢箪きんつばを味わい、北庭の風景も堪能しながら、味の濃い抹茶を少しずつ飲んでいきます。この苦味ときんつばの甘みが、良い塩梅に調和しているように感じました。

 

そして、献茶手前を頼んだ人は奥の茶室見学ができるとのことで、入ってきました。

 

 
 
 
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へうげもの』作中でも度々描かれた、家康が髷をぶつけてしまうくらい小さい入口を抜け、二畳ほどの静謐な空間に足を踏み入れました。この小さな空間に広がりを見出したり、時には大きく歴史に関わるような話し合いも為されたりしたのだろう...と、いろいろと思いを馳せつつ、圓徳院を後にしました。

 

 

といったあたりで、9/30〜10/2日にかけての鳥取・京都旅行の記録はひとまず終了です。

全体的に駆け足だったり、台風で予定変更を余儀なくされたりもしたので、また行きたいですね。タクシー代で散財したりもしたので、しばらく貯蓄に努めて、次に備えたいと思います。

*1:因みに茶室「如庵」は現在愛知県犬山市に移築されています。