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時折マンガの話をします。

男も妊娠可能な世界:杉山美和子『Bite Maker』

気が付けば元旦以降更新していませんでした。( °ω°: )

 

まぁ相変わらず仕事に追われ気味だったり、休日もグダグダと本を読んだりネット見たりしているのが原因な訳ですが、ちょっと設定が面白そうな作品を知る機会があったので、その作品について軽く触れてみようかと思います。

 

 

 

小学館のデジタル少女マンガ誌「&FLOWER」で連載されている、『Bite Maker』。

作者の杉山美和子さんは、『花にけだもの』がドラマ化されたりもしていますね。

で、この作品の設定なのですが、オメガバースなのです。単行本あとがきマンガの台詞を借りると、「少女まんが界初オメガバース」です。*1

 

オメガバース、ご存知でしょうか?

知っている方は「何を今更...」という感じかもしれませんが、この設定・世界観に関しては、ある程度把握しておかないと作品じたいの理解も曖昧になります。なので、少々詳しく触れておこうかと思います。

少し特殊な内容であるのと、作品の内容にも少なからず触れるので、以降の文章はいちおう折り畳んでおきます。

 

 

オメガバースっていうのはジャンルというか世界観そのものを指す言葉でして、ある設定に基づいて描かれた物語全般が「オメガバース」と総称される訳です。英語圏の二次創作サイトが発祥とのことで、オープンソース的な利用が可能な設定と捉えて問題ないようですね。

 

で、その設定というのが、男女とは別に3つの性別が存在する、というものです。その分類が、「α」「β」「Ω」の3種類。

この3種類の性を大雑把に説明すると、以下のような感じです。

 

α(全体の約20%)*2:社会的地位が高く、カリスマ性が高い。生殖器に特徴があり、女性のαは両性具有に近い性質を持っている

β(全体の約70%):いわゆる一般的な存在。βの男女間で産まれる子供はほぼβ

Ω(全体の約10%):繁殖を求められる存在。発情期が存在し、フェロモンを分泌する。フェロモンはα・βを発情させる効果がある。男性Ωの生殖器は退化していて、直腸奥に子宮が存在する

 

 狼の群れをモティーフにした、社会階級的な性別が存在する世界です。

男女だけでなく、男α・男β・男Ω・女α・女β・女Ωという6種類の性別があると考えて戴ければ判り易いかと。そして恋愛を描く場合、男女だと「男女」「男男」「女女」という3種類の組み合わせが存在する訳ですが、オメガバースだと「男α男α」「男α男β」「男α男Ω」「男α女α」「男α女β」「男α女Ω」「男β男β」「男β男Ω」「男β女α」「男β女β」「男β女Ω」「男Ω男Ω」「男Ω女α」「男Ω女β」「男Ω女Ω」「女α女α」「女α女β」「女α女Ω」「女β女β」「女β女Ω」「女Ω女Ω」と21種類の組み合わせが有り得る訳です。*3

 

Ωの特性をご覧戴ければ判りますが、オメガバースの世界では男性も妊娠します(記事タイトルもそれを意識して付けています)。男性同士の子供、というのも存在する世界です。BL作品との親和性が高いのは説明するまでもないかと思います。

実際、他国における状況は判らないのですが、日本ではオメガバースはBLジャンルのひとつとして認知されているように見受けられます。

 

しかし上の一覧を見て戴ければ判るように、ほんらいオメガバースには男性同士以外の組み合わせも存在する訳です。むしろそちらのほうが多い。

そして、少女マンガというジャンルにおいて、初めてオメガバースという世界観を用いて描かれたのが『Bite Maker』という訳です。*4

 

 

ある程度ストーリーを追ってみます。

舞台となっているのは、近未来の日本、新宿です。そしてこの世界には、「特区」と呼ばれるエリアが存在しています。(1巻の時点では詳細な説明は省かれているものの、恐らくはαをはじめ社会的地位の高い層のための地区です。)

 

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(杉山美和子『Bite Maker』1巻8ページ。) 

 

そんな新宿で、ソフトクリームを舐めながら歩く少年の描写で、この物語は幕を開ける。彼の姿を凝視する女性の姿が、左上のコマに描かれています。その顔は紅潮していて、強い興味を抱いているのが判ります。

その視線に対しての、少年のモノローグ。

 

欲情してんじゃ

ねーーーよ

おまえらなんか

土下座したって

 

先っぽの挿れてやんねーーーよ

 

(杉山美和子『Bite Maker』9〜10ページ。)

 

強い、不敵、俺様ですね。

彼がこの物語の主役のひとり、信長です。彼はαで、新宿特区にある学校に所属しています。そしてこのモノローグの直後に、信長のαとしての特異性が描写されます。

αには、「従者(サーヴァント)」と呼ばれる側付きがいます。そして従者の少年が信長を見つけて駆け寄ってくるのですが、信長は自分の名前を呼んだことを咎め、従者を罵ります。

しかしその遣り取りで、従者の少年は欲情してしまうのですね。

 

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(同書13ページ。)

 

強引に信長の唇を奪う従者。オメガバースの世界(或いは、少なくとも『Bite Maker』という作品における世界)では、男女よりもα・β・Ωの性別のほうが強さを持っているように見受けられます。

先程α・β・Ωの説明をした際に、Ωはフェロモンを分泌すると書きましたが、αもまたフェロモンを分泌していることが追って言及されます。この従者もまた、フェロモンにあてられてしまった訳です。

そして信長は、この従者を冷たく突き放し、「日本の裏側に行け」と言い放ちます。すると彼は突然表情が虚ろになり、フラフラと何処かへ立ち去ってしまう。(そして翌日、ブラジルで発見されます。)

これは従者の少年の意思という訳ではない、というのがこの後すぐに描かれます。この遣り取りを遠巻きに眺めていた、数多の女性たちにも同じ現象が発生する。

 

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(同書18ページ。)

 

αはカリスマ性が高い、という特性がある訳ですが、それを超えるような強制力、或いは洗脳にも似た能力が備わっていることが窺われる描写です。そしてフェロモンに影響され、自らの能力に逆らえない人間に対し、信長はどこまでも冷淡であり、それ故に運命の「番(つがい)」を強く求めていることが匂わせられています。

「番」もオメガバースの用語でして、αとΩ間での、恋愛や結婚よりも強い結び付きを示す言葉です。

 

因みに、信長が通う特区の学校は「国立安土桃山学院」。信長の従者(幼馴染の少女)の名前は「ラン」、信長以外のαで名前が明かされているのは「秀吉」と「幸村」、秀吉の従者は「左近」「右近」「央」と、戦国時代を彷彿とさせる名前で統一されています。*5小姓を想起する「従者」という存在も含め、近未来でありながら中世〜近世の制度に近いというのも面白いですね。

 

 

そして舞台は、同じく新宿ながら特区ではない、「都立新宿西高校」に移ります。この学校はβの男女が通う学校です。

そこに、幼馴染の3人がいます。部活動でサッカーに打ち込んでいるヒロ、所謂恋愛体質の伊代、そしてこの物語のもう一人の主役、のえるです。

 

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(同書40ページ。)

 

のえるの「素の」顔が初めて描かれる場面。

のえるはスラリと背も高く、誰もが注目するような美人なのですが、普段は野暮ったい格好で身を固め、デカいメガネを掛けて過ごしています。*6基本猫背。

のえるはヒロに想いを寄せているのですが、同時に幼馴染のこの3人の関係・楽しさに満ちた空間を大事に思っていて、ずっとそれが続くことを望んでいる訳です。そしてのえるが抱えているある「秘密」(まぁ、説明するまでもないかと思うのですが)はそれを瓦解させかねないもので、それ故に前述のような格好を続けているという次第なのですね。

 

 

さて、幼馴染の一人、伊代は恋愛体質と先程書きましたが、三人一緒に昼食を食べている際にも、新たな恋の話をしています。曰く「目が合った瞬間に体中電気が走った」「きっとこれが運命の人だ」と。*7

そしてのえるが付き添うかたちで、伊代はその「運命の人」に会いに行くのですが、向かった先は安土桃山学院です。

そう、伊代が目撃した「運命の人」とは外出していた信長です。既にαのフェロモンにあてられている状態なのです。周囲の制止も完全無視で学院内に入り込み、信長のところまで辿り着いてしまいます。そして目が合った瞬間、

 

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(同書44ページ。)

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(同書60ページ。)

 

こんな事態です。( °ω°  )

上の画像は普段の伊代の様子を描いた1コマですが、その落差の激しさたるや。

何ら躊躇することなく制服を脱ぎ捨て、感情を削ぎ落として性衝動のみが残ったような表情で、何気なく発せられる「あなたの子を孕ませて」という台詞。

そんな伊代の姿を目の当たりにしても、信長は冷ややかな態度を変えることはないのですが、そこに伊代を捜していたのえるが来ます。のえるは信長に摑みかかるのですが、その瞬間、のえるの身体に異変が生じる。

 

突然の発情に襲われ、のえるの身体から強烈なフェロモンが出始める。

そこで、のえるがΩであることが明かされる訳です。αである信長のフェロモンにあてられて発情してしまい、自らもフェロモンを分泌してしまう。

 

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(同書75ページ。)

 

そしてΩのフェロモンにより、信長もまた発情する訳です。

信長の「能力」が効かないことも含め、遂に信長は「運命の番」を見つけたと確信する訳ですが、いっぽうでのえるは伊代やヒロとの関係を守りたいという思いがあり...

 

と、延々と内容紹介を続けてしまったのであとは実際に読んで頂きたく思います(紹介したあたりまでで1巻の半分くらい)。

理性と本能、精神と身体の間でのせめぎ合い、といった状況がねっとりと描かれます。続刊でも舞台を変え相手も増え、悶々とした展開が続くのではないかと思う次第。少女マンガというジャンルにおいて、題材としてかなり攻めていると思うので、ご興味のある方は是非ご一読を。

 

 

内容的な点とは違ったところで、興味深い点もありますね。

コマ割りです。

掲載されている「&FLOWER」がウェブ媒体ということが影響しているのか、ページの横全体を使う大コマ・縦長のコマが多い印象を受けるのです。その結果、視線が上から下へ移動する動きが強いと言いますか。「スクロールで読む」ことを意識しているようにも感じます。

あくまでも印象としてなので、これは実際に調べてみるのも面白いかもしれないです。まぁ、時間があればということで。

 

 

おまけとしてちょっと宣伝的なものも。

この「&FLOWER」ですが、姉のマンガが時折掲載されます。菊地かまろっていう名前なので、もし見掛けたらご一読して戴ければ幸いです。

といったところで、本日はこのあたりにて。

*1:杉山美和子『Bite Maker』1巻159ページ。

*2:因みにパーセンテージに関しては作品によって違いもあり、『Bite Maker』ではαが1/100,000、Ωは更に少ないという設定。

*3:カップリング、つまりどちらが攻めでどちらが受けか、という点を踏まえると更に増えるかと思いますがここでは割愛

*4:同人誌とかでは既にあるのかもしれないですが、商業媒体では恐らく初となる筈です。

*5:従者の「ラン」は織田信長の小姓であった森蘭丸、「左近」「右近」は豊臣氏に仕えた島左近高山右近が元かな、と。「央」はちょっと思い浮かばなかったです。

*6:メガネが良いのではないか!というご意見もありましょうが、作中ではそういうことになっているのでご理解を。(^ω^;)

*7:共に同書37ページ。